第25話

「えっ?」


 いきなりだった、甲高い音が格納庫内に響いた方と思うと、自分の後ろに回っていたトールの体がグラリと前に倒れて、そのままタラップから飛行機の外へと落ちていった。

 そんな光景をリーアは呆然と眺め、その場に立ち尽くしている。


「ふう、手間を掛けさせて、最後まで厄介な鴉だったな。」


 一方、アルフレッドは邪魔者を排除出来た達成感か、それともリーアを再び自分の物に出来た喜びかすっきりした表情を浮かべてリーアに近づく。


「安心しろ、小鳥よ。例え先程の銃弾で死んでいなくても、この高さから落ちたら、海に叩きつけられた衝撃で即死だ。もう二度とあの鴉がお前の前に現れることは無い。」


 アルフレッドとしてはリーアを安心させたかったのだろう、彼女を脅かす存在が現れることは無いと、もう怯える必要は無いと言いたかったのだろう。

 だが、リーアにとってその台詞は自分が二度とトールに会えないことを突きつける非情な宣告であり、飛ぶことに恐怖を覚えている彼女を突き動かすには充分だった。


「おっ。おい、待て!小鳥!」


 気が付けばリーアは体が勝手にタラップから駆け出し、そのまま飛行機の外へと飛び出していた。




 いきなり背中を撃たれたトールだが、幸い命に別状は無かった。背中にパラシュートを背負っており、それが防弾の役割を果たしたからと使われた拳銃が古く、威力も低いフリントロック式の拳銃だったからだ。

 しかし状況は最悪である、パラシュートがトールを庇って犠牲になった所為で穴が開いてしまい、開いたところでパラシュートの機能を果たせなくなってしまった。

 自分がいる高度が地上何メートルなのかは分からないが、この高さから海に叩きつけられれば確実に死ぬことだけは分かる。

 もう一人分のパラシュートは格納庫に置いてきたままだ。必死になって助かる方法を考えるが、良い方法は全く浮かばない。

 ここはもう開き直って、リーアは無事だったんだからいいじゃないかと考え始めたトール。

 そんな彼に向って、手を伸ばしながら近づく女性がいた。


「トール!」


「へっ?」


「手!掴んで!」


 アホウドリに酷似した翼を広げ、滑空しながら近づいてくるリーア。その翼は時折はためいて、落下により生じる風を見事に掴み、綺麗に飛んでいる。

 何故彼女が飛んでいるのか?空に恐怖を抱いているのではなかったのか?というか今まで散々練習してきて全部失敗だったじゃねえか?

 と、いろんな感情がトールの頭に浮かぶが、それを口に出すよりも先に彼女の手を掴む。

 ぐぐっと体が引っ張られる感覚の後にゆっくりと滑り台を滑るような感覚、どうやら今のリーアにはトール一人分を掴んで飛ぶくらいは余裕であるようでトールは海面に叩きつけられる心配は無くなった。

 そのままトールの右手をリーアが両手で握り、トールをぶら下げたまま飛んでいるとリーアが大声で話しかける。


「大丈夫!?トール!」


「お、おお、怪我無いぜ。」


 切羽詰まった表情で頭上から無事を確認するリーア、涙が今にも零れ落ちそうだ。


「良かった!無事だったんだ、本当にびっくりしたんだから!」


「いや!びっくりしたのは俺の方だよ!」


「えっ?」


「お前、今飛んでるぞ!」


「ふえっ?」


 トールに指摘されて自分の背中を改めて確認するリーア、どうやら無意識で翼を広げ、飛行に成功したらしい。

 そうして改めて今の自分が再び空を飛んでいる事に気付くと、顔面蒼白になり翼が不安定に揺れる。


「えっ!あっ!え?私、飛んで!えっ!ど、どうしよう!?」


 どうやら本人は飛んでいるという自覚は無かったらしい。ゆっくりと滑り台を滑っていた感覚から落ちていく感覚に切り替わる。


「おい、ちょっと待て、落ち着け!この高さで落ちたらシャレにならないから!」


 何とか彼女を落ち着かせようとするが、その努力も空しくとうとうリーアの翼は浮力を失い、二人仲良く海面へと再び落下を始めた。


「「わあーーーー!!」」


「ったく、お前らは!」


「「おやっさん!」」


 そんな二人にあきれ果てて声を掛けるオッサン、いやおやっさん事ガルド、単葉機を操縦していた彼はいつまで経ってもパラシュートを開いた二人が現れない事に不安を感じた彼はアルフレッドの飛行機の後ろに回って様子を確認していたのだが、それで正解だったようだ。

 一旦単葉機のプロペラを止めて速度を調整し、トールとリーアの位置に合わせると、長年の経験で培った飛行技術でいとも簡単に二人を後部座席に着地させ、再びプロペラを回す。


「うし、それじゃ島に戻るぞお二人さん、しっかり捕まってろよ!」


 そのまま群青のウミネコ団とドンパチしているアルフレッドの飛行機から離れる為、猛スピードで単葉機はその場から去っていった。




 リーアをバ金持ちから連れ戻し、”運び鳥島”にある”梟の止まり木”へと戻った三人、だが無事にとはいかなかった。

 まず三人が戻ると直ぐに他の運び取り仲間達が、大量の保存食や公式に発行されている地図には載っていない無人島が描かれた地図、大量の燃料やキャンプ道具などをトールとリーアに渡してきた。

 貴族相手に喧嘩を吹っ掛けたのだ。表向きの主犯は群青のウミネコ団とは言え、リーアの知り合いを調べれば誰がリーアを連れ去ったのかなど、直ぐにわかる。

 だからほとぼりが冷めるまでトールとリーアは逃亡生活をしなくてはならず、その為の準備を”運び鳥島”に残ってくれた仲間達がしてくれたのだ。

 そうして準備が出来、急いでリーアと島を出ようとしたタイミングだった。


「やはり此処に居たか!俺の小鳥よ!」


 顔面に包帯を巻いたアルフレッドが”梟の止まり木”の入り口の扉を勢い良く開けて現れたのは。


「鴉う!」


 憎々し気にトールを睨むアルフレッド、群青のウミネコ団が弱すぎたのか、それともアルフレッドの執事や部下達が優秀だったのか、少々時間が足りなかったようだ。


「さあ、そんな汚い鴉から離れて、俺の元へ来い!小鳥よ!」


 両手を広げ、リーアが自分の元へ来るのが当たり前だと信じているアルフレッド、だがリーアはトールの腕にしがみつき、怯えたような目でアルフレッドを見つめるだけだ。


「ぐっ!何をしている!早く俺の元へ来い!」


 苛立ったアルフレッドが叫ぶがリーアは来る気配はない、しびれを切らしていると外からアルフレッドの執事達が現れ、次々と”梟の止まり木”の中へと入ってくる。


「お前ら、俺の元へ小鳥を連れてこい!」


 そう言われてトールやリーア、運び鳥達に近づいてくる彼らだが、トール達だって”はい、そうですか”と簡単に彼女を渡すわけにはいかない。

 腰のガンベルトに手を当て何時でも銃を撃てるように構えるガルド達、一触即発の空気、今にも銃撃戦が”梟の止まり木”で始まりそうな中、女将や職員達が固唾を飲んで見守っていると。


「はい、そこまでー!いやー、何とか間に合ったよ!」


 空気を読まない能天気な声が”梟の止まり木”に響き渡る。声の主はユリウスで彼の傍には一人の老人と中年男性がいた。


「ほっほっほ、こりゃ、面白そうなことになっとるのう。」


「やれやれ、どうやら私は孫を甘やかしすぎたようだね。」


「爺さん!それにオッサンも!何で此処に!?」


 一人は過去二回、この島に孫を探しに来たものの結局会えずじまいだった老人、もう一人はトールが空賊から助けた中年男性だ。


「おい、ユリウス、何でこの二人がいるんだ?」


「何でって、この二人が今回の騒動での切り札になるからだよ。」


「切り札?」


 今回の騒動と全く無関係の二人が何故切り札になるのか?トールが首を傾げていると、アルフレッドは中年男性の顔を見てボソッと呟く。


「お、お爺様?な、何故此処に?」


「あん?お爺様?」


 アルフレッドの方を見ると、涙を流し、体がガクガクと震えている。どうやら中年男性の事を相当恐れているらしい。


「いや、隠してたわけじゃないんだが、実は私は貴族でね。そこにいるのは私の孫なんだよ。孫が君達に面倒を掛けたようで済まなかったね。」


 にこやかに笑みを浮かべながら中年男性がトールに近づいていく、終戦後役割を終え、安く売られた軍用機ではなく、値段が高いレース仕様の飛行機を持っていた時点で金持ちとは思っていたが、まさか貴族とは思わなかった。

 トールとリーアににこやかな笑みを浮かべている中年男性だが、アルフレッドの方を振り返り、今度は冷たい視線を向ける。


「それでアルフレッド、お前は一体何をしたか分かっているのかい?」


「そ、それは、」


「一応、そこにいるユリウス様から話は聞いている。どうやら無理矢理想い人がいる女性を攫ったと聞いているが?」


「ご、誤解です!お爺様!私はそのような外道のような真似はしていません!」


「ほう、では一体何をしたのかい?」


「私はそこにいる悪逆非道な鴉から、小鳥を救い出そうとしただけです!むしろそこにいる鴉こそ、俺と小鳥の中を引き裂こうとした外道です!」


「外道ねえ、やれやれ、命の恩人に対して酷い言い草だ。」


 呆れたように首を振るアルフレッドの祖父、しかしその瞳には命の恩人を侮辱された怒りの感情がありありと浮かんでいる。


「アルフレッド、お前は本当にそう思っているのか?此処にいる空人のリーア殿がお前と思いあっているとトール殿がその中を引き裂く悪人だと?」


「当然です!見てください!小鳥は怯えて震えているではありませんか!」


 リーアを指さすアルフレッド、確かにトールの腕を掴んでいるリーアの体は震えているが、彼女が怯えている相手はアルフレッドである。


「やれやれ、恋は盲目とは言ったもんじゃが、これは度を過ぎているのではないのか?確かにお前さんは良く女性にモテると噂には聞いとるが、自惚れすぎじゃないかの?」


「はっ、お恥ずかしい限りです!」


 溜息を吐く老人、アルフレッドの祖父が老人に頭を下げる。


「な、何だと!?黙れ爺!お前、誰に向って、、、」


「黙るのはお前だアルフレッド!」


 老人に噛み付こうとしたアルフレッドの頭を無理矢理抑えつけ、地面に叩きつけるアルフレッドの祖父。


「い、痛いです!お爺様!」


「お前はこの御方が何方か知らんのか!この御方はな、先代アルバスの国王、ティトゥス=ディア=トゥルス=アルバス様だぞ!」


 アルフレッドの祖父の口からもたらされた衝撃の事実、その言葉を聞き、”梟の止まり木”が静まり返る。


「う、嘘ですよね?」


「嘘な訳があるか!陛下、誠に申し訳ないのですが、我が愚孫の為にも、説明をお願いいたします。」


「説明と言われてものう、こんなものぐらいしかないが。」


 そう言って老人、ティトゥスが懐から家紋が彫られたタリスマンを掲げる。複雑なレリーフが彫られたタリスマン、トール達にはその家紋がどの家のモノなのか分からないがアルフレッドの顔が真っ青になっていく。


「あれ、王族の家紋、因みに偽物じゃないよ。もし偽物なんか作ったら即処刑だからね。」


 トールにユリウスが耳打ちする、すると大声が”梟の止まり木”に響き渡る


「「「えええええええ!!」」」


「そのような御方に無礼な口をきいた挙句、恩人の想い人である空人の女性を無理矢理攫うなど、今ここで首を断っても構わんのだぞ!」


「そ、それだけは許してください、お爺様。」


「え、爺さん、アンタが先代のアルバスの国王ってマジ?」


「マジじゃよ。」


 呆気に取られているトールが確認すると老人、ティトゥスがとても軽い感じで肯定する。


「まあ、とっくに隠居しとるし、権力を振りかざすのも趣味ではないしの、顔を知らんでも無理はないわい。ただまあ、お前さんには一宿一飯の恩があるからのう、特別に力を貸してやろうと思った訳じゃ。さてと、」


 髭を弄りながら地面に頭を擦りつけさせられているアルフレッドを見下ろすティトゥス。


「お前さん、地上に住んどる儂らと空人の間で互いに干渉しない決まりがある事は知っとるんじゃろうな?それをよりにもよって公爵家の次期当主が破るとは。」


「そ、それは、、、違います!決まりを破ったのはそこの鴉です!ソイツこそ小鳥を粗末な小屋に閉じ込めて、甚振った犯罪者なんです!」


「はて、おかしいのう?ユリウスからは浮島に戻れなくなり、連絡が取れなかったから、再び空を飛べるようになるまで”運び鳥島”で保護していると聞いたのじゃが、それにその間も丁重に扱っていると報告は受けているぞ。むしろ、お主の方こそ強引にリーア殿を攫おうとしたとか?」


「因みに脚色は一切していませーん!」


「というか、お前は本当に一体何者なんだ?」


「それは秘密さ!」


 王族とコネがあるユリウス、本当に何者なのか疑問に思ったトールが彼の正体を聞いてくるが、生憎トールの前では正体を明かせないユリウスははぐらかす。

 そんな彼らを余所にガルド達、先輩の運び鳥達は先程ティトゥスが掲げたタリスマンを見て、「あれどっかで見た事あるよな?どこだったっけな?」といった表情で首を傾げている。


「お主の自惚れの所為で危うく浮島との戦争になる所じゃった、その責任をお主にはとってもらわんとな。」


「へ?」


「何を驚いておる?お主がやったことはそれ程の事じゃぞ。特に浮島の民は過去に貴族に奴隷として扱われた事から、貴族は毛嫌いしておる。そんな中再び貴族が空人を攫おうとしたんじゃ、戦争もやむなしという覚悟で向こうは怒っておったぞ。」


「ば、馬鹿な。」


「取り敢えず、お前さんから貴族の爵位は剥奪、島送りの刑に処す事が決まった。明日にはアルバスが管理しておる無人島に送られるぞ。」


 ティトゥスの慈悲の無い宣告にアルフレッドが絶望の表情を浮かべるが、ユリウス達からしたらこれで済むのなら安いものだといった感覚だ。

 貴族の馬鹿なお坊ちゃんの自惚れから危うく戦争になりかけたのだ、本来ならリュリュノス家そのものを追放する可能性もある中、アルフレッド一人で良いのだから。


「ま、待ってください、私は、、、」


「待たん!」


 尚も命乞いをするアルフレッドだが、彼の祖父が血管を浮かばせながら首根っこを掴み”梟の止まり木”から出ていく。

 あっさりと解決してしまった事にトール達がポカンとしている、これぞ正に権力の力。


「えーっと、取り敢えず、これであのバ金持ちの件は解決したって事で良いんだよな?ありがとう、助かったよ、爺さん?」


「何で疑問形じゃ?」


「いやだって、こんなあっさり解決するんなら、俺達が無茶する必要も無かったんじゃ、、、」


「いやいや、もしあのままソコにいる嬢ちゃんが攫われとったら本気で戦争が勃発したかもしれん、じゃが、お前さん達が貴族を恐れず嬢ちゃんを助け出したことで向こうさんも剣を納めてくれたわい。そうじゃろう?」


「ええ、貴方達が娘の事を大事に思い、自ら身を投げ出してまで助けてくれた事、この目でしかと見届けさせてもらいました。」


 ティトゥスがいつも女将がいるカウンターに視線を向けると”梟の止まり木”の裏口から一人の空人の女性が入ってくる。

 その女性はリーアと顔立ちがそっくりで、リーアをそのまま成長させたような外見だ。


「お母さん!」


「久しぶりね、リーア。連絡も取れずごめんなさい。」


 現れた女性をお母さんと呼ぶリーア。成程、道理で顔がそっくりな訳だ、ついでに胸がとても大きいのも血の繋がりを感じさせる。


「お母さん!」


 羽を広げながら母親に抱き着くリーア、いくら騒がしい面々が揃っている”運び鳥島”と言えど肉親と会えない寂しさは拭えなかったようだ。


「浮島の方でも貴方を探していたんだけど、手がかりが全く無くてね。そんな折そこにいるアルバスの元国王から浮島へ連絡があったのよ。”運び鳥で空人を一人保護している”って。」


「骨が折れたわい、なんせずっと互いに不干渉を決め込んでたからのう。連絡を取るだけでも一苦労じゃった。無線も通じないから飛行機に乗って直接訪問、危うく撃ち落とされそうになるし、お偉いさんに事情を説明しようとすると戦争になりかけるしの。」


 顎髭を弄りながらティトゥスが遠い目をしている。どうやら本当に大変だったようだ。


「貴方が無事で本当によかったわリーア、怖い思いをさせてごめんなさいね。」


「お母さん、ううん。私は大丈夫だったよ。トールやジャケット、女将さん達がいたから。」


「そう、事情は聞いています。貴方が娘を保護してくれていたんですね。ありがとうございます。」


 抱き合っていたリーア親子だったが、母親の方はリーアから一旦離れるとトールに頭を下げる。

 一方、抱き合っていた二人によって強調された胸を見ていたトールは気まずそうに顔を背ける。


「いや、別に俺もリーアのお陰で色々助かりましたから、礼を言われることなんて。」


「それで貴方達に一つ言わなくてはいけない事があるの。」


「「言わなくてはいけない事?」」


「ええ、リーア、貴方を浮島へ連れ戻します。」




 リーアの母から言われた唐突な知らせから数時間後、”梟の止まり木”では宴が開催されていた。


「そんじゃあ、全員ジョッキは持ったな!それじゃリーアの嬢ちゃんのお別れ会の始まりだあ!乾杯!」


 ガルドが音頭を取り、ジョッキを掲げると他の運び鳥達も「乾杯!」と叫びながらジョッキを掲げてエールを一気に喉に流し始める。

 トールやガルド達運び鳥だけではない、女将やユリウスにジゼル、リーアの母親、普段は受付や荷物の管理をしている人達も参加している。

 事の発端はリーアの母親がリーアを連れ帰ると言った事からだ。何でもリーアの母親が言うには今回の騒動で浮島のお偉いさんが相当怒っているらしく、すぐさまリーアを浮島へ連れ戻そうとしているらしい、そしてその後再び地上との不干渉を決め込んでいるらしい。

 確かに今後もアルフレッドのような馬鹿が現れる可能性もあるし、純粋に奴隷として彼女を攫おうとする貴族が現れる可能性だってある。

 リーアが空を飛べない事に関しては、トールを助けた際に無事克服できたのでその問題も解決している。

 そうして明日の朝には浮島へと帰ってしまうリーアの為に急遽お別れ会を開くことになったのだ。


「そういや爺さん、元々アンタがこの島に来た理由って確か孫を探しに来たからだよな?結局孫は見つかったのか?」


 宴の中心で皆に囲まれているリーアと母親を眺めながら果実水が入ったジョッキを傾けているトールが、周りよりも数倍大きいジョッキでエールをグビグビと喉に流し込んでいるティトゥスに尋ねる。


「いんや、結局孫には会えず仕舞いじゃ。そんな事よりお前さんは嬢ちゃんに別れの挨拶をしなくていいんか?」


「俺は後でいつでも言えるさ、だから他の奴らに今の内に言わせとくよ。」


 酔いが回ったのか見事な美声で歌い出したリーアの母親に周りが浮き立つ、そう言えば以前リーアが母親の事を歌姫と言っていたが、もしかしたら本当の事だったのかもしれない。


「女将、こっちにもエールを頼む!」


「はいはい、ちょっと待っとくれよ。ユリウス、アンタもツケの分こっちを手伝いな!」


「うぇーい。」


 盛り上がりに比例してどんどん増えていく酔っ払い共、最初はリーアとのお別れを惜しむ宴だったのにいつの間にか唯の宴になってしまった。


「あ~、貴方がトール君ですね~。呑んでますか~。」


「ギブギブギブ!」


 そうして酔っ払い共が増えて収集が付かなくなってきたころ、べろんべろんに酔っぱらったリーアの母親がリーアの首を絞めながら近づいてくる。


「本当に君には感謝しています~。娘を助けてくれただけじゃなく、住む場所まで提供してくれるなんて~。」


「あの、リーアの顔が青くなってますけど、、、」


「だから本当に申し訳なくて~、お礼する暇もなく、明日にはこの島を去ってしまうなんて~。」


「リーア、泡拭いてますけど。」


 本当にお別れしそうな娘を無視して母親は話を続ける。


「だからせめて、もう一度、お礼の言葉を伝えたく、本当にありがとうございました。」


 ぺこりと頭を下げるとリーアもそれに釣られて別の意味で頭を下げる。既に周りの酔っ払い共は地面に寝そべり、宴も終わっている。

 本当にリーアが浮島へ帰り、別れてしまう事が現実味を帯びて、トールはリーアの母親の礼に何も答えることが出来なかった。




 迎えた翌日、トールの家の桟橋には布で巻いたような服を着たリーアと母親、トール、そして見送りに来たガルド達運び鳥が集まっていた。

 リーア達は飛ぶのに余計な荷物を持たない為か手ぶらで、その煽情的に見える服装も翼の動きを邪魔しない事、余計な空気抵抗を生まない為に必要なモノらしい。


「これで本当にお別れなんだな。」


「うん。」


 トールとリーアが短い言葉で挨拶を済ませる、既にちゃんとしたお別れは宴の後、息を吹き返したリーアと二人きりで終えている。

 余計なことを言って別れを悲しむわけにはいかない。


「さっ、リーア、最後に皆さんに挨拶をしなさい。」


「うん、あの!おやっさんや女将さん!本当にお世話になりました!多分私は二度と地上には来れないけど!このご恩は一生忘れません!」


 翼をはためかせながら頭を皆に下げるリーア。ガルド達も思わず涙ぐむ中、別れの時間がやってくる。

 先にリーアの母親が先行して飛行し、リーアを待つように桟橋の付近をぐるぐると周回している。何でもリーア達の翼では同じ場所に滞空することは出来ないらしい。


「それじゃあ、さようなら!」


 潤んでいる瞳を見せない為か、皆から顔を背けるようにしてリーアも翼を広げながら桟橋を駆けていく、翼が風を掴み、浮力を得ていく。

 そして遂に桟橋の端を右足が踏み、リーアは海が光り輝く空へと、飛び立


「やあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあああん。」


 バチャンッ!


 てなかった。そのまま桟橋から落ち、海へと頭からダイブしてしまう。


「「「・・・・・」」」


 気まずい空気が辺りに立ち込める。そうしてトール達がブクブクと泡が出ている海面を眺めていると、リーアが海面から顔の鼻より上だけを出してこちらへを向き直る。


「ブクブクブクブクブク(訳 また暫くの間お世話になります。)」


「はいはい。」


 台無しになった感動のお別れにトールは頭を抱えながらも、リーアを引き上げた。




 まだ日が昇ったばかりで辺りが薄暗い中、ジャケットの散歩を終えたトールが家に帰ると美味しそうな匂いとフライパンとフライ返しを盛ったエプロン姿のリーアが一人と一匹を出迎える。


「お帰り、朝ご飯出来てるよ。因みに今日の朝ご飯はトールの好きなオムレツです。」


 蛇口で手を洗い、テーブルを挟んでリーアの向かいの椅子に座る。


「「いただきます!」」


「ワンッ!」


 本当なら浮島へ帰っているはずのリーア、だがあの日彼女は飛ぶことが出来なかった。あの後何度も再チャレンジをした、が結局飛ぶことは出来ず、その内ガルド達は飛ぶ練習をしているリーアを放っといて酒盛りを始めてしまい、母親も完全に呆れていた。

 で、浮島に戻れないという事でトールの家に引き続き居候することとなった。一応飛行機で浮島へ送ると言う案もあったのだが、空高くに存在する浮島で飛べないという事は何かしらの事故で地上に落ちた際に大怪我を負ってしまう可能性もあるので、安全を考慮して再び飛べるようになるまで地上に暮らすよう決められた。

 何というか、とてもグダグダだが、ある意味自分達らしいオチなのかもしれないと、皆笑って受け入れた。


「それじゃ、一旦組合に向って荷物を受け取ってくるよ。」


「うん、行ってらっしゃい、ア・ナ・タ。」


「だから、それは結婚した夫婦がやるもので。」


「でもお母さんから、許可は貰ってる。」


 娘に何を吹き込んでいるんだと、呆れながらも自転車に乗り家を後にするトール。朝の涼しさと潮風が心地よい。

 運び鳥であるトール、彼の仕事は飛行機に乗り島から島へ手紙や荷物を届ける事、育ての親である祖父が亡くなってからは一人暮らしだったのだが、ここ最近居候が一人と一匹現れた。

 一人は翼をもった空人のリーア、何を考えているのかよくわからない一歳年下の少女で空を飛ぶ為に毎日練習に励んでいる。

 もう一匹は犬のジャケット、賭け事で有名な島のドッグレース出身で色々あり、トールが引き取る事となった。

 そんな二人と一匹の騒がしい毎日だが、トールは今の生活を気に入っていた。

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運び鳥と飛べない天使 田中凸丸 @175ride

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