第10話 ステラの頼み

 ここは、患者が多数入院している大きな病院。当然この隣の部屋にも患者はいるはずなのでうるさくしたらダメだし、今は面会時間内ではないため本来なら病院内には入れないはずだ。


 そんな複雑な事情など軽々と跳ね除けて、まるで病院内に人などいなかったかのようにこの病室にやってきた神様は、運動会の選手宣誓ばりに大きな声を放ち、仁王立ちで立っていた。


「神様!? 」


俺は横になっていた体を起こし、神様と目を合わせた。神様は両手を腰に置き、ニヤリと笑う。


「そうじゃ! 神様なのじゃ! 」


 幼女の美しい金髪のツインテールが無風のはずのこの室内で、まるで風が吹いているかのようにひらひらと揺れている。物理法則どうなってんだ。


 そしてそのツインテールの結び目にあるチューリップのリボンが、その愛らしい容姿にかなり似合っていた。


 そんな美幼女の後ろから、白髪男前ヤンキー(白先輩)が現れた。俺は驚きのあまり、すぐには声が出ずに固まってしまう。


「うるせぇぞステラ。ここをどこだと思ってる」


 どうやら、神様はステラというらしい。ステラは膨れっ面になり、


「む、我の声は誰にも聞こえんとさっき言ったであろう」


「あ、そうだったな」


 ジト目で見つめるステラに、まるで思い出したかのように言う白先輩。ステラがなにを言っているのかがわからなかったので、あえてスルーしようと思う。


「え、白先輩までどうしたんですか? 」


「ん? あー、知らん。ってかお前元気そうだな」


めんどくさそうに天井を見ながら言う白先輩。


「いや、元気ですけど……」


 いや元気ですけど、そうじゃなくて!


「ふむ、かなり混乱しておるようじゃな」


 そう言ってステラが俺のベッドに腰掛けて足を組み、横目に俺を見つめてきた。俺は枕の位置まで座ったまま移動し、白先輩は美琴が座っていた席に座る。


「俺も実はさっきステラと会って、ほとんど何も聞かされてない状態でここまで連れてこられたんだ。しかもワープで。だから俺も色々訳わかんねぇ」


「わ、ワープで!? 凄いですね」


 とんでもないことを、さも天気の話でもするかのようにさらりと告げる白先輩。という事は、家に急に現れた神様に名前だけ聞いて、そのまま急にワープさせられたという事か? やはり、モテ男は名前を聞くのが早いようだ。


 ここでいつ話に入ろうかと様子を伺っていたステラが話し始める。


「まあ、ふたり同時に説明したほうが手間が省けて楽じゃからのう」


「ようやく説明か。で、神様が今更俺たちに何を教えてくれるんだ? 」


白先輩は今まで現れなかったステラに対して不満があったかのような顔をしていた。


「一応言っておくが、今の我は人の身に髪の記憶を移植させられただけの、ただのクローンじゃからな。神様ではないぞ」


「え、でもワープして来たんじゃなかったっけ? 」


 神の記憶だけ受け継いだ人間だとすれば神の力は使えないはずだと思った俺は、ステラを凝視しながら問いかけた。


「我は本体の神から許可が降りれば、能力が使えるようになっているのじゃ。因みにさっき白には伝えたのじゃが、今も我らの姿が見えなくなる能力と、この病室内での音を外部から遮断する能力を使っておる」


 なんというご都合主義能力。あまりにぶっ飛んだ説明に、頭よりも実感が追い付かず、本当に他の病室に声が漏れていないのかが心配になった。試しに大声でもあげてやろうか。……いや、やめておこう。


「で、俺らになんの用があって現れたんだ? 」


「いやなに、お主らが皆に未来から来たことを話そうとするから、止めに来たのじゃよ」


 悪戯好きの子供のような顔でニヤリと笑いながら言うステラの顔を、訝しげな表情で見つめる白先輩。


「ん? なんで言ったらダメなんだ? 」


「未来から来たことを話すのはご法度なのじゃよ」


「だからなんで? 」


「あーもう白はアホなのか!? アニメとか見とったらわかるじゃろ!? 」


「うるさい。んでアホ言うな」


 興奮気味に罵倒してくるステラに、軽く耳を塞ぎながら鬱陶しそうに言う白先輩。


 俺も子供相手なのでついついタメ口で話をしているが、相手は神なので失礼のない様に一応は心がけているつもりだ。だが白先輩は相手が神でもこの態度である。ほんとにやばい先輩だと思う。


「つまりは、面白くないからって事だよな? 」


 俺は確信を持ってそう問いただした。そもそも俺達が過去に戻れたのは、美琴達が亡くなって神々が悲しかったからというのが一番の理由だったが、俺達が美琴達を死から救い出す様子を見るのが面白そうだったからという建前が無ければ成立しなかった話だったはずだ。


 忘れてはならない。この世界はステラが作り出した娯楽であると言うことを。この世界ではステラが右と言えば右になり、左と言えば左になるのだ。


 ステラは落ち着きを取り戻して俺の方を向き、こくりと頷いた。


「その通りじゃ! さすがは空じゃな」


「面白くない? あ、そう言えばこの世界ってお前が作ったんだったな」


 まるでシャンプーが切れていた事を思い出したかのように言う白先輩。


「我ではなく我の本体様じゃがな。そう言うわけで、未来から来たことを言うのは辞めてほしいと言うわけじゃ」


「もし言ったら? 」


「命知らずなら言うてみるがいい。言ってはならん事を言えば、全身に激痛が走る様になっておるがな」


 なにそれ怖いな。


 仮にだが、未来から来た事は隠して、未来でこう言う事が起きるよって言った場合も体に激痛が走るのだろうか。それを今聞こうと思ったのだが、白先輩にはばまれる事になる。


「え? それだけ伝えに来たの? 」


「いや、もう一つあるが……白よ、お主はどうしてこう、残念なのじゃ」


「俺昨日あんまり寝れてないから寝不足なんだよ。だから早くしてくれ、眠い」


 眠気に打ち勝つのにかなりの体力を消費する白先輩は、かなりイライラした様子でそう言った。だから今日はここに来た時から機嫌が悪かったのか、と俺は納得したが、ステラは呆れた顔で嘆息している。


「仕方ない手短に説明してやろう。今からする話は、お主らが何故三年前に飛ばされたのか、という件なのじゃが……」


 前から気になっていた事を淡々と告げるステラに俺は、一字一句を暗記するつもりで話を聞いていた。俯いて目を閉じていた白先輩も、顔を上げて目を見開く。


「一年半かけて準備、というか今から未来を変えていかんと、美琴たん達を救うのは不可能なのじゃよ。そして、断言してやろう」


 ステラは声のトーンを落とし、


「このままでは確実に死ぬぞ」


 静かだが、迫力のある声でそう言った。


「死ぬって……そんなのまだわかんねぇだろ? 」


 白先輩が焦燥感を募らせながらそう言った。だが、ステラの言う事を疑っているわけではないように見える。


「いや、確実に死ぬ。今のままではな」


「ステラ、理由を聞いてもいいかな? 」 


 俺は努めて柔らかい口調でステラに尋ねた。


「今のお主らでは美琴たん達が死ぬ事を防げないからじゃ」


「だから、なんで死ぬって断言できんだよ! 」


 突然、白先輩が席から立ち上がった。ステラを凝視し、今にも殴りかかりそうな勢いだ。


「俺はこの三ヶ月間、色々準備してきた! 先生の家だって突き止めたし、クリスマスイヴ当日の段取りだって、もう考えてある! 勝手な事言ってんじゃねぇ! 」


「先輩、落ち着いてください」


「お前ももっと怒れよ! 美琴達が死ぬって言われてんだぞ! 」


「白先輩! 」


 白先輩は怒りに身を震わせながらこちらを振り向いた。いや、恐らく怒りで震えているのではない。理由も分からず美琴達が死ぬと告げられ、理由が知りたくて焦っているだけなんだ。それを知っているから、俺は冷静にならずにはいられない。白先輩を止めるのは、いつも俺の仕事なのだから。


「今は落ち着きましょう。それに、ステラだってふざけて言っているわけではないでしょうし」


 俺の言葉を聞き、理解し、冷静さを取り戻した白先輩は一言「すまん」 と言って席に座った。


「ステラ、お願いだから詳しい理由を話してくれないかな? 」


「んー……それは無理なのじゃ」


「そうか……」


 ステラの言うことが本当なら、今のままでは美琴達を助けるのは無理なのか……。



 京也から美琴を助け出して天狗になっていた俺は、己の無力さに絶望した。



 ーーまぁ、諦めないけど。



「詳しくは言えんのじゃが、仕方ない。ヒントをやろう」


「頼む、教えてくれ」


眉間を寄せて真剣な表情で問いかける白先輩。ステラは一呼吸置いて嘆息した後、


「……美羽たんの悩みがヒントじゃ。これ以上は言えん」


「ありがとう。それだけでも充分だよ」


 窓の方を向き、まるで独り言を呟いたかの様に教えてくれたステラに、俺は心から感謝した。ステラはこちらに振り返り、


「もう時間じゃ。我は本体に戻る」


「本体に戻る? 融合するのか? 」 と白先輩。


「融合……ではないが、まぁそれに近い感じじゃな」


 もう会えないかもしれないのに、なんの寂しげもなく白先輩は「そうか」と返事をした。俺はステラに会えないのが少し寂しくなった。


「次はいつ会えるの? 」


「すぐ会えるかもれんし、もう会えんかもしれん。本体様の気分次第じゃな」


「まぁ、気長に待ってるよ」


 もし一生会えないとしたら本当に残念だ。だってステラは天使の様に可愛いのだから。いや、神様だけど。


「それじゃ、さらばじゃ」


 そう言って、ステラは右手を握りしめて前に突き出し、手をパッと開いた。


 だが、一向になにかが起きる気配がない。


「あれ? なんでじゃ? 」


 その後も、「はあっ! 」「ていっ! 」と手を突き出したり回したりしていたが、なにも起きない。そしてその姿がとても可愛い。まるでおままごとに夢中な子供の様だ。


「うぅ、うぅぅ……」


 目に涙を溜め、おもちゃを買ってもらえなかった子供の様に俯き、拳を強く握りしめながら立ち尽くすステラ。そして、それを見守る俺達。ステラは時期に堪えられなくなって、怒りを爆発させ、


「うぎゃー!! 騙したな我の本体!! これはなんのドッキリじゃ! 今時こんなの流行らんわ!! 」


 足をばたつかせ、天を仰ぎながらステラは叫んだ。


「あーだめじゃ。もう終わった。完全にはめられたわい。こんなのが面白いと思って提案したのはどこの神様じゃ? 底辺ユーチューバーでももう少しマシなドッキリ思いつくわ」


 なにやら小声でぶつぶつと文句を言っているステラ。前までの神様っぽい雰囲気とは違い、今は子供っぽい雰囲気が漂っている。


 俺は底辺ユーチューバーを馬鹿にされた事に憤りを覚えながらも、ステラに優しく声をかける事にした。


「えっと、大丈夫? 」


「大丈夫ではない」


ステラは俯きながらそう答えた。


「空よ、頼みがある」


「なにかな? 」


 ステラは俺の顔を真剣な表情で見つめ、覚悟を決める。


「空の家に住まわせてくれ」


「え、嫌だ」


 俺は即答した。というか、なにを言われるかなんとなく察しがついていたので、あらかじめ答えを用意していたのだ。


 家に住むとなると母を説得しなければならない。ただでさえ忙しい母に迷惑をかけるのは申し訳ない。それに奏も嫌がる事だろう。そして何より、ステラの面倒を見る自信が俺にはないのだ。


 今まで散々神の力を使って生活して来たであろうステラが能力を許可なく使えない今、なにが起きるか分からない。最悪家が爆発しそうだ。


 これらの理由により俺はステラの頼みを断ったのだが、ステラのお願いはまだ続く。


「頼む! そこをなんとか! 」


「嫌だよ。ってか、白先輩に頼みなよ」


「嫌じゃ! 白はなにをするか分からん! 」


たしかにそうだ。


「は? なんだと? 」


 鬼の眼光でステラを睨みつける白先輩。


「ひぃ! 空よ、助けてくれ! 」


「ステラ、キャラが崩壊してるぞ……」


「もうキャラとか言うてられんのだ! こうなったら……」


 ステラは涙を目に溜めて下唇を噛みながら、深々とお辞儀をし、


「空様、私を家に泊めてください」


「えー」


 神様が人に願い事って……


 まぁでも、流石は元神様というべきか。やはり力だけでなく、人よりも生き抜く能力が長けていそうだ。これなら、大丈夫かな。


「わかったよ、泊めればいいんだろ」


 俺は、神の願いを聞き入れることになった。いや、厳密に言えば神様ではないのだが。


 そして、後でしっかり悔事する事になるのだった。




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好きな人を守るため、俺は過去をやり直す ミント @mint_soramoyou

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