燃えた鳥
ヤグーツク・ゴセ
燃えた鳥
右手に重なったこの夏で終わりにしよう。
夏の映える空を高く飛んでいた一羽の鳥は群れから離れて
こちらへやって来た。来るな、来るな、来るな、頭の中でそう思った。弱い一羽の鳥が僕の方へやって来た、群れから離れることしかできない鳥が。その鳥はやけに他の鳥より黒色に見える。風が僕たちを捉えた、僕とその鳥だけがこの世界から離されたかのように。手を部屋の窓から目一杯伸ばして、その鳥を掴もうとした。掴めず、右手に重なっただけだった、だけだった。
耳を塞いで街の喧騒を通り過ぎる。アスファルトから伝わって来た熱さが夏の暑さを物語った。一瞬、腕時計を見た、あの日から止まった時計を見た。街の喧騒から離れた静かな田園風景が見えた。バスを降りて、世界の天底に沈み込んだかのような季節に立った。あぁ、やけに走りたい気分だ。今日で全て終わりにしたかった。田んぼの中を突き刺す一本道が僕を呼んでいる気がして、足に力を入れた。全て捨てて、走りたかった。ふと、空を高く飛ぶ鳥の群れが目に入った。僕もこの道を思いきり走れば羽ばたけるかな?あの夏がもう一度欲しい。それだけの人生が欲しい。こんな夏なんて消えてしまえ。
皆、飛べると信じて走る、僕は、何も信じるものがない。だから、飛べない。ただ、群れをなして生きることすらできない、そう思った。
そうだった、あの日を思い出した。
「父さん、明日授業参観に来んなよな。」
「行かないって、明日は家でゆっくりゴロゴロしとくよ。」
「そう。」
確か、夕ご飯の会話はそれで終わった。
翌日、やっぱり父さんは来なかった。僕が学校でいじめられていることなど知ってはならない、絶対。帰り際、ランドセルに教科書を詰める僕に向かって先生が走ってきた。何も言わずその先生は僕を抱きしめた。先生の背中側の窓の外に見えた黒い煙が高く上がっていた。
そうだった、あの火を思い出した。
なんとなく心がざわついて先生を振り払い、家まで走った。家の周りには人がたくさん集まっていて僕の目には真っ赤な家が見えただけだった、だけだった。父さんはその火の中で僕の記憶と共に消えた。白昼の放火犯によるものだったらしいが全て失った僕にはどうでも良かった。
そうだった、あの火のせいで僕はうまく飛べないんだ。元々群れをなして生きるのが下手な僕は最後の翼をあの日、失った。腕時計はあの火を見た瞬間から動いていない。
窓から見える景色が異様に真っ赤に染まった。遠くを飛んでいた一羽の鳥が群れを離れて僕の方に飛んでくる。来るな、来るな、来るな、そう思った。でも、そいつとなら僕も飛べる気がして手で掴もうとした。掴めず、右手に重なっただけだった、だけだった。変わらないままの僕はずっとあの日からうまく飛べない。
でも、飛びたい、あの黒い煙のよりも高く、父さんのいる空よりも高く、鳥が飛ぶ空より高く。窓から目一杯手を伸ばす。群れを離れた一羽の鳥が泣き始めた。なぜ、僕だけがうまく飛べない?そう嘆いて泣いている。僕と同じだ、ほら、僕と重なった。一緒に飛ぼうよ。まだまだ手を伸ばす、窓から身を乗り出して、もう全て終わりしようと思った。うまく空を飛べるようにと願いながら僕は。弱いままの僕は。うまく飛べない鳥は、僕は。燃えて、うまく飛べず、
死んだ。
右手に重なったこの夏で終わりにしよう。
燃えた鳥が2羽泣き始めた。
燃えた鳥 ヤグーツク・ゴセ @yagu3114
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