第2話
男にじっと見られながら一歩ずつ横のカードに移動していくということを繰り返し、残りは70枚。その後も続け、80枚……90枚……気が付けば残りは10枚となってしまった。
これはやはりと言うべきか、きっと当たりのカードはない、そんな気がする。となるとここで人生は終わってしまうのか……何かないか、考えろ私。最後に全部のカードを証拠として見せて欲しい、というのはどうだろうか。やってくれるか……いや、やってくれたとしても当たりのカードをあの男が持っていて、途中ですり替えて出して来たらどうしようもできない。
95枚……96枚……何も思いつかない。やばいやばい。97枚……98枚……あれ? あと残りカードは1枚しかない。数え間違えの可能性も当然あることにはあるが……もし本当に、この場にあるのは99枚だとしたら……。
―――あ、そういうことか。
「ここで裏返してるカードの中には当たりのカードはないと思います」
「そんなことはないと思いますが」
男の表情に特に変化はなかった。
「先程あなたが、そんなに時間をかけて、と言ってきましたが引っかかってました。わざわざ声をかけてくるような場面ではないよなぁと。枚数を数えてる邪魔をしたかったのですね。そして最初に、100枚のカードを裏返してその中の1枚が当たりだと言っていましたが、数えたらここにあるのは99枚。ということは1枚……当たりの1枚は伏せずに、あなたが持ってますよね?」
ここで初めて僅かに男の表情に変化が見られた。
「なるほど。たしかにここに伏せたカードは99枚。気が付いたのは素晴らしい。でも私が持っている最後の1枚は果たして本当に当たりカードだと思いますか? 当たりカードはこれですよ」
そういうと男は並んでるカードの上を歩き出し、その中の1枚のカードを指差した。
「99枚だと気が付いた人への最後の試練、と言うべきでしょうか。私がわざと置かなかったカード、私がいま指で示してるカード。どちらかが当たりのカードです。どちらだと思いますか?」
そのカードは先程何も書かれていないのは確認済だ。普通であれば迷うだろうが、私にはその引っかけは無意味だ。
恐らくこのゲームは判断力、洞察力を見るテストだ。何故そんなことをするのかはわからないが、運だけの理不尽なゲームというわけではないのだろう。最後の2分の1の選択もきっとどこかに根拠となるヒントがあるのだろうがそこまではわからない。まあ、わからなくても私には問題ないわけだが。
「あなたが持っているカードが当たりです。ここに伏せてあるカードに当たりはないと思います」
男は懐へと手を入れ1枚のカードを取り出した。
「ヒヒヒ、とても残念です」
一言、そう言うと男は近付いてきてカードを裏返しの状態で差し出してきた。受け取りゆっくりとカードをめくる。そこには『解放』という文字が書かれていた。
「若い女性、色々としたかったです」
男はそのまま一度も振り返ることなく部屋から出て行った。どうやら本当に献体を免れることができたようだ。正直かなりぎりぎりの状態ではあったが何とか九死に一生を得たようだ。
床に置かれたカードしかない真っ白の部屋で一人となってしまった。さて、この後はどうなるのだろうか。献体法に救済措置があるなんて公表されていないし、無事に救済された人がどうなるのかなんて想像がつかない。今まで救済された人がそもそも一人もいないというのであればそれまでだが、献体法の歴史を考えると数百人はチャレンジしているはずだ。全員が失敗したというのは考えにくい。それでもそういう噂が出回らないということは、無事に救済されても元通りの生活には戻れないのだろう。
そんなことを考えていると、最初に私が入ってきた、そして男が出て行った、部屋に1つしかないドアが開き今度は20代ぐらいの男が一人部屋に入ってきた。
「おめでとうー! いやぁ、人生がかかってるという状況なのに、落ち着いてて感心しちゃったよ。すごいすごい」
先程の白衣の男と比べて、この場の雰囲気に似合わないとても普通の人という印象だ。比較的爽やかで話しやすそうではある。
「私はこれからどうなるんですか?」
「へー、すごいなぁ……琴葉さんってめちゃくちゃ頭いいんだね。学校の成績はオール5で趣味は読書。スポーツも万能。学級委員長もやってると。秀才の模範って感じだね」
男は何かの紙の資料を見ながらわざとこちらに聞こえるように呟いている。私の情報が色々と書いてあるのだろう。
「元の生活には戻れないんですよね?」
「秀才にして顔も可愛いと。天は完全に二物を与えているわけだ。今まで何人からも告白されてるけど、すべてことごとく断っていると。すごいなぁ。ほんとなの?」
「私の話聞いてます?」
「そんな焦らないでよ。時間はたっぷりとあるわけだし。俺は
「パートナー……ですか?」
喋ってみると見た目より軽い性格で、そして大雑把な感じがする。体育会系のやたら馴れ馴れしいバイトの先輩、というのがしっくりくる印象だ。
「頭の良い君ならすでに察してるかもしれないけど、献体法に選ばれその後無事に救済されても、元の生活には戻れないんだよね。これから琴葉さんは、若年者戦闘法の運営側に回ってもらうことになる。企画と進行役、まあ分かりやすく言うと総合プロデューサーみたいな感じ?」
そう言えば、若年者戦闘法は毎回殺し合いのルールが異なり、それは担当教官と呼ばれる進行役が決めていると聞いたことがある。
「今までも救済された人は運営側になっていたんですか?」
「うん、過去の歴史の中で救済された人は琴葉さんで11人目で、その全員が運営をさせられたわけ。そして途中でクビとなったのは5人。クビというの処刑ってことだけどね」
なるほど、予想通り救済というのは命が助かるというだけで、自由の身になったというわけでないようだ。今更驚きも絶望もないが。
「結局この若年者戦闘法っていうのは何なんですか? 教科書に書いてある、常に危機感を持ち有益な毎日を過ごしてもらうための政策、ではないですよね?」
「もちろん! そんなわけがない!」
木皿儀が待ってましたと言わんばかりの勢いで目を輝かせて歩み寄ってきた。
「結局のところ金持ちの道楽だね! この国を陰から資金援助している大金持ちが暇になり、自分自身は犯罪を犯したくないけど人の残酷な部分、絶望、裏切り、憎悪などなど、リアリティのあるものを感じたいという要望からうまれた企画さ!」
今までで一番生き生きとした表情を見せた。白衣の男とは違うベクトルで結構やばいやつなのではないかと思ってしまう。
「噂では聞いてましたが、本当のことだったのですね。そのお金持ち達が満足できる企画を練るのが運営の仕事っていうわけですか。つまらない企画をするようならクビってことですよね」
「さすが! 勉強できる人は頭の回転も早いね」
自分が助かった代わりに今度は人の命を扱う側になってしまうとは。死ぬのは嫌だが、人の命を奪うというのも同じくらい嫌だ。どうしたものだろう。
「じゃあ、部屋を移動しようか。実は3日後にもう戦闘法に選ばれた学校が実行されるから、それのルールを決めて欲しいんだ。初の担当クラスだよ」
ついさっきまで自分の生死の選択をしたばかりで、今度は人殺しの企画を考えろと。心の準備とか、そういうのはもちろんまったくないらしい。
5秒前に戻れる女子高生、デスゲームの企画進行役で平和な世界へ尽力する セセラギ @merayaika
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