26.それから


 それから匂いのする方へ釣られ食堂に入る。


 今日はやけに気合が入ってるな。

 フェルスの料理の腕がまた上がったらしく、並んでいる料理のレパートリーが増えている。

 

 厨房からフェルスが次の料理を運んでいた。金髪の髪をポニーテールにまとめ、メイド姿がよく似合っている。


 意外とキリッとした雰囲気も作れるんだな。

 ……てか、メイド服の胸元に青い花の刺繍が入ってるな。いつの間に裁縫なんて身に付けたんだ。


 俺の知らない間に成長しすぎじゃないか?


「あっニグリス様。二人はどうなりましたか?」

「なんとか仲は戻ったとは思うが……どうだろうな。あとは二人の問題だ」

 

 席に座ってみんなが来るのを待つ。

 昔はあまり実感がなかったが、今は一人で食べると寂しく感じてしまう。


 フェルスがメイド服のまま、俺の隣に立つ。


 ……フェルスの淹れてくれた紅茶くらいなら、飲んでてもいいか。


「なぁ、聖教会はアルテラをどうするかって情報は掴んだか?」

「エラッドの件で魔族の存在を知り、そちらの方で忙しいとの情報があります」

「……しばらくは、問題がないってことか」


 聖教会にとってもアルテラよりは魔族の存在が重要だろうな。

 世界を滅ぼしかねない存在だ。放ってはおけないだろう。


 俺ですら、この魔法刻印がなければやられていた。

 まだこの世界に残っているのだとすれば、厄介なんてもんじゃない。

 ……エラッドが最後の生き残りだといいが。


「ニグリス様。その魔法刻印は、安定していますか?」

「あぁ、意識的に使おうと思わなければ問題はない。治癒も前と同じだ」


 魔法刻印を使えばあの時のような強大な力は使える。

 でも身体への負担が大きく、安定性がない。


 無理やり治癒を連続すればリスクなく使う事も出来るが、普通の戦い方じゃない。

 できる限りは使わないでおくべきだろう。


 魔法刻印を手に入れた、なんて聖教会に知られたらそれこそ厄介だしな。


「キュイ~!」

「ガウッ!」


 窓の外から中庭が見えた。

 シロの九本の尻尾がウキウキと揺れて、堅守のドラゴンと遊んでいた。


 今はボールをシロがポンッと跳ね返した。


 ここ最近、毎日遊んでいるな。

 見ていてほのぼのするから構わないが。

 

 昼寝する時も一緒に寝ているし、堅守のドラゴンとは相性が良いようだ。


 シロの詳細は相変わらず不明。

 ヴェルが図書館の調査をしているが、古代文字を読み解くのは難解らしく時間が掛かると言っていた。スキルや魔族についての情報も、そのうち判るだろうな。


「あれ、まだ食べてなかったの?」


 貧民街に居たアリサとフローレンスが帰ってくる。

 

「あぁ、一応な」

「も、もしや妾を待っておったのか?」

「そうなるな。せっかくだ、一緒にと思ってな」


 フローレンスが「はわわ……」などと言い、萎れる。

 

「一緒の食卓で、笑顔に満ち溢れる子どもたち。妾とニグリス殿との……」

「何を想像しているんですかっ」


 フェルスが距離を詰めて胸を突き出し、両手に腰を当てる。


「ふんっ妾とニグリス殿は結ばれると決まっておるのじゃ」

「か、勝手に決めないでください!」


 仲が良くなったかと思えば、この二人は健在か。

 そんなことで喧嘩をされても困るのだが……。


 アリサは先に食事を摘まんでいてフェルスに首根っこを掴まれる。


「あっこれイケるわ」

「アリサさんは座って食べてください! 行儀が悪いですよ!」


 フェルスがまるでお母さんみたいだな。

 心労が絶えなさそうだ。

 

 後で甘やかしてやるか。


「な、何を騒いでいるんだ?」


 仲直りは終わったようで、アルテラと手を繋いで歩くジャンヌが来た。

 目元は泣き腫らした痕があり、俺の顔を見るとそっと視線を逸らした。

 

 ……恥ずかしがられても困るんだが。


「あ、あまり見るな……っ」

「ふーん、あざといわね」

「あ、あざといとはなんだ! そんなつもりではないぞ!?」


 衝撃を受けたのか、フェルスとフローレンスの声が重なる。


「「あざとい……っ!!」」

「わ、私の顔に何か付いているのか?」


 その場が凍てつくような感覚になる。

 新たな敵の出現。そんな面持ちでジャンヌが見られている。


「そういえば、聖剣はどうする。一応保管してあるが」

「……聖教会へ返そうと思う。エラッドに操られた私は聖騎士失格だ。アルテラのためにも、生きると決めたしな。心配しないでくれ」

「心配しないでくれ、か。そう言って一人でエラッドに立ち向かっていた奴がよく言う。放っておけるものか」


 少なくとも、貧民街であれば聖教会とてそう簡単に手出しはできない。

 厄介事に巻き込みたくない気持ちは嬉しいが、もう遅いんだ。


「……ニグリス、本当に変わった奴だな」


 感動的な雰囲気のはずなのに、ジャンヌを敵視する二人のせいで少し空気が悪い。


 グルルゥとシャー。

 ……犬と猫が威嚇してる。

 

 するとアルテラが俺の傍まで駆け寄って、スカートの裾を握っていた。

 何かあるのだろうか。


「なんだ?」

「あ、あのね……ちゃんとしたお礼が思いつかなくて……だ、だから!」


 耳を傾けてやると、唐突に頬へ柔らかな唇が触れた。

 

 ……可愛いお礼だな。


「「なっ!!」」


 伏兵現る。

  

 自分から率先して、何かしようとするアルテラが少しだけ誇らしくなった。

 軽く頭を撫でてやると、俺の膝の上に乗った。青髪が揺れて、柔らかく軽いクッションのようだ。

 

「あーっ!! ニグリス殿の膝の上はダメじゃダメじゃ!」

「私も小さくなれば、可愛がってもらえのでしょうか……? もう一度呪いに掛かって魔力を封印すれば……」


 冗談だとは思うが、フェルスのは洒落にならない。

 冗談だよな……?


 アリサは相変わらず料理を摘まんでいて、ジャンヌは微かに笑っていた。


 エラッドは倒し、貧民街はこれから大きく成長していく。

 

 俺の胸が熱くなっていく。


 役立たずと罵られ、無能だとパーティーを追放された俺に信頼できる仲間ができた。

 

 今だから分かる。


 最初にフェルスを救ったことが始まりだ。


 あの選択がなければ今の俺はいない。


「フェルス……」

「どうかしましたか、ニグリス様」


 治癒師は人を癒やす仕事だ。だから人のために生きるのは当然かもしれない。


 でも、俺はその当然がとても尊く感じる。

 彼女たちと人生を歩めるのだから。


「いや何となく……ありがとうな」


 俺の居場所はここだ。

 心の底からそう思った。

 

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【web版】Sランクパーティーを「無能」だと追放されたけど、【鑑定】と【治癒魔法】で成り上がり無双 昼行燈 @Elin

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