第十九話 味噌と醤油を仕込む

 金ヶ沢の稲荷に着く。普段通っているところが祭りでにぎやかになっているのは不思議な感覚だ。市も立って賑わいも一入だ。奥の社殿までいくとまもなく神楽舞が始まるとのことで最前に座る。鱒沢と宇夫方の叔父も来られている。


「おお、本家の神童ではないか」


「鱒沢の叔父上、宇夫方の叔父上、お久しゅうございます」


「神童どのが息災そうでなによりだ」


 鱒沢の叔父上が話しかける。


「ところで、神童よ。新しい米とやらは如何なるものか?」


「美味にございます。今後籾が増えてまいりましたら、叔父上の領地にもお分けいたしまする」


「そうか。期待して待っていよう」


 増沢の叔父上は満足げに答える。


「神童どのの、この滑車弓と言う弓は面白いな」


 宇夫方の叔父上は滑車弓について機嫌よく話しかけてくる。


「叔父上、試されましたか」


「うむ。あれなら弱兵でも五人張りの強弓を簡単に引ける。」


 五人張り以上になると弓が太くなりすぎて握れないからなぁ。そういえば弓は木の弓の内外二面にしか竹貼られてないのよな。四方を竹にするとか竹を束ねて芯にして側面だけ木でカバーするとかすれば滑車弓ももうすこし強弓にできるかも?


「おーい、神童どの?」


「あ、叔父上、申し訳ありませぬ」


「なにかまた思いついたのか?」


「は、弓自体をもう少し強くできないか考えておりました」


「面白い童だなぁ。世を見て回ろうかと思ったが、そなたの見せてくれる世が一番面白そうだな」


「傾奇者のそなたが気にいるとはな。兄上、守儀めがおれば心強うございます」


 父上が大きく頷く。宇夫方の叔父上は傾奇者で気ままだそうだが、俺のつくるモノに興味を持ったようだ。


 と、まあ今日は祭りなのだ。真面目な話はこれくらいにして神楽舞を楽しむ。神楽がおわり、静寂が満ちる。神楽の音は沁み入るが現代音楽のようなものも、やはり聴きたいね。


 優先順位は低いけどいずれ実現したいものだな。



 今日は早速搾油機の試作ができたというので、水車小屋兼弥太郎研究所にきた。


「それで、その器械に豆を入れて棒を回せば絞れるのか?」


「さようでございます」


 ということでよく乾いた大豆をいれ、トルクをかける。


「動かんぞ」


「おや若様にはまだ早かったようですな」


 弥太郎がニヤッとする。


「む!若様の仇はこの清之がしかと獲って見せまする」


 清之が気合を入れてハンドルを回すと、麻布に漉された油が流れ出てくる。


「清之、良い調子だ!」


「はは、そいそいそい!」


 ポタタタタッと油がしたたり落ちる。程なくして茶碗半分程度の大豆油が得られた。


「結構採れるもんなんだな」


「豆の重さの2割ほどが油だとか聞いたことがあります。とはいえ薬品が無いので限界までは絞れませんが」


「なるほど。まぁこれだけ絞れるとわかっただけでも儲けものよ。来年は大豆栽培を広げよう」


 絞りかすの大豆を取り出す。これ以上は絞り出せないので味噌と醤油にしていこう。



「そうそう。絞られた豆はしっかり蒸してね。こっちを先に仕込んで」


 雪の指導で脱脂された大豆から醤油と味噌を仕込んでいく。麹は酒造用のものを転用する。こっそり余った雑穀でみんな酒作っているってな。酒税法もない時代だから密造でもなんでも無い。飲んでも腹を壊さないのはその一部で、美味くできるのはさらにごく一部に過ぎないが。


「塩も大量に欲しいわね。これだとちょっとしかできないわ」


 そういうと雪が満面に笑みを浮かべてこちらを見る。この顔は何か無茶なお願いをしてくるときの顔だ……。


「ね、若様、父様、私、海を見たいです!」


 海?俺も行きたいなぁ。この時代では海水浴なんて無いけど、周りに山しか無いもんなぁ。川魚も旨いけどやっぱ海の魚食いたいな。鯖に秋刀魚に鮪、海栗にこのあたりは鮭が遡上する川があったはずなので塩鮭にイクラも。


 鉄以外にも釜石に行く必要が出たので、俺も清之を見つめる。


「うっ……若様、雪、そうは言いいますが難しいのです」


「確か大槌めが治めておったか」


「はい。彼奴らの大槌城も狐崎城も堅固な城でございますれば落とすのは至難の業でございます」


 そう、かつて南部の手を借りても落とせなかったのが大槌城だ。力任せに攻めて落城せしめる地形では無い。いうなれば規模の小さな要塞だ。攻城砲や爆撃機でも無ければおいそれとは落ちない。


「ん?攻城砲……か?」


「若様どうなされました?」


「弥太郎、カタパルトは作れるか?」


「若様、飛行機も無いのにカタパルトなんて作ってどうすんですか?」


「そっちのカタパルトじゃ無い。投石機だ」


「あー回回砲ですか。それなら分解組み立てのできるものを用意しましょう」


「随分乗り気だな」


「俺も海のものを食いたいのです」


 やはり飯か。旨いものを喰いたい以上の理由はないからな。


「と言うわけで清之、釜石と大槌がほしいぞ」


「はぁ……」


 清之がおでこに手を当ててため息交じりの返事をする。


「ああそうだ弥太郎、炭窯はいつ頃できる?」


「もう少しである程度乾きますんで……10日後くらいに火入れします」


「そうか!直ぐに炭は作れるのか?」


「それは火入れしたのち異状が無いことを確認してからになるので、さらに10日ほど頂きたいです」


「そうか! 楽しみにしている! 遠心機は後回しで良いので、コッチを優先してくれ、な?」


 どうやら霜月までには炭焼窯の試運転が可能になるようだ。遠心機の研究を止められた弥太郎の表情は渋い。


「出資者はわがままだなぁ……」


 今度は弥太郎のため息交じりのつぶやきが聞こえた。

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