永遠の落日

霧ヶ原 悠

永遠の落日



 かつて、栄華を極め「太陽の沈まぬ国」と謳われた国々があったらしい。



 「へえ。じゃあ今のこの国もそうやんな」

 「ンなわけあるか。つか、分かって言ってんだろ」


 あははっと、中身のない笑い声を返したソイツの手には、さっき買ってきたテイクアウトのシェイク。


 「お、水族館がリニューアルオープンしたってよ」


 コイツは、ずっとスマホを見ていたせいで手の中のアップルパイが冷めてしまっているのに、気づいているのかいないのか。


 「『あの青かった海を再び。当館は光と映像の総合芸術を楽しめるステキな空間へと生まれ変わりました。ひとときの安らぎと懐かしさをぜひ感じてください』……だってよ」

 「えー、いいじゃんいいじゃん。行こうやー、今週末とか」

 「却下。絶対人多いじゃねえか。……つーか、『あの青かった海を再び』って。しょせんは水槽だろうが」

 「そうヒネたこと言ってやんなよ。みんな頑張ってんだからさ」

 「ふん」


 俺は、ポケットからタバコを取り出すと一本くわえた。


 「オイコラ未成年ー」

 「あと一週間で誕生日だ」

 「それがなんの免罪符になんだよ」

 「月に数本しか吸わねえよ」

 「だから何の言い訳やねんって」


 二人とも目ざといが、いつも呆れ笑いを含んだ形だけの咎めだ。俺はコイツらのこういうところがけっこう気に入ってる。


 吐き出した白い煙が、夕日に照らされてほんのり色づいた。


 俺たちが座っている河川敷からは、二十四時間三百六十五日、地平近くから動かなくなった太陽がよく見えた。


 (こんな終末も同然の世界で、誰が俺の不健全を正せるんだよ)



 数年前から、この国には朝と昼と夜がなくなった。太陽は沈まぬまま、空は夕焼け色のまま、移ろわなくなってしまったのだ。



 何の予兆もなかった。ある日気がつけば、そうなっていた。


 当然、大騒ぎになった。


 気象予報士が、天文学者が、なんちゃら研究所のなんちゃら博士が、なんたら大学のなんたら教授が、連日のようにテレビや雑誌で会見と発表を繰り返し、畑違いの政治家や自称占い師などまでもがSNSで持論を展開した。


 とりあえず外出自粛令は出るし、あらゆる施設と店舗は閉まるし、学校も休み。企業も、ほとんどの人が仕事に手がつかんって働かなくなったから、実質開店休業状態。


 日々沸いては拡散される情報の中には悪質なものがあったらしいし、一部では暴動が起こったという報道もあった。


 結局のところ、誰も何が起こるか分からないというのが、唯一にして最大の恐怖だったのだろうと思う。


 そうやって大騒ぎして、大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして大騒ぎして……



 一年が経つ頃には、もう慣れてしまっていた。



 あるいは飽きたとも言うし、諦めたとも言える。


 異常気象説、集団幻覚説、化学兵器説、宇宙人襲来説エトセトラ……。いまだに原因は分かってないし、空の色に変化はない。


 それでも、人が耐えられる時間には限りがあった。


 外出自粛令はなし崩しに解かれ、どこの店も施設もキャンペーンや値引きサービスなどで呼び込み・アピールに余念がない。授業も五限あるいは六限までみっちりやるし、放課後は部活に励む生徒たちの姿がそこかしこに見られるようになった。そして、消えたときと同じくらいの速さで、スーツ姿の大人達が街に増えていった。


 「あ、あの映画、よーやく公開日決まったんや」

 「どれ?」

 「流行語大賞にもなったドラマの続編」

 「あー、あったな、そんなん。クラスですっげー話題になってたやつ」

 「そうそう。姉ちゃんがこの主演の俳優好きでなー。見るまでは死なん言うて」


 俺たちがこうして買い食いしてダベっていることを鑑みても、完全ではないにしろ、元に戻ったと言っていいのかもしれない。


 (……はっ。アホらし)


 だが、アイツらがいうところの天邪鬼であるらしい俺は、心の中でそう吐き捨てた。



 のが、バカバカしくてしょうがない。



 そんなことないと知ってるくせに、なんで止まらない?


 そんなの無理だと分かってるくせに、なんで突き進む?


 誰もそれでいいと思ってないことぐらい、全員理解してんだろッッ‼


 (……チッ)


 なんて、しょせんはガキの遠吠えだ。やり場のないイライラにフィルターを噛みしめたとき、ようやくアップルパイを食べ終わったらしい奴が「あっ」と声をあげた。


 「そういえば、こないだSNSで流れてきたんだけど」

 「何が?」

 「おのぼり山ってあるだろ?」

 「ああ」


 正しい名前は忘れたが、市内の小学生の遠足コースになるぐらい、よく知られた場所だ。ここからなら、バスで十五分ぐらいで行ける。


 「あそこ、宇宙人がいるらしいんだよ」

 「「はあ?」」

 「てことで、ちょっと見に行ってみようぜ。どうせ暇だろ?」

 「「はあ?」」




 ただでさえ、終わりの始まりを滲ませた黄昏の光は暗いというのに、茂った葉がそれすらも遮ってしまって、視界はそこそこ悪かった。


 「ったく、なんでこの年になって宇宙人探しなんか……」

 「えー、オレ無駄にワクワクしてんだけど。ほら、虹のたもとには宝箱がある的な」

 「はいはいはい! オレホンマに探しに行って迷子んなってクッソ怒られた!」

 「そりゃテメーがアホなだけだ。つーか、普通に疲れた」


 そう愚痴をこぼすと、二人はニヤニヤと楽しげな顔で振り返った。


 「そら、タバコのせいやろ」

 「加齢だろ」 

 「ちょっと待て。前はともかくあと。オイ」


 すかさず睨みつけても、ひょいと肩をすくめられただけだった。


 「いやいや、だってガチの体育会系でもないし? ジムにも行ってないんじゃ、そりゃ体力おちるだろ。先輩だって言ってたぜ。十九から二十歳はたちになるときは平気だけど、二十から二十一になるときの衰えはマジでヤバいって」

 「あー、それ女子も言うとるよなあ。二十歳すぎたらBBAババアやって」

 「本物のババアに謝れ」


 そんなとりとめのない会話をすること三十分。俺たちはようやく頂上にたどり着いた。



 そして、夕日を眺める地球外生命体を見つけた。



 「……」

 「……」

 「……」


 なんだかんだ言っても信じてなかったものが、いざ目の前に現れるとどうしていいのか分からなくなるらしい。


 三人無言で立ち尽くしていると、地球外生命体の方が先に動いた。振り返った、のだろうが、俺たちには首が百八十度回転したようにしか見えなかった。

 普通にビビる。


 『コンニチハ。ワタシノ言葉、ワカリマスカ?』


 エコーがかかっているような、若干聞き取りづらい声だった。


 「あ、うん、まあ……」


 とりあえず頷いておいた。


 見た目は、よくあるグレイタイプの宇宙人を想像してくれればいい。ただし口にあたる部位はなかったし、全体のサイズは木と同じぐらいだったが。


 そのまま、双方睨み合うというか、お互いを計り兼ねている気まずい時間が流れた。


 「……ぇーっと、あー……に、日本語お上手ですね?」


 今度口火を切ったのは、こっちだった。


 「……もうちょっとなんかなかったのかよ関西人」

 「あちらさんにボケツッコミの概念あるんやったら考えた」

 「たぶんねえな」


 グレイはコイツの言ったことを咀嚼して理解するようなそぶりを見せたあと、自分の手を胸に当てた。


 『ハイ。ワタシタチニハ、他ノ星ノ生物ト交信スル能力ガ、アリマスカラ』

 「へー。すげえ」


 思ったよりしっかりした答えが返ってきたことで、少し俺たちも落ち着いた。


 「えーっと。じゃあ、その。ここでなにやってたのとか……聞いても?」

 『ハイ。夕焼けヲ見テマシタ』


 よくぞ聞いてくれたとでもいうように、声が弾んで聞こえたのは気のせいか。


 「夕焼けを?」

 『ハイ。コノ星ハ、夕焼けノ空ガ一番キレイデス。ダカラ、動カナイヨウニ留メマシタ。ズット見テイラレルヨウニ』

 「ん、んん?」


 今、とっても聞き流せないことを聞いたような。


 「……えーっと、今、『留めた』って言ったのか? 夕焼けの空を? てことは、この数年、この国で太陽が西から動かなくなったのは……」

 『ハイ。ワタシガソウシタカラデス』


 おそるおそる確認してみると、けろっとそう言われて、声を失った。


 「……え、まさかの宇宙人襲来説がアタリ? うっっっそだろ」

 「いや、むしろこの状況でそれ以外って言われた方が信じらんないって」

 「……いや、ていうか、どうすんだよ。これ」


 最初ほどではないにしろ、元凶を血眼になって探している奴らはいるだろう。それがこんなあっさり。


 『ソウソウ。ヒトツ聞キタイノデスガ』

 「え、あ、うん、え?」


 肩が揺れたのと同じく、それは反射で出た意味のない音だったのだが、グレイは肯定と受け取ったのか、はたまたこちらの都合などどうでもいいのか、腕を持ち上げてどこかを示したまま尋ねてきた。


 『アノ塔ハナンデスカ? 前ニ来タトキハアリマセンデシタ』

 「ああ、市のシンボルタワーだよ。この前、開業六十周年とかやってたよな」

 「親より上やん。だいぶ昔の話な気がするけど、前来たときっていつ?」

 『アナタタチノ時間ニ換算スルト、四百年グライ前デス』

 「古っっる⁉」


 シェイクを飲んでいたら、確実に吹き出していたであろう勢いでツッコミが飛んだ。


 「思ってたよりめっちゃ前なんやけど⁉ え、四百年前って何時代⁉」

 「一六〇〇年、関ヶ原の戦い」

 「戦国時代やんッ! そらねーよ! つーかコンクリすらねーじゃん!」

 「なんでコンクリ。ていうか、夕焼けが一番キレイっていうのはいいけど、それって他はキレイじゃなかったってこと?」

 「おい……」

 「いやー、だって気になるだろ。こんな機会もうないかもしんねえし?」


 思わず腕を引いてとがめると、大真面目にそう返された。


 まあこのグレイは、とって喰ってやろうとか体を乗っ取ってやろうとか、アメリカ映画みたいなやつではなそうだが、正直俺としては「何もなかった」ことにして帰りたい。


 「おれは、さ。毎年じいちゃん家の近くで花火大会があって、何気に楽しみにしてたんだよ。テレビに取り上げられるような有名なもんじゃなかったけど。田舎だから、流星群とかもよく見えたし。そういう空は、アンタの好みに合わなかった?」

 「個人的願望言うてええなら、オレは青空がいい。いつか生でブルーインパルス見たいねん。あれはやっぱパリッとした青空が映えるやろ」

 「……それでいうなら、こんなことになる直前の旅行で行った海はヤバかったな」

 「「それな!」」


 つられて口を挟めば、二人も全力で肯定してきた。


 「台風一過晴天の最高ロケーションだったもんな。ほんっと運がよかった!」

 「めっちゃ透明度高いエメラルドグリーンの海とか、テレビでしか見たことなかったのに! それが目の前に! マジ興奮したわー!」

 「そうやって下しか見てなくて、船の浮きに思いっきり頭ぶつけてたよな、お前」

 「その思い出は今いらんねん!」


 ひとしきり思い出し笑いをすると、その後の沈黙がより重たく感じた。


 「……だからまあ、何が言いたいかっていうと、その……元に戻してくんねえかな」


 疲労と悲壮感と。それらを込めてなお笑みを形づくるのは、コイツの一種の処世術だった。


 「こういう言い方をするとアレかもしんないけど、おれたちかなり参ってんだよ。自分の感情も正論も、全部ねじ曲げてごまかさなきゃやってらんないぐらいさ」


 こんなことになってから、企業の倒産数と自殺者数が雪だるま式に増え、日々最多を更新していた。経済的な理由というよりは、


 「ストレスがな、ヤバいねん。朝起きて昼に活動して夜に休むっていう……サイクル? いや、時間の区切りっていうんかな。それが実感できんくなってん。時計の針だけやったらアカンかったみたいやわ。いつまでも一日が終わらん気がして、まともでいようとすると、気が狂いそうになる」


 「黄昏は破滅や終わりを連想させて、縁起が悪いっつーか、夢も希望もなくなりそうっつーか。このままいくと、本当に取り返しのつかないことになって、滅ぶんじゃねえかっていう漠然とした恐怖が頭から離れねえんだよ。親の庇護下にある恵まれたおれらですらそうなんだから、もっと大変な奴らもいると思うんだよ。だから、戻してほしいなって」


 ひと呼吸をおいて返ってきた答えは、無情なものだった。


 『イヤデス』

 「っ、なんで……っ!」



 『ダッテ、アナタタチハ何モ大事ニシテコナカッタジャナイデスカ』



 「え?」

 『何モ大事ニシナイ者ニ、ワタシノ大事ナモノヲ譲リタクナイデス』

 「ちょ、ちょっと待った! それどういう意味……」

 『ソノママデスヨ。水モ、花モ、命モ、アナタタチ人間ガ築イテキタ文化スラモ』


 人間のように表情がない分、余計に冷え冷えとして聞こえた。


 『有害粒子ノ大量放出、暴力ト暴言ノ虐待、森ノ伐採、意味モ必要モナイ殺シ合イ、絶滅シテイク種族、継ガレズ失ワレル技術、捨テラレタママノゴミ、踏ミニジラレル尊厳、垂レ流シノ汚物ニ浸食サレル川、権力者ヲ守ルダケノ政、埋メ立テラレル海、救ワレナイ貧シサ、涸レル大地、気ヅカレズ無視サレル命。マダアリマスネ』

 (よく知ってんな、コイツ)


 感心にはほど遠く、心の中に苦いものが広がっていく。それは他の二人も同じだった。


 「い、いや、そりゃそうだけど……。おれらに言われてたって」

 「耳に痛いんは認める。けど、大半そう言われてもどうせえっちゅー話やん……」


 反発しつつ、モゴモゴと口ごもって勢いがない。


 『アナタタチハ、母ナル星ニモ隣人タチニモ歴史ニモ、敬意ヤ感謝ヲ持ッテイマセン。ワタシニハ分カリマス。他者ノ嘆キモ怒リモ苦シミモ何モ分カラナイアナタタチナンデスカラ、行ク先ニ滅ビシカ見エナイト言ウナラ、滅ンデシマエバイイジャナイデスカ』

 「「いや、よくねーわッ!」」


 即座に全力で突き返されたのが、グレイには意外だったらしい。首をかしげていた。……九十度以上回ってて、やっぱビビったけど。


 『ナゼデスカ?』

 「なぜじゃねーよ! 当たり前やろが! 死にたいと思って生きてなんかねえよ! 少なくともオレはな! だってまだ見たいアニメも読みたいマンガもラノベもあるから‼」


 最後でズッコケた。グレイだって反応に困ってるだろうが。


 「何言ってんだコイツみてーな顔してんじゃねえよ! 宇宙人の感情なんか知らんけど、絶対今そう思ったやろ! ええか、好きってめっちゃ幸せなんやぞ! 他のことなんかどうでもよくなるぐらいな! まあなんで好きとか、言語化できるもんやないからお前にうまく説明できひんけど!」


 「コイツほど派手じゃないけど、おれだって滅んだら困る。まだ食ってみたいもん食ってねえし、行きたいとこにも行けてねえんだよ。人生百年かけて達成していく予定だからな、おれ。あと、好きになった子と童貞捨ててから死にたい! これ超大事!」


 「お前らもうちょっと恥とか外聞とか知れよ!」


 さすがに聞いていられなくなって、言い切ってすっきり、胸を張るコイツらの頭を全力で殴りつけた。


 『……アナタハ?』

 「あ?」

 『サッキカラ、アナタハ何モ言ッテマセン。アナタニハ生キル希望ヤ目標、夢ハアルノデスカ? ……正直、コノ情熱ヲ他ニ向ケレバイイダケトカ、コレナラ空ノ色ガ何色デモ関係ナイノデハト思ッテイマス』

 「「お前実はけっこうバカにしてんだろ!」」


 二人とも、頭を抑えてうずくまりながらも、見事な息の合いようだ。呆れと同時におかしさも感じる。


 ……こういう時間が、俺は好きだ。


 「そうだな。俺は特にそんなこと考えたことはねえな。無性に苦しくて死にたくなるときもあれば、意味分かんねえけど笑えるときもあって、そうやって日々なんとなく生きてる。結構そういう奴多いんじゃねえかって思ってんだけど」


 本日二本目のタバコをくわえて火をつける。


 「……お前、ずっと『アナタタチ』って言ってっけど、それって俺ら三人って意味じゃなくて、人間っていう種族そのもののことだろ。そんなデケえ主語でひとくくりにされて、博愛主義を謳われてもな。どだい無理な話だ」

 『無理デスカ』

 「無理だね」


 切って捨てた。俺は賢者でも智者でもないが、自信を持ってそう言える。


 「人間の目は二つしかなくて、手も足も二つしかなくて、脳にいたっては一つだけ。だから自分一つのことしか考えることができない。それぞれが自分勝手に生きてるんだから、そりゃ上手くいかないことだらけだろうよ。それでも俺たちは、宇宙人と違ってこの世界から離れることはできない。何がどうしたって、たとえ永遠の落日に晒されてようが滅びに向かってようが、この世界で生きていくしかないんだよ。──ま、いざ死に瀕してみれば、全然違うこと言ってるかもしれねえけど」


 そう言って肩をすくめると、俺はきびすを返した。


 「行こうぜ。どうせこれ以上言ったって無駄だろ」

 「えっ⁉ いや、まあ、そうなんだけどさ……」

 「ここで元の空を取り戻したら、オレら英雄やで」

 「なりてえか?」

 「まったく!」

 「じゃあなんで言った……」


 来た道を下って、もうすぐグレイも見えなくなりそうになったとき。


 『イイノデスカ。コノママデ』


 わざわざ立ち上がって聞きにきたのか。距離感がバグりそうな巨体を見上げながら答えてやる。

 

 「良いも悪いも、この世の全ては個人の好きと嫌いのぶつかりあいでしかねーってのが俺の持論だ。お前の好きに勝てそうにねえなら、諦めて引くしかないだろ」

 『サッキノアナタノ言イ方ダト、ワタシガドウシヨウトカマワナイト言ッテイルヨウニ聞コエマス』

 「お前は人間社会にどでかい石を投げた。でも、その波紋が収まればそれまでの話ってことだ。人間なんてそんぐらい単純で鈍感だぜ。まあ今はまだゴタゴタしてっけど。早く全員認めて諦めてしまえばいいのにな」


 ふと、タバコの煙が視界に横入りしてきて、グレイの姿がぼやけた。


 「…………ああ、でも、お前がこんな馬鹿な人間どもに同情して朝と昼と夜を返してくれるってんなら」

 『クレルナラ?』



 「とりあえず、タバコを止めてもう少し前向きに生きる努力をしてみようか」



 二人が左右ですごい顔をしているのを横目に、なんてな、とこぼしながら今度こそ山を下り始めた。


 ら、すぐにどんっと背中を叩かれてむせた。


 「マジかお前おい! ちゃんと聞いたからな! あとからやっぱなしとか言わさへんぞ!」

 「おい宇宙人! お前絶対元に戻せよ! じゃねえとコイツ、二十歳で肺ガンで死ぬから!」

 「ンな訳あるかアホッ!」


 そのあともさんざん騒いで帰ったが、こんな普通の会話を思い出すことはないに違いない。


 でもそれでかまわない。楽しかったという感情は残るし、俺にとってはそれが大事だから。





 それからこの国がどうなったかは、当事者のみぞ知る。




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