短編 愛のままにわがままに僕はガリガリ君だけを

下井 草朗

第1話(完)

今日も暇を持て余して、ミス研の部室に向かう。

部室に入ると、僕以上に暇そうな先輩二人が雑談していた。部長の榛名さんが、畳に寝そべって喋り、館林さんがゲームをしながら適当に相槌を打つ。全くいつもどおりの光景だ。

「安中か、ちょうどいいところに来た。こいつの馬鹿話を聞いてやってくれ」

館林さんが部長をあごで示す。

「馬鹿話はひどいな。どうも僕と館林はミステリー観が違って困る。まあいい、安中君聞いてくれ。大変魅力的な謎があるんだ。『五十円玉二十枚の謎』系統だな」

「はあ、どんな話ですか?」

僕が畳に腰を下ろすと、部長は起き上がってこちらを向いた。

「コンビニでバイトしている友人から聞いた話だが。なんでも一月ほど前、中年の男性が、ガリガリ君だけを大量に買っていったと言うんだ。それも、店にあるだけの三十個ほどを一度に」

話の続きを待つが、どうもこれだけらしい。

どうだ、という目で部長はこちらを見ているが、正直困った。多少気になる話ではあるが、特に魅力的かといわれると疑問だ。

「ほれ、安中も困ってるじゃないか」

「いや、そんなことないですよ。夏に、他のアイスもまとめてってのなら分かりますけど。もう十一月ですし、ガリガリ君だけというのも意味深ですねえ。確かにおかしいですよ」

今思うと、ここで部長に同意してしまったのが、間違いの全てだったと思う。

「そうだろう。こいつはまさに事件の香りがする。ミステリを愛する者としての直感が告げる。そう、ガリガリ君を買っていった中年男性、彼はきっと殺人事件に関与していたんだ」

それはない。

「この馬鹿。何かまとめ買いしただけで、殺人犯にされてたまるか」

「さすがに、殺人事件はちょっと考え難いのですが」

「やれやれ。謎を見れば殺人と思え。我らがミス研の合言葉だろう」

「初耳だな」

館林さんの言葉を無視し、部長は続ける。

「さて、ではこのガリガリ君の謎を検討してみようか。というか、徹夜で検討してきた。聞いてくれ」

真性だ……。

部長が一度こうなってしまうと数時間は止まらない。それを承知している館林さんは、ゲームの電源を落として畳に寝転がる。持久戦の構えだ。


「何故彼は、ガリガリ君だけを大量に買っていったのか?」

「単純に好きだったんだろ」

「彼がコンビニで目撃されたのは、一度きりだ。好きだったのなら何度も足を運ぶはずだろう。それに、噂にもなるはずだ。だから、その可能性は無い」

「否定が早い。本当に好きでたくさん食べるのなら、コンビニなんかで大量に買わないだろ。確実に定期的に入手するため、通販なんかで箱買いじゃないのか。それがたまたま届くのが遅れたとか、引っ越したばかりで新しい住所での注文がまだだったとか、だからやむを得ずコンビニで買った。それじゃだめか」

「お、さすがは館林、良い所を突いてくるじゃないか。確かに僕らが一般人なら、それが解答でもいいけどね。ミス研としては、もう少し突っ込んでおこう。通販を頼むにしても、物がアイスだよ。宅配便が届くときは、確実に家にいないといけない。まとめ買いして保管するには、冷凍庫も大きな物がないと。これは少々面倒だ。それに一日に十個も二十個も食べるわけでもないだろう。だったら毎日、コンビニで必要な分だけ少しづつ買ったほうが良いだろう。どうだ?」

「なるほどな」

館林さんは納得した様子でうなづく。なんだかんだで、彼もこんな無意味な話が好きなのだ。


「さて次、差し入れ、プレゼントの類」

「無さそうだな。時期が悪い。それに、複数の人間にやるのならアイスの種類は多いほうがいい。個人にやるには多すぎる、相手の冷凍庫に収まるか怪しい。贈り物だとしたら、ほとんど嫌がらせだ」


「安中、お前は何かないか」

「そうですねえ。大食い勝負とか」

「どっちがアイスたくさん食えるか、勝負しようぜってか? 学生のノリだなあ。いい年した大人がやることとしては、ちょっとな」

「じゃあ、何かの企画というのはどうです? 投稿ビデオとか、ホームページなんかで。人はガリガリ君をどれだけ食べられるか」

「お前は大食いばっかりだな。まあ、投稿ビデオってのは割と良い線かもな」

「忘れてないか。ガリガリ君には、当たり、というのがある」

「そういえば、そんなんあったな」

「あれ、そうすると、今まで没だったアイデアが生きてきますね」

「さっき、何かの企画じゃないかって話があったけど、一体ガリガリ君は何本に一本の確率で当たりがあるのか、なんていかにもありそうだな」

「プレゼントもありですね。袋を開けて、棒だけ抜いて当たりを探して、当たりはもう一度封をして、それを贈る。なかなか粋じゃないですか」

「うん、まあ現実にはこんなものだろう。他にも、応募説、回収説、気まぐれ説、いろいろ思いつく。だけど、僕は大変に不満なわけだ。真相が平凡すぎる、日常にありふれていそうだ。何より人が死なないじゃないか。あまりにミステリスピリットに欠ける、君たちもそう思うだろう」

「いや、別に」

「そこで、そんな君たちの為に、僕がとびきりのミステリを用意してきた」

部長は懐から、おもむろにプリントを取り出した。それを見て、さすがの館林さんも頭を抱える。

「今までのが全部前フリかよ……」

「現状は大幅にアレンジしたが、根本は変わっていない。なぜ大量のガリガリ君が、と言う点だ。中心が殺人事件になっただけだ」



「それでは始めよう。題して、『ガリガリ君殺人事件』」

僕と館林さんは投げやりな拍手をする。

「被害者の少年をG君としよう。彼は、その年の正月頃から行方不明になっていた。そして三月の半ばごろ、とある避暑地にある山奥の別荘で彼の死体が発見される。別荘はG君の両親が所有していたものだ」

「別荘ぐらい捜せよ」


「別荘はG君の家から車で五時間以上の距離だ。子供が行ける距離じゃなかったから捜されなかった。死体の発見者は近所の猟師。腐臭がしたので近づいてみると、というわけ。別荘は玄関も窓も、全部開け放たれていた。鍵はスペアが作れないタイプのもので、G君の親が管理していた。

さて、問題のG君の状況だ。彼は空き部屋で大量のガリガリ君に埋もれるように死んでいた。死因は餓死。部屋には死体とガリガリ君以外には何一つ存在しない」

「おお、それで?」

「これだけかな。さあ、存分に推理してくれ」

「え? 一体何をどう推理すればいいんですか?」

「とりあえず、なんでこんな状況になったのか、かな。もし彼を殺した犯人がいたとすれば、どんな人間で、どんな前提条件があれば可能だったかを考えて欲しい。まあ、あんまり真面目に考えられても困るんだけど」

「もう少し手がかりをくれよ」

「G君は餓死したわけだけど、ガリガリ君を食べた形跡はなかった。睡眠薬等も検出されなかったし、身体に拘束の痕も無い。ただ死体が発見された別荘の辺りは、一月二月は雪で埋もれてほぼ無人になる」

「どっかに閉じ込めて餓死させた後で、ここまで運んできたのか?」

「いや、死体には、死後に長距離を移動させられたような形跡は無い。運ばれたとしてもせいぜい別荘の中ぐらいからだ。ついでに言ってしまうと、別荘の中に外から鍵をかけられる場所は一箇所、使われていない物置があって、何者かに荒らされたのを元に戻したような跡がある。そこの鍵は玄関と共通、複製不可の電子錠だ。鍵はG君の家にあったが、G君はその置き場所を知らなかったし、長期間無くなっていたことは無い、とG君の両親は証言している」


「つまり、犯人は別荘の鍵を持ち出せる人間で、G君をさらって別荘の地下室に閉じ込めた後、一旦帰宅。G君が餓死する一週間だか二週間だか後に、また鍵を持って別荘に行き、死体を地下室から出して、地下室は荒れてたから片付けて……、えーと」

「あ、分かりました。アリバイトリックだと思います。ガリガリ君、というか氷で死体を冷やすことによって死亡時刻を誤認させたんですね。わざわざ遠い別荘を選んだのもそのためだし、死体を地下室から出して、ドアも窓も全開にしておいた理由は、死体の発見を早くして、ある程度範囲の絞った死亡時刻を出させるためですね」

「うん、素晴らしい」

「と、すると犯人は親かな。餓死させたのは犯行動機と繋がってくるんだろ。あまりに憎かったから一番苦しい死に方を、じゃ今ひとつだな。親の思い出の食べ物のガリガリ君を息子が粗末にしたから・・・・・・いや、違う。こうだ、好き嫌いの多い息子に食べ物の有難みを教えてあげるつもりで、地下室に閉じ込めておいたら死んでしまった。なんてかわいそうなことをしてしまったことか。アリバイ工作のついでだ、せめてお前の好きだったガリガリ君に包まれて眠るがよい。犯行の経緯はこんなもんだろ。意外とよく出来た話だったな」


「凄い面白かったです」

「ただ、謎が結構突拍子も無いものだったから、それと比べて解決はちょっと地味だったかな」

「それは当然だね、なにせ偽物だから」

「は?」

「犯人が用意した偽の解決ってこと。君たちは犯人の罠にまんまとはまってしまったわけだ」

「お前、語り手が明らかに誘導してたじゃねえか」

「さっきの推理が否定される理由を示してくださいよ」


「そんなのいくらでもあるけど、致命的なのが一つ。ガリガリ君を使う必要性が無い。氷でいいじゃないか。それなら溶けた後に証拠は残らない。ついでに言えば、ガリガリ君が大量に置いてある場所には、スーパーにでもコンビニにでも、間違いなく氷も置いている。さらにもう一つ、氷ならば人目につく危険を冒してまで買う必要も無い。自宅で作れる」

「確かに」

「初志を忘れてもらっては困る。この話はガリガリ君でなければいけないんだ。氷を使ったトリックなんてすでにいくらでもあるだろう。ガリガリ君が氷の代用品じゃ面白くもなんとも無い」

「じゃあ真相は、ガリガリ君ならではのトリックというわけか」


「でもガリガリ君みたいなアイスって結構多いですよ。他の似たようなアイスでも代用可能ではいけないんですか?」

「そうだなあ、若干真相に触れるが、先にそこだけは説明しておこう。他の似たアイスに勝る点は、一言で言えばネームバリューだ。このトリックでは、なるべく使うアイスは単一の種類であることが望ましい。ガリガリ君なら非常に有名だし、どこの店にもある。大量に入手することが非常に簡単だ」

「安いしなあ」

「さらに大ヒント、子供に人気」

「あ、それはかなり重要っぽいですね」



「じゃあちょっと考えてみるか。まず、犯人はいるのかどうか」

「自殺か事故かってことですか? それはなさそうですね。他の死因ならともかく、餓死ですよ。ガリガリ君があったら食べます。G君以外の何者かが直接的に関与したのは間違いないと思います」


「だよなあ。とりあえず犯人かそれに準ずる人間はいるとして、次はそいつに必要なものだ」

「車と、別荘の鍵は必要ですね。別荘に関しての知識もあるんじゃないですか」

「別荘についてはG君に聞いたという線もあるぞ。いや、G君が協力的なら鍵も車もいらないかもな。あと犯行にはかなり時間がかかる。現場との往復だけで十時間か」


「それは犯人が親の場合でしょう。現場の近くに住んでいて、G君も呼び出したとしたのなら、移動時間はほぼゼロですよ」

「あ、考えてなかった。犯人候補は別荘の近くには住んでいないってことで」

ここで突然部長から条件が追加された。もっと前に提示すべき条件だと思うが。

「そういうことは早く言え。わざわざ指摘してきたってことは、重要なんだな」

「となると犯人は半日以上、家を開けたことになります。家族がいれば、さすがに気づくと思いますが」

「最低二回は、現場に行かないといけないしな」

「別荘にG君を連れて行くときと、死体を放置するときですね」

「しかもそのうち最初の外出は、G君が行方不明になった日のはず」

「いや、そうとも限りません。死ぬ時には別荘にいたという話ですから、近場で数日監禁した後ということも考えられます」

「それもそうか。まあ何にしても半日以上の外出が二回。かなりのネックだな、これが第一のポイントかな」

「犯人はなぜ、遠くの別荘で犯行におよんだか、ですね」

「ああ、まずその考えられるメリットは何だ」

「デメリットならいくらでもありますけど。移動に時間がかかるし、様子を見に行くことも難しい」

「そのせいで犯行が露呈する可能性も高い。それらのデメリットが気にならなくなるくらいのメリットがあったはず」

「遠距離のメリットとなると、見つけられにくい、ということでしょうか。餓死する前に、生きているG君を見つけられてはまずいですから。顔も見られているかもしれませんし」

「それは餓死でないといけない、という仮定の上での話だろう。顔を見られたり、生きているのを見つけられたら困るというのなら、さっさと殺してしまえばいい」

「じゃあ死体を見つかりにくく、いや、それも変ですね。それなら、窓とドアは閉めておくはずですから」


「それだ、犯人は何故窓とドアを開けたままにしておいたんだ」

「やっぱり、死体を早くに発見させるためではないですか」

「死体の発見は遅かった気がするが。おい、部長。行方不明になった日と、発見日、死亡推定時刻は?」

「一月初めに行方不明、三月半ばに発見。死亡推定時刻は難しいなあ。腐ってるんだから結構経ってる、ってことじゃだめかな」

「もっと詳しく」

「推定が難しいといったのは、別荘があった山は冬の間氷点下まで気温が下がり、死体の腐敗が進行しないから。ただ、死体の衣服は行方不明になったときに着ていたもので、着替えてもいないようだった。その服の汚れ方からして、死んだのはさらわれてから二週間も経っていないころと推測される」

「だからそういうことは早く言えよ。さらってすぐ別荘に放り込んだってことじゃねえか。死体の発見はずいぶん遅いな」

「窓とドアを開けたのは偽解決のためではないですか? 犯人が用意した偽のアリバイトリックでは、死体はある程度早く見つからないといけないですから」

「なるほど。ただし実際に早く見つかるわけでは無かったし、犯人にもそれは分かっていた、と。筋は通っているけど、なんだか納得できないなあ。窓とドアを開けたせいで、発見されるリスクは結構増えると思うんだけど」

「なにか他に違う理由があったってことですか」

「たぶんな」

「じゃあ第二のポイントですね。なぜ窓とドアが全開だったのか」


「となれば第三のポイントはあれだな。餓死とガリガリ君」

「それ、ひとくくりなんですか」

「いかにも関係が深そうじゃないか? 飢えと食料だぜ」

「でもですねえ、ガリガリ君が死体の上にばら撒かれたのは、おそらくG君が餓死した後でしょう? 死ぬ前なら確実に食べるわけですから」

「いや、死ぬ前からガリガリ君はあったけど、食べたくても食べられない状況だったとは考えられないか」

「例えば?」

「そうだな、まず精神的な理由というのは考えられんな。飢えていれば草だろうが虫だろうが、それこそ何でも食べるのが人間ってもんだ。ガリガリ君がたとえ大嫌いであっても、毒だと思っていても、口に入れるはずだ。まあ宗教上のタブーとかなら、ありえない話じゃないが」

「イスラムの豚とか、ヒンズーの牛とかですか。しかしガリガリ君ですからそれは気にすること無いと思いますよ」

「いや、一応な。ガリガリ教の信者だからガリガリ君食えねー、が真相でしたとか、この馬鹿マジで言い出しそうだから」

部長はこちらを見て、何を馬鹿なという仕草で肩をすくめた。だから、多分大丈夫だろう……、多分。

「これにいたっては全然分かりませんね」

「ああ」


「それじゃあそろそろいいかな。

ここで挑戦状。推理に必要な条件はそれなりに示された。真相はいかに」

「今更かよ。それ、論理的に解けるのか?」

「無理かも。推理に必要なのは発想の飛躍と広い心かな」


それからしばらく思考をめぐらせたが、全く何も思いつかない。

「駄目です。全然分かりません」

「あー、俺は分かったかも。ちょっと確認するが部長、真相って一言でいうと目印じゃないか」

「目印? いや、それ多分違う。でも解答が一つとは限らないし、聞かせてくれよ」

「すごい馬鹿な解答なんだけど、まあいいか。別荘からだな、子供が歩いて一週間ぐらいの所まで、ガリガリ君を置いていくんだよ。それで、その終点にG君を呼ぶわけだ。するとガリガリ君が落ちている。拾ってみると中身は溶けていて、しかもただの水。がっかりしてそれを捨てると、なんと少し離れた場所にもう一つガリガリ君が

そうしてガリガリ君を延々とたどっていくが、中身は全て水。それに水を飲んだ後のガリガリ君の袋は風に飛ばされてしまって、帰る道も分からない。それにここまで来た以上もう意地だ、とても引き返すわけには行かない。空腹でふらつきながらも、ひたすらガリガリ君を追って進み続ける。そして、もう餓死寸前というとき、目の前に見たことのある建物が。最後の力を振り絞って別荘に入る。そこにはガリガリ君が山と積まれていた。達成感に包まれながら手を伸ばす。しかしそれは、一つでも抜くとその方向に崩れ落ちるように巧妙に組まれていたのだった。ガリガリ君に埋もれて、体温が急速に奪われる。もはやガリガリ君の袋を開ける力もない。G君の冒険はここに幕を閉じる。めでたしめでたし」

馬鹿すぎる。

「……完璧だ」

なぜか感動している部長。

「僕が用意した真相とは違うが、全ての条件を満たしている。しかも僕の解答は若干解ける人間を限定してしまっているが、これにはそれがない。誰でも純粋に発想力だけでたどりつくことが可能だ。九十八点」

「正解だと思ったんだがな。まあ前座は終わった、真相を教えてくれ」


「では一応、真の解決を始めよう。犯人はG君の叔父。G君の両親に強い恨みを持っているが、周りには気づかれていない。復讐の手ごまとするためにG君に接近。かなりの信頼を得ることに成功。別荘の存在は知っているが、自分が行った事はない。自動車を一台保有。独身で一人暮らし、仕事は滅多に家に帰れないほど忙しい

犯行の経緯をおって行こう。G君の叔父をOとしよう。犯行を思いつくきっかけは二つある。まず一つ目、OはG君から夏に別荘にいった際の話を聞く。その時G君が、別荘を出る直前に窓の鍵をこっそり開けて、忍び込めるようにしておいたのだと聞いた。二つ目は、年末にG君とテレビを見ていて、とある投稿ビデオが流れたこと。ここで犯行をあらかた組み立てたOは、G君にある話を持ちかける。自分の仕事が休みを取れる日に、両親には秘密で別荘に忍び込んで、あのあれをあれでやろう」

「不明瞭な解決編だなあ」

「まあ聞け。そしてG君が開けておいた窓から別荘に忍び込み、G君を閉じ込める。その部屋の窓とドア、ついでに玄関も開けておく。地下室も荒らした後で片付け直す。それからは帰ってひたすら仕事に打ち込むだけだ。仕事に忙殺されているうちにG君は餓死し、トリックの痕跡は消滅する。死体が発見されるまでは、職場で寝起きすればアリバイは完璧だ」

「なるほど。遠距離で犯行に及んだのは、時間がかかることで逆にアリバイを限定するため。窓とドアを開けておいたのは、現場に二度行くことが必要と思わせるためだったわけですか」

「いいから早くガリガリ君を使ったメイントリックを言えよ」

「このトリックでは、身体に痕が残らない手段で拘束し、それが時間経過で消滅しなければならない。それが絶対条件だ」

「あ、分かった」

館林さんがつまらなそうに呟く。僕にもなんとなく分かった気がする。

要するにガリガリ君で、閉じ込めたわけだ。

「分かったと思う? 残念、それはハズレだ。惜しいけど。時間がかかり過ぎる。確実にG君の抵抗にあうな。実行するには、その前に別の手段で拘束しておかなければならないという矛盾が生ずる。さらに、別荘に行くのは一度きりが望ましいという前提があるから、前もって準備しておくのにも限界がある」

また誘導しておいて否定するし。

「はいはい、分かってなかったよ。続きをどうぞ」

「つまり、どうしてもこのトリックにはもう一つ条件が追加されるわけだ。G君自身の協力、という困難な条件がね。しかし、これら全てを解決する手段は存在する。前にこの部室で見たテレビ番組だ。OもG君と見ていた。そこでは一本の投稿ビデオが紹介された。タイトルは確か『猿はどれだけ好きなバナナを我慢することができるか』だったかな」

それを聞いて無言で突っ伏す館林さん。

「え、何ですかそれ?」

「そういえば、安中はあの時いなかったっけ。それじゃちょっとこれは難しすぎたかもな。でも館林はいただろ。お前なら気づくと思ったんだけど」

「無理無理。それってあれだろ、本数を数えながら、バナナを猿の周りに置くっつーか積み上げていって」

「そうそう。しまいには縦に積み上がったバナナの円筒の中心に、猿が埋まってる感じになるやつ。これをOはG君と見ていてだな、君の好きなガリガリ君で同じことをやってみないかい、もちろん終わった後でガリガリ君は食べ放題だよ、と持ちかける。それで別荘に行き、ビデオを用意して撮影を始める。ここでガリガリ君を選んだ理由が、また一つ明らかになる。レンガ状で積みやすい。内側から破られないようどんどん積んでいき、崩れないようにといって水をかけて固めていく。G君が気づいたときにはもう遅い、完全にガリガリ君の檻に閉じ込められている。ちなみに窓を開けておいたのは、これが溶けるのを防ぐためでもある。あとはG君が泣けど叫べど、氷の壁に阻まれて外には届かない。ガリガリ君を食べようにも、凍って周りとくっついてしまっていて取り出せない。そしてG君は餓死し、春になってガリガリ君の壁が溶けるころにようやく死体が発見されるというわけ」

そんな馬鹿な。

「それって、餓死の前に凍死するんじゃないですか」

「かまくらの中って意外と暖かいらしいし、G君は真冬でもクーラーボックスの中でも、シャツ一枚に短パンの強い子だから平気じゃない?」

わずかに残った反論する気力を一瞬で奪われた。

「別に凍死でも良いだろ。なんでそんなに餓死にこだわるんだ?」

館林さんの言葉に部長の顔が凍りつく。

「え? 何言ってんの館林。そこはほら、言葉には出さないけど共通認識というか当然の前提というか皆分かっていたけどあえて言わないみたいな。まさか……安中君も分かってない?」

「ええ、さっぱり分かりません」

「ちょっと待ってくれよ。正直、さっきの話は完璧とは言い難い。ガリガリ君を使ったミステリというだけなら、他にもいくつも思いついたし、その中にはもっと現実味があり分かりやすく魅力的な謎だってあった。それをあえて、この馬鹿ミスを選んで君達に出題した理由がそれなんだが」

嫌な予感がする。

「何が言いたいんだよ」

「僕は最初に『ガリガリ君殺人事件』って言ったろ。このタイトルを聞けば、普通はガリガリ君が殺されたのだと思うだろ。そこで気が付いて欲しかった」

「で?」


「だから、ガリガリ君の中でガリガリになった死体が……」

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