大根仙人伝説

弍足歩

第1話

 世はまさに大仙人時代。

 仙人達が星々の利権を武力で奪い合う、暗黒の時代だった。


 そんな時代にとある辺境の星の片田舎に生まれたのがこの主人公。

 名をダイ・コンという。


 ダイ・コンは農家の子で、土地を守るため武術の修行をする傍ら宇宙大根を育てて生活していた。


 ダイの育てた宇宙大根は「一口食べれば心が晴れ、二口食べれば寿命が延びる」と巷で評判である。大根は飛ぶように売れ、噂は隣町にまで広がった。



 皆が宇宙大根を求めた結果、ダイの宇宙大根は品薄が続き、高値で取引されるようになった。ダイは転売による闇大根には価格の釣り上げで、大量の買い占めには本数限定販売で対処していく。


 しかしその後は偽宇宙大根が出回り「思ったより美味しくない」などと宇宙大根の評判まで落としていった。ブームに乗っかろうとした他農家も似たような大根を育て始めたのだ。



────運搬中の温度管理を怠って繊維が萎びてしまっている。本来なら真心込めて育てた大根は美味しいというのに……。



 ダイは偽宇宙大根を食べて失望した。そしてもっと美味い大根を供給すべく農夫を雇い入れ畑を増やす。しかし高すぎる需要に供給は追い付かず、偽宇宙大根の流通を止められないでいた。



 そんなある日、ダイの畑の宇宙大根を奪おうと盗賊達が攻め入って来る。


 むさ苦しい髭と凶悪な顔、武器を振り回すその姿は見るからに強そうだ。命が惜しい雇われ農夫達は、大根を見捨てて一目散に逃げて行く。


 しかし勇気を振り絞り盗賊達と対峙する漢がそこにはいた。


 大根への愛が人一倍重いダイである。

 育てた大根への執着と未練が彼を突き動かしていた。


「大根が欲しいならちゃんと金で買え!!」

「んだと、儲かってるくせにクソ高えんだよ小僧っ!」


 決して損得だけ考えていた訳ではない。


 威勢よく鎌を掲げて襲いかかる盗賊達だが、日頃から鍛錬を積んでいたダイの方が上である。

 意外にも彼らはあっという間に地面に伸びた。


「ぐぅ……こんなクソガキにやられるとは」


 聞けば盗賊は貧しさから宇宙大根泥棒に落ちた元宇宙パクチー農家だった。繁盛しているダイに恨みを持ち、犯行に及んだという。ダイが同情している様子だと分かるや元パクチー農家は次第に饒舌になり、パクチーを褒めそやす。



────パクチーか……独特な青臭さが強過ぎるんだよな。



 しかしダイは八百屋の陳列棚に並ぶ売れ残りパクチーを思い出す。好みが分かれるのは致し方ないことであるが、人気があるとは言えない葉野菜だ。みんなで同じ物を生産すれば利益は出なくなるだろう。


 ダイは彼らの境遇を理解し、宇宙大根農家で働かないかと提案する。


 こうして賊どもを雇い入れたダイは、働き口を求めて集まった農家の三男四男坊も雇い入れ、畑の規模を更に拡大させた。家畜を放って畑を休ませる余裕もあり、大根の質自体も上がっていく。



「これが宇宙大根か、シャキシャキしていて甘い! ドレッシングを掛けてサラダにしたのも美味だが、味が染みた煮物もイケるな!!」



 流通が増えた宇宙大根の話は国王の耳にも届き、太鼓判を押された事で箔が付いて、瞬く間に星中に広がった。


 結果、ダイは宇宙大根によって巨万の富を築き大きな屋敷を建てるまでに至った。立派な屋敷は『大根屋敷』と呼ばれ人気の観光スポットとなる。



 しかし宇宙大根が星の名産となった頃、外の星々で戦っていた仙人たちは大根の利権と畑を求めダイのいる星に押し掛けてきた。


 侵略と略奪の限りを尽くす仙人達から大根を守るべく、ダイは再び立ち上がる。



「我はパセリ仙人、もうパセリしか勝たん!! パセリが優勝じゃ!! この星の大根畑をすべてパセリ畑に変えてやるぞいっ!!」

「パセリって風味のある飾りじゃねーか! それじゃ腹が満たされないんだよ帰れ変人っ!!」


 ダイの蹴りがパセリ仙人を名乗る不審者の下腹にダイレクトアタックする。

 パセリ仙人は大根畑の外に弾き飛ばされ、気を失った。



「ウヌは鰹節仙人!! 鰹節の木を求めてこの広い宇宙を旅──ブフォッ!!」

「鰹節は木じゃなくて魚だバカっ!!」


 ダイの拳が鰹節仙人を名乗る不審者の横っ面にクリティカルヒットする。

 鰹節仙人は大根畑の外に弾き飛ばされ、気を失った。



 日々の鍛錬により鍛え抜かれた肉体、そして毎日食べる大根の力によって、ダイは仙人達から大根畑を守り抜くことができた。


 いつしか付いた異名は『大根仙人』。

 大根を守る仙人のような強者にぴったりな名であった。




◆◆◆◆




 あれからどれだけ経ったであろうか──。


 幾つもの戦いの果て。

 大根仙人の名を欲しいままにし、ダイは本当に仙人としての能力を開花させていた。


「貴様が大根仙人か……随分と好き勝手しているじゃないか」

「俺はただ大根畑を守っていただけだ」


 目前の男は渋い顔立ちに立派な髭を蓄え、自身ありげにのたまう。


「フン! どれだけ気丈に振る舞っても、このキャベツ仙人様の敵ではないがなっ!」



────くっ、キャベツだと!? スープ、サラダに炒め物まで行けるオールラウンダー!! なんか強そうだな。



 ダイはキャベツのポテンシャルの高さに恐れ慄くが、当のキャベツ仙人はフライドチキンを咀嚼しながら、前に突き出た己の腹を揺らして笑う。


 その姿は彼の放つ余裕と風格を残酷なまでに損なっていた。


「アンタ……最後にキャベツを食べたのはいつだ?」

「はぁ? キャベツなんぞ青っぽいもん食っておれるか。修行時代は金欠でよく食ってたがな」


 話している間もキャベツ仙人はクッチャクッチャと忙しく口を動かしている。



────キャベツ……値段の割に質量があるし、結構腹持ちいいからな。



 しかし、これでダイにも勝機が見えてきた。


「ははっ……勘違いしてるな。仙人の強さは、野菜への愛と真心によって決まるんだ! キャベツを蔑ろにするお前に負ける気なんてしないっ!!」



「な、なんだって────!?」




 宇宙大根を栽培し、毎日大根を食べ続けたダイの大根愛は最大にまで高ぶっていた。


 星じゅうに住まう大根好きの期待と応援を背負い、ダイは迫り来るキャベツ仙人の拳を受けつつ己の拳を押し出した。キャベツ仙人の頬に大根仙人の拳が深くめり込む。



────クロスカウンターだ。



「フッ、なかなか……やるではない、か」


 フラフラと離れたキャベツ仙人は、そのままスローモーションのように後ろに倒れ込む。


「アンタが毎日キャベツを食べ続けていれば……俺たちの勝敗は変わっていたかもしれないな」


 ダイは切なげに強敵であったキャベツ仙人を褒め称える。



 こうして星々を支配する全ての仙人を下し、ダイは仙人による略奪の歴史を終わらせた。

 大根畑を襲う不届き者も居なくなり、人々は怯えることなく大根を安全に栽培出来るようになった。



 これは『大根仙人』として親しまれ、後の世に長く語り継がれた男の話である。

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大根仙人伝説 弍足歩 @NisokuAyumu

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