学園都市東西戦争

ばいてん

第1話 第一回入学記念式典

 四月三日。

 ニカダビシア学園アイザックキャンパス、中央棟総合訓練場。

 雲ひとつとしてない晴天の下、対魔族国家連合の首脳陣らを交え、アイザックキャンパスにおける第一回入学記念式典は執り行われた。

 新入生二百名が軍隊のように整然と並び、この学園で学ぶ一年、もしくはその未来、または過去、それぞれに想いを馳せた。

 ニカダビシア学園生であることを示す腕章を、教員がひとりひとりに付けて回る。腕章の色は、北を向いた生徒らを縦に分けるラインより、西の百名に黒で縁取られた黄、東の百名に白で縁取られた橙。統一感のある藍の制服に、暖色の腕章はよく目立った。

 軍のラッパ隊の演奏に合わせ、三本の旗が掲げられた。中央にはニカダビシア学園を直接運営する正規軍の軍旗。そして西に黄の猛獣が描かれた旗、かたや東に橙の巨兵が描かれた旗。腕章と色が一致するこれらの旗は、生徒らの在籍する学級を表す。

「続いて、各学級長による宣誓を執り行う。西軍級長エリンシア・フーゴ・バルバロッサ、東軍級長本郷正楠。壇上へ上がれ」

 軍の高級将官の命令で、ふたりの生徒が前へ歩み出た。

 壇上に立ったふたりはそれぞれ腰に下げた鞘から、まるで風を纏ったような意匠の白い細剣と、しのぎの削れた荒々しい黒漆の太刀を抜き、切先を天上へ掲げた。国王の叙任式とでも勘違いしたかのような格式高いふたりの動きは、他の生徒及び観覧席の要人たちを圧倒した。貴族、平民、軍人、級長の座を欲する者……この場の誰もが彼らの指導者としての資質を察し、驚嘆する他なかった。

 級長らは刀身を重ね合わせると、宣誓文を読み上げた。

「宣誓。我ら神聖なるニカダビシアの下に集う宝子たり。神代より受け継がれし強靭な秩序に則り、厳然たるトールの武勇に恥じず、断固たるマンティコアの知謀に敵う戦を以て、主の涙に清められたこの身に傷を負う無礼の覆すを誓う」

 息のあった──少なくとも周りからはそう見えた宣誓であった。その実、正楠がエリンシアの呼吸を読んでタイミングを合わせたのだが、それに気付いた者はこの場に十人もいなかった。


  *


 入学式に際した儀礼的な工程は終わった。

 要人らの退場を待ち、訓練場には生徒と教員だけが残った。

「さて、生徒諸君。まずは入学おめでとう。そして、凄烈たるかの魔族軍と戦わんとするその意思に、言葉を絶するほどの感謝を贈ろう」

 壇上に立ち、賛辞を述べるは連合軍教育省教務次官にしてニカダビシア学園長、グーデルシュタイン大佐である。

 彼は人間の領する地に侵攻する魔族軍に対抗するべく、手付かずの森林を切り開き、新たな教育カリキュラムとともにこのアイザックキャンパスを設立した。

「知っての通り、君らにはこのキャンパス全体を仮想の戦場とし、広大な敷地をめぐって争ってもらう」

 新たな教育カリキュラム、それは、生徒同士による仮想戦争であった。生徒らが自ら戦略、戦術を練り、組織を創り、武器を取る。錆びついた連合軍の頭脳を改めるべく、若く新鮮な発想を呼び起こそうと発案されたものだ。

「訓練用の武具に杖、故に死なぬ戦場。君らの柔軟な頭脳を自由に働かせ、有り余る活力を大いにぶつけあってくれ……む」

 中央棟に併設された教会から鐘の音がなった。

「刻限だ。両級長、これへ」

 級長のふたりが再び、二百名の生徒の前に並び立った。級長はこれより率いる学級生を見渡した。緊張、嘲弄、狼狽……九十九名分あれば、名前の付く大抵の表情が見られた。

 全員の意思をできる限り統一すべく、まず口を開いたのは正楠であった。

「此度、東軍級長を拝命した本郷正楠である。不遜ながら、俺の従軍の経験を用い、貴殿らを魔族軍の最前線に放り込めるくらいには鍛え上げるつもりだ。魔族を排するため、ともに精進しよう」

 兵士にとって、指揮官の態度が士気におおきく影響を及ぼすことを理解した彼の、堂々たる宣言であった。

 横で見ていたエリンシアもこれに続いた。

「私は西軍級長のエリンシア・フーゴ・バルバロッサです! えっと、私には従軍の経験はありませんが、連合軍の指揮官になるための勉強を小さな頃からずっとしています! 一緒に頑張りましょう!」

 彼女の宣言は一流とは言い難いが、士気の高揚という点に至っては抜群の成果を示した。学園の特性上、男女比が偏向していたことが一因である。

 宣言の後、両級長はグーデルシュタイン大佐に刀剣を納めた。そして代わりに訓練用の武具を受け取った。これで正式に、生徒らは軍属になったことになる。

「あぁ、人類の未来を照らす素晴らしい一日であった。生徒諸君、次に会った時、君らがどのように成長しているか楽しみだ」

 グーデルシュタインは微笑んだ。この笑顔の捉えようも、生徒によりさまざまであった。

「次の鐘の音が開戦の刻限である。──以上だ。奮闘を祈る」

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