第十話 亀の尾の田植え

金ヶ沢 阿曽沼孫四郎


 さて苗ができたので田植えだ。チート物の定番の塩水選はすっかり忘れていたし、田植え定規も用意するのを忘れてた。まあおいおいやっていこう。


 定番ものでよく出てくる乾田だが、肥料が買えない寒村では窒素流失の少ない湿田のほうが収量が安定するとか。といっても上限二石(300kg/反)くらいなので、肥料さえ買えるのならば反収四石以上得られる乾田の方が良いのは間違いないようだ。牛馬耕も又鋤も金肥も普及していない貧乏な遠野では乾田化しても土壌中の窒素が流失するし、乾田化による土壌の硬質化で却って収量が低下するだろう。排水路の整備と用水路の整備も必要だし、少しずつ進めるしかないだろう。


 乾田化したところで北東北太平洋側は寒すぎて収穫は安定しない。稲の為と言うよりは麦や豆の為の乾田化である。現状では湿田で裏作がすすまんので端境期に食料に窮する。麦作が増えても春窮は起きるけど、全体の食料が増えればなんとかなるだろう。

 穀物栽培に向いていないのがこの時代のというか平成に近くなるまでの東北太平洋側ということだ。がはは……はぁ。ジャガイモと西洋林檎があればなぁ。粟も稗も飽きるんだよな、食えるだけでも有り難いんだけど。


 とりあえず穀物生産に向いていないなら畜産だ。畜力増えれば圃場整備も進むだろうし。食料が足りなくなれば潰して、肉を食えばいいし。


「のう清之」


「今日はどうなされた?」


「田植えに使う苗は随分小さいように見えるが?」


 前世でみた田植え苗に比べて小さいような気がする。葉も2葉しか付いていない。


「苗代を育てる時間が長くなってしまいますのでな」


「ふむ……物は試しだ。葉が2枚、3枚、4枚、5枚とどれが一番病気が少なく実入りが良くなるか試して見ぬか」


「うむむ……まあよいでしょう。この種籾を授かったのは若様ですし」


 どうせ何時も通りやっても大して収量があがらんし、やれることはやってみよう。本当は正条植えも試験したいが、一度に色々詰め込むとどれが良かったかわからなくなる。時間はかかるが一つずつやっていこう。田植え定規を用意し忘れた言い訳では無いよ?


 小氷期である戦国期や江戸期ではこの周辺が稲作の北限となり、西国のような収量は期待できない。あくまでうまくいけば儲けものと言ったところだ。反収で150kgを超えたのが20世紀になってからで、米所のイメージがあるがそれが確立されたのは平成になってからだとか何処かで読んだ。それまでは海外への移民という名の棄民や集団就職など、食い詰めた者を外に出すほか無かった。


 そんな東北の歴史をなるべく悲惨なものにならないよう、転生者としての知識を有効活用させてもらう。まずこの周辺を農業試験場として品種改良、農業技術開発に使うこととしよう。


「2葉の苗は植え付け終了だな。区画がわかりやすいよう目印に縄を張っておいてくれ」


 2週間後、3葉苗を植え付けする。4葉のものをそこから1週後に、さらに1週後5葉のものを植えていくが田植えの段階で5葉のものはカビが生えていたり、植え付けられない株が多くなっている。


「5枚になるまでまつと苗の時点で弱るのだな……。苗代が混みすぎたのかもしれんな」


「寒い日もありましたからな」


「とりあえずつかえそうなものはすべて植えてみよう」


「それで良いでしょう」


「なるべく少なく植えて多く採れるようにしたいものだ」


「ははは。若様は欲張りですな」


 何事も実証が大事でそれは必ず対照実験が必要だ。明らかな差が出れば皆納得しやすい。当然、経過も含めて記録していくことが重要なので紙はいくらでも必要になる。経過はきちんと研究ノートに記す。今は貴重な紙……ではなく、木簡に書いていく。


「植え付けはわりと適当なのだな」


「なにか気になりますか?」


「いや、きれいに並べて植えないと草が生えたときや、病になった苗が出たときに取り除きにくかろうと思ったのだ」


「なるほど……考えたこともございませんでした。手間ではありますが、来年以降はそのあたりも調べてみますか?」


「そうだな」

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