25.姉妹
屋敷に戻った俺は、とりあえず事の顛末をジャンヌに報告することにした。
フェルスは料理の準備をして、アリサやフローレンスは貧民街の方に顔を出している。
「だ、大将軍の位を蹴っただと!?」
床に
俺が大将軍の地位を蹴ったことがそんなに驚くことか?
そりゃ、昨日まで平民だったのに次の日には国のトップなんてのは夢見るけども。
「……俺は別に要らないし」
「そういう問題か!? 大将軍なんて国王の次に偉い階級なのに……いや、ニグリスらしいと言えば、らしいか」
一応俺の治癒で全快はしていたものの、心のケアまでは出来ない。
朝起きる度に顔色が悪い。夢で図書館のことを見るんだろうな。
エラッドに操られ、妹に手を出そうとした事実をそれほど後悔しているようだ。
ジャンヌは悪くないんだがな。
「そういえば、敬語は使わないんだな」
「信頼できる相手には私の素を見せているんだ」
なるほど。
ある程度信頼できる相手にはタメ口なのか。
……嬉しいっちゃ嬉しい。
「ふっ……ふふ」
「どうした?」
「いやすまない。大将軍の地位を与えるって話が出た時、あの宰相がどんな顔をしたのだろうなと」
「驚いてたな。めっちゃ猛反対もしてたし。最後の方は国王にビビって黙ってたけどな」
「フフッ……ニグリスには感謝しかない。こうして笑ったのも久々な気がするよ」
相当面白かったらしい。確かに、あの宰相に一杯食わせたような気がしないでもないな。
「それにしても、食事だ。よく私の好物がジャガイモだと知っているな。嬉しいぞ」
「あ、あぁ……そうか」
「だが、野菜がブツ切りじゃないか。もっと細かく切れないのか?」
「えっ……そ、そうだな……善処する」
俺はジャンヌを、無表情で何を考えているのか分からない女だと俺は思っていた。
「……実は図書館で治癒をした時、ジャンヌの過去を見た」
治癒魔法の効果を極限まで高めたんだ。
見ない方がおかしいと思う。
ズカズカと足を踏み入れてはいけないような気がして、あまり言葉にはしたくなかった。
「恥ずかしいな……誰にも知られたくはないんだが……ニグリスになら良い」
妹を守るため、ジャンヌは自分を殺した。
本当は誰よりもアルテラが大事で、守るために人も殺した。
「……自分の両親を殺してまで、アルテラを守ろうとしたんだよな」
ジャンヌが毛布をギュっと掴む。
言わなければ分からない。伝わらない。
俺はそれを知っている。
「父と母はアルテラの崩壊を怖がって殺そうとした。だから、守るために殺すしかなかった」
俺が見た過去は凄惨な物だった。
突如アルテラを殺そうとした両親を止める術はなく、ジャンヌは自らの手で両親に手を掛け、聖教会へ足を進める。その時からジャンヌは笑顔を捨てた。
血も滲むような鍛錬に明け暮れ、妹を守るために聖騎士団長という地位に上り詰めた。
ただひとえに、アルテラを守るためだけに。
「私の手は血で汚れている。もうアルテラを愛すことなんて出来ないんだ。だから冷たくして、遠ざけて……ニグリス、私はどこで間違えたんだろうな」
ジャンヌの苦し紛れの笑顔が突き刺さった。
自分のことなんてどうでもいい。その気持ちは痛いほどよく分かる。
「お前は、自分と向き合うべきだったんだ。自分がどうしたいか、それが大事なんじゃないのか?」
「私が、どうしたいか?」
「遠ざけるんじゃなくて、アルテラを愛するべきなんだ」
「……ニグリス。言っただろ、嫌われても当然のことばかりしてきたんだぞ? 私にアルテラを愛す資格はない」
「ジャンヌにはなくても、あっちにはあるみたいだぞ」
俺は後ろを指さす。
思いっきり分かるっつうの。
少しだけ扉の隙間から、アルテラがこちらを覗いていた。
今の話は全て聞かれていたな。
正確には聞かせていた、だけど。
この姉妹は不器用だ。そのくせ生真面目。
素直に話し合っていれば、誤解することもなく姉妹になれたはずなのに。
ジャンヌもアルテラも悪くはないんだ。
「アルテラ……?」
「お、お姉ちゃん」
ゆっくりと扉が開き、中に入ってくる。
「ジャンヌ、知ってるか? 記憶を取り戻したアルテラが、毎日ジャンヌの部屋の前に立って聞き耳を立てていたこと。毎日、ジャンヌの好みに合わせて出していた料理はアルテラが作っていたこと」
野菜ブツ切り犯人は俺じゃない。フェルスだったら絶対にあり得ない。あの料理で誰か分からないとは、やはり不器用な女だ。
俺の言葉を聞いて、ジャンヌが目を見開いて茫然とする。
「アルテラが、料理を……?」
「う、うん……っ! ちょっとずつだけど……フェルスさんに教えてもらいながら……」
手を使った作業を嫌がっていたアルテラが、だ。
その変化に気付かないほど、不器用ではないらしい。
アルテラは前に進んでいる。
「お前も進むべきなんじゃないのか」
ベッドから起き上がり、アルテラに近寄る。
妹を大事に思っている姿なんて、誰にも見られちゃいけない。
自分は妹を殺す存在であることを示さなければならない。
そうやって自分を偽りジャンヌは生きて来た。
「アルテラ……私が、嫌いじゃない……のか?」
「お姉ちゃんは、ずっと守ってくれたんだよね?」
この世には親になるべきじゃない人間もいる。
我が子に手を出す親なんてのは、ろくなもんじゃない。
例えそれが我が子の幸せであっても、許してはいけない。
「だったら……ううん。そうじゃなくても、大好きなお姉ちゃんだよ」
その言葉と共に、ポロポロと雫が落ちる。
「私も、進まねばならないか……」
ジャンヌは戸惑うことなくアルテラの手を取って、念入りに触れた。
「お、お姉ちゃん! 危ないよ……っ!」
「構うものか。こんなに小さい手をしていたのか、知らなかった」
手袋をしていても、崩壊の力を知る人間は怖がって触ろうとしない。
二人の水を差すのも悪いな。
フェルスの料理ができたらしく、香ばしい匂いが部屋の外からした。
俺は静かにその場を後にする。
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