「短編」私の昔話
たのし
私の昔話
鶴は千年、亀は万年。
貴方はもういないの。
鶴は千年、亀は万年。
玉手箱。あー、すごく残酷。
貴方に出会ったのは私が産まれた時。
必死に砂浜から出て海まで走るデッドラン。
産まれたての私達は海鳥の恰好の獲物。
周りのカメ達は生後3分で海鳥に食べられ、短い生涯に幕を閉じていた。
私も海鳥の標的になったようで私の目の前に降りてきて鋭い嘴で私を突き始めた。
痛い。痛い。助けて。
弱らせてから連れていくつもりだろう。
私は短い自分の人生の終わりを覚悟していたの。
その時、貴方は現れたわ。
やめろー。
貴方は木の枝をブンブン振り回しながら、私の周りにいる海鳥を追い払っていた。
海鳥に頭を突かれて泣きそうな顔をしながら私達の為に戦ってくれたわ。
そうして、私は貴方に救われた。
きっとこの恩は返します。亀は義理堅い生き物なの。きっと返します。
私は背中でそう貴方に語りデッドラインを後にした。
私は時々人間に化けて貴方を探していた。海辺の小さな村だから貴方を探し出すのも容易いものでした。
貴方は小学校に通っていて、私は時々イチョウの木の影から貴方をみていた。まん丸で可愛い貴方を見るのは私の楽しみになっていたわ。
私は人の生活を観察するうちに、人になりたいな。って憧れを抱いた。周りの亀に話すとバカにされ、異端児扱い。周りから亀は居なくなったわ。
私はその環境から逃れる様に昼間は家か人の世界。夜はいつも海岸の猿の形をした岩の上で波音を聞いて月をみて過ごしたわ。
ある日、急な出来事で驚いた。
海岸で家の補強に使う枝を集めていた時
見てー。ワカメ。
貴方が私の前に現れたのだ。
まん丸ムチムチの貴方は無邪気に邪心のない笑顔で私に話しかけて来た。
嬉しかった。貴方から私に近づいてきてくれた。いつもイチョウの木から見つからない様に見つめる事。商店街でたまたま見かけても気付かれない様に視界の中に留めるだけの貴方が私に話しかけて来た。
でも。
気持ち悪い。
咄嗟に出た。亀の私と人間の貴方は近づく事はできない。咄嗟に出た言葉。
そっかー。
貴方はワカメを私に見えない様に丸く小さく丸めて私に背を向け去っていった。
この日の夜は甲羅を磨いた。今日は満月。私の涙は海の一部になったわ。
それから人の世界では20年が経った。
貴方はまん丸の男の子から少し逞しい男性になった。
貴方は実家の酒屋さんで働いていて配達の時はいつも私のいる海岸線をバイクで走っていた。
私は波打ち際で身体が乾かない様にしながら貴方が通り過ぎるのを待っていた。
彼方が通り過ぎるのを確認したら私は猿岩で甲羅を磨く。日陰が気持ちいい時は海藻に包まり昼寝をしていたわ。貴方との夢を見ながら。
夢の中の貴方はまん丸では無くなったけれど、あの頃と分からない優しい貴方のままだった。ずっと私の横で語りかけて来れたり、黙ったらまま本を読んでいたわね。
私の1番好きな時間。苦しいことだって忘れられた大事な時間だったわ。
それから、更に人の時間で20年が経ったわ。
貴方は更に働き盛り。実家の酒屋さんの跡取りとして立派になったわ。
私はずっと変わらず海岸線をバイクで走る貴方を見ていたわ。
ある日、胸が張り裂ける事が起こったの。
裏山で崖崩れがあった。と町内放送が流れたの。
私は何だが胸騒ぎがしたわ。
裏山は海岸線の先にあって、朝貴方が通り過ぎて行ったのを確認したから。
私の前を救急車と消防車が気立ましい音を鳴らしながら通りすぎて行った。
私は砂浜を行ったり来たり、頭は貴方の無事を望む事だけだった。平気な顔をして海岸線を横切ってほしい。それを祈っていた。
しかし、貴方の乗ったバイクは走る事なく、救急車が爆音を鳴らしながら通りすぎて行った。
その後をトラックの荷台に乗せられた、いつも貴方が乗っているバイクがグシャッと活動の終わりを迎えていた。
通りすぎた後はただただ潮の香りとジメッとした空気。カラカラに乾いた私の気持ちだけが残った。
私は怖いけれど貴方の様子を見にいくことにした。
人の姿に化けて病院に行った。
病院の人に貴方の名前を聞かれた。でも私は貴方の名前は知らない。40年貴方だけを見て来たけれど貴方の名前を知らない。歯痒かった。
やっと貴方をみつけた。身体には痛々しい管が何本も刺さっていて、包帯からは赤褐色の液体が滲み出ていた。機械に移る線は弱々しく波打っていた。
今夜が山です。
人の話し声がする。
泣き崩れる貴方の両親。
貴方の終わりを告げているのだろうと私は悟った。
亀は義理堅いで有名なの。私は特に。
私はすぐ家に帰り、昔教えてもらった何にでも効く薬を処方することにした。
野草に海藻。珊瑚に乾燥させた星砂。
それと亀の甲羅。。。
私は猿岩で事を始めた。
痛い。私は甲羅を剥がし始めた。
甲羅が無いと私達は生活が出来なくなる。太陽から皮膚を守れないから火傷するし、海の中では身を守れないから恰好の餌となる。
私は義理堅い生き物だ。
貴方に救われたから次は私の番。
痛い。痛い。私は甲羅を全て剥いだ。
血のついた甲羅を綺麗な山水で洗い、薬の材料を全て混ぜて完成させた。
私は痛みと疲れからフラフラになりながら貴方の元へ向かったわ。
やっと到着した貴方の元。
ベッドから起こして私は薬を飲ませた。青白い貴方の顔がまん丸だったあの頃の顔色に変わっていくのが分かった。
これでもう大丈夫。貴方はまだまだ生きなきゃいけない。
私は義理堅い亀なの。これで貴方に恩は返せたわ。
私はフラフラになりながら猿岩を目指した。
疲れわ。少し休もう。
甲羅を失った私は太陽が登っている時間は海の中の自分の家で過ごし、夜になったら猿岩です貴方の事を考えていたわ。満月の夜。今日も仲間の亀達が出産を行うため、砂浜で涙を流している。
私は貴方を想って流すわ。海の塩の2%は私の涙かもしれない。
貴方を見かける事なく40年が経った。
私は人間に甲羅を授けたとして仲間から変人。バカ。と異名をつけられた。でもした事に後悔は全くしてないわ。
貴方はどうやら寿命を全うしたみたいね。
私の寿命はまだまだ先みたい。少しあげれればよかったのだけど、あげられないみたいだわ。
昔こんな本を読んだ事があるの。
亀を救った青年が竜宮城に行って玉手箱を貰う。村に帰った青年は自分以外の人が歳をとっていて貰った玉手箱を開けると自分も老人になるって話。
その玉手箱私が開けたかったな。
そしたら、貴方と同じ人生を歩めたかも。
あっちの世界で人と亀の垣根を越えて猿岩で見た私の夢みたいに貴方が語って私がそれを聞いて、貴方が本を読んでいる姿を無言で見つめていられたかも。
私がそっちに行ったらまず貴方を探す事にするわ。
色々話したいことがあるの。
その時は聞いてほしいな。
鶴は千年、亀は万年。
貴方はいない。
鶴は千年、亀は万年。
甲羅のない亀は玉手箱を開けたい。
「短編」私の昔話 たのし @tanos1
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