第三話 無い袖は振れない
「爺や、釜石や大槌に行ってみたい」
「これはまた唐突ですな。しかし大槌も釜石も当家と反目しております故、難しいですな」
「そうか。では当家の歴史と、そして周辺の勢力を教えてくれ」
阿曽沼の家はもとは藤原北家につながる鎮守府将軍藤原秀郷の庶流、足利有綱の四男である四郎広綱が下野国安蘇郡阿曽沼を領し、地名より阿曽沼を名乗ったという。
文治5年、源頼朝公の奥州征伐に従軍し、功績を讃えられこの遠野を所領した。
阿曽沼広綱は下野国佐野郡にあり、こちらは代官を派遣していたそうだが、広郷の息子である親綱が遠野に入り、この護摩堂山に城を建てたのが始まりであるとか。
その際には近隣の国人共が反乱したが苦戦しつつも平定し、以後遠野の支配権を確立した。また、親綱は承久の乱で活躍した功により安芸国世能庄を受領し、孫である光郷に統治させるにいたり安芸阿曽沼が別れたという。
現在の当主は父の佐馬頭(さまのかみ)守親であるが、叔父である治部少輔(じぶのしょう、または じぶしょう、じぶしょうゆう など)守綱は鱒沢の地を任せられ、鱒沢氏を名乗っている。またもう一人の叔父である孫二郎守儀は宇夫方を名乗って阿曽沼から分家したという。祖父の三河守光綱は宝徳二年(1450年)の夏に葛西氏が攻めて来たのを撃退した。この際の傷が元で病となり、俺の生まれた明応7年になくなった。
石高は米で二千石程度らしいが冷害も多くあまりはっきりした量はわからないという。米が主体であるが冷害への備えとして麦や粟稗蕎麦も広く栽培されている。山背は六角牛山(ろっこうしやま)を超えられないが、この頃は気温、日照が不足しているという。遠野物語では一万石とされていたが、江戸時代に開墾したようだ。
市は月に一度一日市が開かれ、このときばかりは遠野郷一帯から人が集まり山間部にしては大いに賑わうとのことだ。
近隣勢力に関して、まず遠野の東、笛吹峠を越えた先に大槌と釜石がある。ここを治めるのは大槌氏で元はこの阿曽沼の分家であるという。しかし永享九年(1437年)、千葉安房守に謀反した嶽波太郎と唐鍬崎史郎が当時の主、阿曽沼秀氏に援軍を要請したが、義のない暴挙に加担はできぬと断った。すると分家であるはずの大槌孫三郎が当家に謀反し、攻めて来たので南部に援軍を依頼した。
七百の援軍を率いてきてくれた南部守行殿と共に遠野から嶽波・唐鍬崎・大槌の連合軍を追い払ったが、大槌城に攻め寄せた際に流れ矢に当たり守行殿は戦死され、この遠野の東禅寺に葬られた。以後、大槌の地は阿曽沼の手を離れているという。釜石は大槌氏の家臣、狐崎玄蕃が治めるという。大槌も釜石も平地に乏しく米が獲れないので時々遠野に攻めかけてくると言う。
遠野の西、和賀郡(現在の北上市)には和賀氏が権勢を誇っている。和賀郡の北、稗貫郡には稗貫氏がある。稗貫氏は奥州探題の大崎氏に与している。この大崎氏は元は斯波氏であったが、貞治年間に祖先である足利家氏が治めていた下総国香取郡大崎にちなんで大崎氏と改名したという。7代当主大崎教兼の息子斯波
南は気仙郡がある。この地は千葉一族が治めているという。先述したが、永享九年に本吉郡を治めていた嶽波太郎と唐鍬崎史郎の兄弟が千葉安房守広綱に謀反した。広綱は東館城から米ヶ崎城に居城を移した。
気仙郡から本吉郡にかけては千葉の氏族が治めているが葛西殿と反りが合わないのか何度か戦をしているという。
とりあえずまずは足下の横田城周辺を見て回るとする。浜田清之の馬に乗せて貰いかぽかぽ進む。
「爺や」
「若様どうなされた?」
「なぜ城のすぐそばに川が流れておるのじゃ?」
「この川を天然の水堀とすることで攻められにくくしておるのです」
「なるほどの。しかし、大雨に為れば溢れるのではないか?」
「ご明察ですな。これまでも度々水が超しておりまする」
「水が超しては城下にもいけぬであろう、どうにかならぬのか?」
「代々の城でございますので移すのは余り好ましくないと思うものは少なくないでしょう。それに……」
清之が渋面を作る。
「貧しい遠野の郷で城を作り直すほどの蓄えはございませぬ」
むう、そうか。先立つものがないからなぁ。寒いから米が獲れぬ。米が獲れぬから人が集まらずいつまでも貧しいまま。なかなか一口に富国強兵といえども、難しそうだ。
城だけ堅固でも、城下が焼かれては治める意味が無いから、城下をしっかり俯瞰できる城が欲しい。たしか史実だと息子の広郷が鍋倉山に城を建てていたが、遠野盆地の真ん中、八幡山全体を使った巨城をいずれ作りたいけど状況を見ながらおいおい考えていこう。
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