おちこぼれ見習い魔法使いの大逆転 ~くしゃみがくれた素敵な出会い~

アマヨニ

おちこぼれ見習い魔法使いの大逆転 ~くしゃみがくれた素敵な出会い~

「あっはっは! 田舎者のお前にお似合いだなっ、のカイルー」


 地面に広がる水たまりに映るのは、くせっ毛の強い黒髪に黒の瞳をしたカイルと呼ばれた少年。

 水をかけられて制服はずぶ濡れ。投げられた石が額に当たって思わずうずくまる。

 そんな少年に向かって、同じ制服を着た3人の男の子が腹を抱え、笑いながら大声で罵る。


「悔しかったら魔法を出してみろよー」

「「みろよー」」


 馬鹿にした笑いを向けられ、ずぶ濡れになった髪を揺らして顔を向けるが、ズキンと鈍く痛む額を手で庇い、力なく膝をつく。


「こらー! あなた達何をやってるのっ!!」


 3人の生徒の背後から、大声と共に勢いよく迫ってくる女性が現れた。


「ひゃー! うっせえババァが来たー! 逃げろー!!」


 悪態をつきながら逃げ出す彼らを追わず、その場で蹲るカイルの傍に駆け寄る女性。

 淡い桃色のゆるいウェーブを掛けた髪をふわりと靡かせ、丸い眼鏡に薄紅を口元に引き、白のパフ袖ブラウスに濃紺のサーキュラーフレアースカート姿といったスタイル抜群の女性が、逃げる3人の生徒を睨むように視線を向けると、両腕を空に突き上げて大声を上げる。


「誰がババアよっ!!!」


 その声を聞いた3人はそろってアッカンベーをすると、スタコラと逃げていった。


「覚えておきなさい! って、カイル君、大丈夫?」


 逃げ去る生徒に捨て台詞を吐くと、カイルの傍にしゃがみ込んで肩にそっと手を当てる。


「ああっ! 血が出てるじゃない!」


 驚きながらも、そっと額に手をかざす。


治癒キュア


 淡い緑色の光が傷口を包み込むと、瞬く間に傷が塞がり、血を止めた。


「大丈夫?」

「ミ、ミラ先生、ごめんなさい」


 額に手を当て、傷口が塞がったのを確認したカイルは力なく立ち上がると、怪我を治してくれたミラ先生に頭を下げた。


「謝る事じゃないわ。それよりも大丈夫?」

「は、はい。平気です。いつもの事ですから……」

「いつも? まったくあいつら……今度ばかりは許さないわ」


 3人組が逃げた方を鋭く睨みつけ、ため息交じりに立ち上がる。


「それよりもずぶ濡れじゃない。このままだと風邪をひいちゃうから、保健室にいってタオルを借りて拭いてきなさい。あ、先生も一緒に行こっか?」

「僕なら大丈夫です」

「でも……今日は使い魔召喚実習だけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。で、では、失礼します」


 何度も頭を下げる度に小さな雫がミラの頬に飛んでくるが、そんな事を気にもせずに声を掛けようとした途端、カイルはその場から逃げる様に走り去る。


 去っていく彼の後姿を見て、ミラは腕を組み、ため息を吐いた。


「はぁ……だなんて……彼はたぶん違うと思うんだけどなぁ……」


 悲しそうに呟くミラの声は、静かに空へと消えた。





 ここは、『ルトラ王国』の都にある魔導士育成学校。古くからある学校の一つで、優秀な魔導士を輩出したこともある名門校だ。

 カイルは王国最北端にある『コルン』という辺境の村の出身。幼い頃に両親を亡くし、村の教会で孤児として生活していた。


 そんな彼が王都の名門学校に入学できたのは、15歳で受けた能力適性検査の結果が、常人よりも魔力量が多いと判定されたから。

 魔法を扱える者は大変貴重な存在だ。その能力は一人で100人の軍隊に匹敵するとも言われるほど。そのため、様々な国で能力適性検査が行われ、魔法を扱える資質を持つ者を見出した時には、国が運営する学校に集めて資質を伸ばし、卒業と同時に破格の待遇で召し抱えるのが常だった。





 そんなカイルが保健室でタオルを借り、濡れた体を拭いたものの、制服まで乾かすことが出来ずに途方に暮れていると、心配したミラがやってきた。


「大丈夫?」


 心配そうに顔を覗き込んできたミラに、カイルは小さく頷いた。


「大丈夫です。ごめんなさい」

「謝る事なんて無いのよ? 次の時間は使い魔召喚実習だから、制服が乾かなかったらここのローブを使ってね?」

「は、はい」


 しゅんとしているカイルの肩に手を載せ、ミラは優しく話しかける。


「大丈夫。カイル君はなんかじゃないわ。検査した時も魔力は多かったから、必ず魔法を扱えるようになる」

「で、でも……」


 魔力が高いと判定された者が、ごく稀に魔法が使えない事があった。

 そう言った者を、『魔法が抜けた者』と『間の抜けた者』をかけて『魔抜け』と呼んでいた。

 少しだけ顔を上げたカイルに、ミラは微笑みを向ける。


「大丈夫よ。あなたは普通の人とは比べ物にならないくらい魔力量が多いもの。後はきっかけさえあれば魔法を扱う事だって出来ると思うわ」

「で、でも、2年間頑張って練習したけど全然できなくて……」


 寂しそうに俯くカイルの頭をミラが優しく撫でる。


「カイル君には魔法を扱える資質はあるの。後はきっかけが欲しいだけだと思うよ? だから、いろいろ試してみましょう。大丈夫、先生も一緒に考えてあげるから、ね?」

「はい。ありがとうございます……」


 申し訳なさそうに頭を下げるが、笑顔を浮かべて再度頭を撫でた。


「じゃあテストは校庭で行うから、遅れないようにね」


 そう言って、ミラは微笑みながら部屋を退室する。

 残されたカイルは制服に触れてみるが未だ乾いていない。言われた通り、保健室に置かれてあった濃紺色のローブを着ると部屋を後にした。





 校庭に出ると、実習を受ける生徒たちが集まっていた。

 カイルはその集団の方へと向かうと、先程罵声を浴びせてきた3人組の生徒が気がつき、にやけた表情を浮かべる。


「お? 魔導士の真似したまぬけが来た! お前、実習受けるのか?」


 リーダー格の生徒がそう言うと、隣にいた他の2人も大きく頷く。


「はいはいコルザ君。説明するから静かにしてね」


 ミラに声をかけられ、憮然とした表情を浮かべてコルザと呼ばれた生徒がそっぽ向く。


「じゃあ皆揃ったわね。これから、一人ずつ使い魔召喚をします。基本的な呪文は教えた通りですから、間違えないように気を付けてね?」


 そう言いながら、ミラは地面に大きく描かれた魔法陣を指さす。


「じゃあ前の授業のおさらいね。魔導士は一人一体の使い魔を使役することが出来ます。今回召喚した使い魔は、基本的にこの学校に在籍している間、仮契約をしてもらいます。でも、気に入ったら卒業までに本契約をしても構いませんけど、よく考えてくださいね。じゃあ、始めましょう。では、アイク君」

「は、はい!」


 アイクと呼ばれた男子生徒が緊張しながら魔法陣の中央に立つ。


「呪文は教えた通りです。さ、召喚してください」

「はい!」


 ミラの指示に従い、アイクは両手を地面にかざし、静かに呪文を唱える。

 すると、地面に描かれた魔法陣が光を帯び始め、やがて彼のすぐ正面に大きな鳥が現れた。


「すげー!」

「かっこいいー!!」


 周囲の生徒から賞賛の声が上がり、召喚された鳥がアイクの肩に止まり、嬉しそうに小さく嘶く。


「ラージイーグルですね。滅多に現れない希少な空の従魔よ。この子があなたの使い魔になりますから、仮契約をしてください。やり方は、以前教えた通りです」

「はい!」


 再びミラの指示に従い、アイクがラージイーグルに手を翳しながら小さく何かを呟くと、その場が淡い光に包まれ、やがて静かに消え去った。


「無事に仮契約を結べましたね。では、次」

「ふんっ。僕の出番だね」


 腰に両手を宛がいながら前に出たコルザ。

 先程の生徒とは違い、颯爽と魔法陣の中央に立つ。


「はい、どうぞ」


 ミラの指示に従い、コルザが両手を地面にかざし、静かに呪文を唱える。

 すると、地面に描かれた魔法陣が光を帯び始め、やがて彼のすぐ正面に大きな漆黒の犬が現れた。


「あら、ヘルハウンドね。この子も希少な闇の従魔よ。この子があなたの使い魔になるので仮契約をしてください」

「ふんっ。俺にかかればこんなもんだ」


 腕を組んで満足そうに頷くコルザは、契約を交わすと取り巻きのいる元の場所へと戻って行く。


 そうして、次々に魔法陣の上に立ち、それぞれ個性ある使い魔を召喚していく。


 そして、残すはカイルのみとなった。


「恰好だけは魔導士みたいなまぬけカイルだー」

「あいつ、召喚できんのか?」

「ゴミとか出るんじゃね?」


 生徒たちが大笑いをする中、カイルは俯きながら魔法陣の中央に立つ。


「カイル君。呪文は大丈夫ですね?」

「は、はい」

「では、始めてください」


 小さく頷き、目を閉じて両手を地面にかざし、小さく呪文を唱える。


「と……常世とこようつつ、我は請う、我を助けたもう……」


 カイルが呪文を唱え始めた時、3人組の生徒が互いににやけた顔を見合わせ、コルザが手をカイルに向けて伸ばす。


幻影虫げんえいちゅう


 コルザが小声で唱えた呪文によって、カイルの鼻元に小さな羽虫がふわりと湧き、容赦なく鼻腔をくすぐるように飛び回ると、いきなり生じたむず痒さに思わず口元を歪め、ついに我慢できなくなる。


「……我が命によりこの世…へ……ヘぶんっ! 因り、その姿をあらわ…っくしっ…との名を讃えん」


 詠唱途中で我慢できずにくしゃみをしてしまったカイルの呪文を聞いて、周囲にいた生徒たちが一斉に大笑いをする。


「くしゃみしながら呪文を唱えやがった!」

「あはははは!!! ばっかじゃねぇの!?」

「これじゃ流石に呼べないでしょ!」


 生徒たちの罵りに、思わずカイルは俯いてしまう。


「コルザ君! 何でカイル君の詠唱を邪魔したの!」


 ミラが慌ててコルザを叱るが、当人は素知らぬ顔して明後日の方を向く。


「知りませんよ。俺が何をしたって言うんです?」

「幻影虫の魔法を唱えたでしょ!? どうしてそんな事をするのですかっ!!!」

「何もしてませんよ? あいつが単にとちっただけでしょ」


 コルザの人を小馬鹿にしたような言い方に、ミラは両手を腰に当てて怒るのだが、当人に反省する気配はない。

 小さくため息を吐いてカイルに視線を戻す。


「カイル君、もう一度……」


 ミラがそう言いかけた直後、魔法陣が急激に激しく輝き始める。


「え!?」

「うぉあああ!」

「な、なになに!?」


 周囲の生徒があまりの眩しさに目を細める。


 周囲に風が巻き起こり、勢いよく魔法陣へと流れ込むと、魔法陣の中心に眩い光が輝き始め、直後一気に爆発したかのように光を辺りへ拡散させた瞬間、地響きのような低音が周囲に轟いた。


 魔法陣の中央に立っていたカイルを覆うように、中心部から光が空へ向かって柱のように迫り出し、光の渦が彼を包みこむ。


 次第にその光が彼の真正面に集約したかと思うと、地面に描かれた魔法陣と平行する上空に、今までと異なる文字で書かれた魔法陣が複数空中に現れた。


 突如として現れた複数の魔法陣を目にし、ミラは驚愕の声を上げる。


「せ、聖魔陣!?」


 ミラの声に呼応するように、新たに出現した巨大な青白い光を帯びた魔法陣の中から、何かが光を纏いながら出てくる。


 呼び出したカイルも、ミラも、そしてその場にいた者全てが、茫然とその様子を見つめる。


 光を纏った眩しい存在が確かにその場に現れた。


 次第に纏う光が弱まっていくと、その姿が徐々に浮き彫りになっていく。


 それは、悠然と宙に浮遊する女性の姿だった。


 純白のマキシワンピースを身に纏い、腰のあたりまで伸びる艶やかな金髪を風に靡かせ、背中には一対の美しい純白の翼を生やしている。

 切れ長の睫毛の下で静かに見開かれた瞳は鮮やかなアイスブルーをたたえ、健康的な乳白色の肌は僅かに上気させ、筋の通った鼻の下には淡い桃色の唇は柔らかく微笑みを形作る、まさに美を形どった理知的な顔立ちだ。

 純白のローブを押し上げる胸は大きく、手足はスラリと長く伸び、背の高さと相まって非常に良いスタイルをしている、それはまさに神の手で作られらた大理石の彫像のごとき美しさといえた。


 そんな彼女の存在を知らない者はいない。だが、その存在を見た者は極僅かしかいない。


 『天使』だ。


 そんな美しき天使の目が、茫然と立ち尽くすカイルに向けられる。


 そんな様子を見て僅かに眉根を寄せるも、少しだけ首をかしげ、そしてすぐさま柔和に微笑んだ。


「……私を招いてくださったのは、あなたですね?」


 ふわりと浮かぶ美しき女性が口を開くと、大声を出している訳ではないのに、凛とした声が周囲に伝播する。これまで召喚してきたどの使い魔も話すことがなかったのに、普通に話しかけられたことにカイルを含めて周囲が驚愕の表情を浮かべる。


「ぼ、僕?」


 美しき存在を目の前にして呆然とするカイルだったが、驚きながら自分を指さす彼に、天使は柔らかく微笑みながら小さく頷いた。


 すると、バサリと翼を大きく広げながらゆっくりと地面へ降り立つと、カイルの前で優雅にカーテシーを披露する。


「初めまして。私はミリア。あなたの呼びかけに応じて馳せ参じました。どうぞこれより幾久しくよろしくお願いします。召喚主様マスター


 微笑みを浮かべるミリアを見て、思わず息を飲むカイル。

 その様子を呆然とみていた周囲の生徒やミラたち。

 だが、我に返ったコルザが大声を上げる。


「な、なな、何でカイルが天使なんか呼べるんだよ!!」


 そんな声を掛けられたミリアは、コルザの方に視線向けて不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げる。


「え? 呼ばれたからですけど……?」

「ちゃんとした呪文なんか唱えていないじゃないかっ!」

「そう言われても……間違いなく呼んでいただいたから応じたのですけど」


 不思議そうな表情を浮かべたままカイルを見る。


「あのー……もしかして、私ではない方をお呼びになったのでしょうか?」


 若干寂しげな表情を浮かべるミリアに、カイルは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ご、ごめんなさいミリアさん。ぼ、僕、使い魔を召喚しようと呪文を唱えたんです。でも、途中でくしゃみをしてしまって、キチンと唱えられなくて……」

「え? そうだったのですか?」


 少し意外そうな表情を浮かべるミリア。

 そのやり取りを聞いたコルザが歪んだ笑みを浮かべる。


「ほらな? 言った通りだろ? カイルみたいなまぬけが、天使を呼べるはずが無いんだよっ!!」

「……はい?」


 表情から感情を消したミリアが、その言葉に反応してコルザに視線を向ける。

 先ほどまでの柔らかな口調が一変し、若干冷たさが混ざる声が紡ぎ出される。


「今、何とおっしゃって?」

「はんっ、何度でも言うさ! カイルみたいなまぬけが、天使なんか呼べるはずがないっ……!」


 コルザがふんぞり返って再度声を張り上げた瞬間、彼の背後に音もなく現れ、肩にそっと手が置かれる。

 無言の凄まじい殺気を感じ、振り返ることも出来ず、言いかけた言葉を飲み込むコルザ。

 当のミリアは微笑みを崩さぬままそっと耳元に囁く。


「……どなたか存じませんが、召喚主様マスターを侮辱するのはお止め頂けませんか?」

「な、なん……」

「もう一度言いましょう。召喚主様マスターを侮辱するのはお止めくださいまし」


 震えつつ小さく頷いたコルザを認め、満足げに頷きながらそっとその場を離れる。

 そんなやり取りを見ていた周囲の生徒たちが唖然とする中、ミリアは再び不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。


「……あら? もしや皆さまは魔法使いの方々ですか?」


 いち早く事態を飲み込めたミラが反応する。


「え、ええ。まだ特定の能力に目覚めている訳ではないのですけど、今日は使い魔召喚実習をしていて……」


 その説明を聞いてミリアは嬉しそうに微笑むと、胸の前で手を小さく叩いて目を輝かせる。


「まあっ、そうだったのですか! ならば私は運がよかったみたいです」

「え? 運が良かった?」

「ええ。私、滅多に外に出ることが出来ないんですよね。ですから、こうして呼んでいただけたのが嬉しくて嬉しくて……。ああ、下界がこんなにも素晴らしい場所だなんて……これから本当に楽しみですわ!」

「そ、それは良かったです」


 苦笑いを浮かべるミラを尻目に、嬉しそうに頬に手を当てて笑顔を浮かべると、すぐさまカイルの方へ飛んでいく。


「ということで、召喚主様マスター! 呼んでくださってありがとうございますっ!」


 呆然とするカイルに、嬉しそうな表情を浮かべたまま抱きしめるミリア。

 突然柔らかな豊かな双丘に顔を埋めさせられ、カイルは何が何だかわからないまま赤面する。


「ああ、なんて素晴らしい日でしょう! あ、そうでした。私、第4階位の天使主天使ですから、何か困ったことがあったらいつでもお手伝いしますからね? 遠慮なく仰ってくださいっ」

「えぇっ!?」


 何気ない一言を聞き、ミラは再び驚愕する。


「だ……第4階位……? 天界の天使を纏める存在よ!?」


 だが、当のミリアは終始ニコニコしながらカイルを抱きしめ続ける。


「ミリアさん……苦しい……」

「ミリアだなんて、召喚主様マスターなんですから、ミリアって呼んでくださいまし。それよりもです、早速契約しましょう。善は急げです。ささ、どうぞどうぞ」 


 魔法陣の中央で抱き合いながら従魔契約を結んでいる二人を呆然と眺め、ため息交じりにミラは呟く。


「何も無ければいいんだけど……ん?」

 

 空を仰ぐと、急に雲行きが怪しくなる。

 真っ黒な雲が湧き出たかと思うと、染みのように空全体に広がっていく。

 昼間なのに、まるで夜にでもなったかのような暗さだ。


 すると、真っ黒な翼を広げた石の彫像のような存在が4体、雲の間からその姿を現した。


「ガ、ガーゴイル……なんでここに?」

「何だ、あれ!」

「悪魔?」


 困惑する生徒を生徒を守ろうとミラが庇うように前に出る。


 だが、ガーゴイルは容赦なく手にした三叉槍トライデントを大きく振りかぶり、地面へと投げつけ、轟音と共に地面を抉る。


 不意を打たれた攻撃に、一気に恐慌状態に落ちた生徒がその場から離れようと必死に逃げ惑う。

 悲鳴があちこちで沸き起こるなか、ミラは空を睨みつけて手を翳す。


嵐撃ランページストーム


 瞬時に発生した嵐がガーゴイルに襲い掛かるが、悠然と手を翳して魔法陣を出現させると、瞬く間に嵐をかき消した。


 悠々と地面へと降り立つ4体のガーゴイルが、周囲を一瞥してほくそ笑む。


「ゲゲゲ! 久方ぶりに聖魔陣が出たから見に来てみれば、ただのクソガキしかいねぇじゃねえか」


 下卑た笑いを上げながら、ガーゴイルたちは怯える生徒を見据える。


「久しぶりの獲物だ。精々楽しませてくれよ?」

「ふざけるな! お前らなんか、俺がぶっ倒してやる!!」


 怯える生徒達を押しのけて威勢よく前へ出るコルザと2人の生徒。

 だが、そんな彼らの前にミラは立ち、静かに告げた。


「逃げなさい。あなた達がどうこう出来る相手じゃないわ」

「へっ。先生、俺の力を見せてやる! 行け、ヘルハウンド!!」

「ちょっと止めなさい!」


 ミラの制止を振り切ってコルザが嗾けると、ヘルハウンドが獰猛に口端を吊り上げ、鋭い牙を剥き出しにしてガーゴイルへと突進していく。

 コルザの取り巻き二人の生徒も、自分の召喚した使い魔を嗾ける。

 一人はオーガ。一人はハーピーだ。


 だが、そんな使い魔を前にして余裕の表情を浮かべるガーゴイルは、つまらなさそうに三叉槍を振るい、別の3体のガーゴイルがそれに呼応して突進すると、瞬く間に襲い掛かってきた使い魔を叩き伏せてしまった。


「生意気な」

「くっ! この子達に指一本触れさせない!」

「お前は後で喰ってやるよ」


 転回した魔法陣をガーゴイルに叩きつける直前、三叉槍の柄を横に振り払われた衝撃に耐えきれずにミラは吹き飛ばされる。


 咄嗟に展開した防護魔法によって衝撃は緩和されたものの、それでも数度身体をバウンドさせて校庭の脇の方へと飛ばされた。


 目の前で担任が赤子の手をひねる用にして吹き飛ばされた現実を前に、取り巻きの生徒は我先にと逃げ出し、コルザは思わずその場で尻餅をつく。


 股間が途端に湿っていくのを見たガーゴイルが、下卑た笑い声を上げて近づく。


「ゲヒヒ。威勢の割には大した事ねぇな。だが、魔力はなかなか持ってるから、腹の足しにはなるか」


 だが、急にガーゴイルたちが色めき立つ。

 理由を知ろうと視線を追うと、その先には怯えた表情のカイルがおり、訝しげに彼を見た瞬間、途轍もない歓声の雄叫びを上げてしまう。


「おおっ! こいつぁいい! あいつは魔力の塊だぜ!!」

「俺が貰う」

「ふっざけんな! 俺だ!!」

「俺だよ!」


 一斉にガーゴイルがカイル目掛けて突進してくる。


「逃げなさい!」


 ミラがカイルに向かいながら叫ぶが、とても間に合いそうにない。


「あ、あああっ!」


 カイルが後ずさりながら逃げようとするが、もはやそれも叶わない。

 万事休すと思われたその時。


「ご安心を召喚主様マスター


 突進するガーゴイルの正面に突如光が現れたかと思うと、そこには微笑みを浮かべながら両腕を広げて4体のガーゴイルを押しとどめるミリアの姿があった。


「は?」

「何!?」

「な、何で天使が!!」

「おい、こいつ!」


 慌てるガーゴイルに、ミリアは目を細めて呟いた。


「一体何の用です? 年端も行かないいたいけな少年をいじめて、何が楽しいのですか」


 それだけ告げるとカイルの傍へ舞い戻り、後ろから彼を抱きしめて嬉しそうに微笑む。


「お仕置きが必要ですね。まあ、私は召喚主様マスターの傍を離れたくないので、ここは彼らにお任せしましょうか」


 すっと手を天へと伸ばし、小さく唱える。


天界への誘いインヴィテイション・トゥ・ヘブン


 黒き雲に覆われた空が、瞬く間に黄金色に輝く雲によって塗り替えられる。

 すると、その黄金色の雲の隙間から、多数の白き翼を持つ者たちが地上に向けて降りてきた。


 その中でも、特に青白い軌跡を残しながら地上に降り立った者がいた。


 その者は豪奢な白銀の鎧を身に纏い、青白く輝く美しい長剣を抜刀して地面に垂直に突き刺すと、ミリアの前で黄金色の髪が地面に着くのも厭わずその場で跪いた。


「お待たせいたしました」

「ご苦労様カミエル。そこに不届き者がおりますから、後は任せましたよ?」

「承知」


 バサリと純白の翼を羽ばたかせたかと思うと、怯えるガーゴイルの方へと向くカミエル。

 既に4体のガーゴイルは20体を越える天使たちによって取り囲まれている。


「連れて行け」


 顎を動かすと、周囲に展開していた天使たちが拘束するため動き出す。


「くそっ! 離せえぇぇ!!」

「がああ!!!」


 ガーゴイルが拘束を逃れようと暴れまわるが、天使たちによって瞬く間に拘束されると、やがて天へと連れて行かれた。


 全てが終わると空はいつもの明るさを取り戻し、後には再び跪くカミエルのみがその場に残った。


「終わりました」

「ご苦労様。では、もう行っていいわ」

「は?」

「え?」


 カミエルが呆けた表情をすると、ミリアも同じように呆けた表情をする。


「ま、待ってください。まさか、ここに残るのですか!?」

「え? だって呼ばれたんですもの」

「よ、呼ばれた? 誰にです」

「彼よ、彼」


 後ろから抱きしめるカイルに視線を向ける。


「は?」

「カイルくん。私の召喚主様マスターなのっ!」

「はあぁぁぁ!?」


 今まで冷静沈着に淡々と職務をこなしていたカミエルだったが、ことのほか大きな声を上げて驚いた。


「ま、待ってください。なんで主天使の貴女様がこんな者を召喚主様マスターと呼ばせ「黙りなさい」……っ……」


 物凄い殺気と魔力の重圧が周囲に広がり、カミエルは思わず両膝を着く。


「いかな貴方とて、それ以上の暴言は許しませんよ?」

「も、申し訳ございません」


 謝罪するカミエルを鋭く見据えるミリアだったが、柔和な表情に戻るとそれまでの殺気が嘘のように霧散する。


「……ふふっ。わかれば良いのです。では、私はここに残るので、何かあったらまたお願いしますね」

「し、承知」


 少し震えが止まらないながらも立ち上がると、翼を広げて空を見上げる。


 その時、一瞬だけカイルを一瞥する。


 物凄く複雑な表情を浮かべていたカミエルだったが、それも一瞬の事で、すぐさま気を取り直すと空へと飛び立っていった。


「……カミエルですって? あの大天使の? それに、あれって天使の軍勢よね? 私オカシクなっちゃったのかしら、アハハ」


 乾いた笑いを浮かべながら力なくへたり込むミラ。

 そんな彼女の傍に駆け寄り、カイルは頭を下げた。


「先生、僕を助けようとしてくださって、ありがとうございました」

「え? いいのよ。何も出来なかったけど……」

「でも、嬉しかったです!」


 屈託のない笑顔を見て、ミラは頬が緩くなるのを抑えられない。


「ふふっ。あなたが無事で何よりよ。それにしても凄いわね」

「はい。僕もびっくりしています」


 カイルの視線を感じたのか、すぐ後ろで佇むミリアが微笑みを浮かべる。


「まあ召喚主様マスターが凄いのですけどっ」

「え? そうなの?」

「ええ。何せ、私を呼んでも魔力が枯渇しないじゃないですか。なので、これからはずっと召喚したままにして欲しいです。戻したら泣いちゃいますからね?」

「えっと、僕は平気なんですけど……あのぅ、本当にいいんですか?」

「もちろんです! ああ、これからが楽しみですわー!!」


 両手を胸の前で組みながら嬉しそうに微笑むミリア。


 そんな彼女と召喚主のカイルを見て、このままでは終わらないだろうなと思うミラだった。

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