第24話

「それじゃ、俺はもう一度島を一周して手紙とかを受け取ってくるんで、その間に手紙やら荷物やら準備しといてくれよ。」


「はいよ。」


 顔なじみの男性に荷物を渡し、また自転車で島を一周し荷物を受け取りに回るトール。今日は”運び鳥島”から割と離れた場所にある島に荷物の配達に来ていた。

 既に何度も来たことがある島なので、島の住人とも顔なじみだ。


「そんじゃ、いただきます。」


 昼になったので島の中心にある公園のベンチで昼食を取る。今日の弁当はチキンライスとプチトマトだ、作ってくれたリーアに感謝しながら食べ進める。

 トールも祖父も料理が出来ないタイプの人間でリーアが来る前は、昼食は野菜や食パンをそのまま食べていたのが当たり前で真面な昼食は偶にレストランで食べるぐらいだった。

 別にそれに不満を持ったことは無かった、しかしリーアが来てから一変してしまった。きっちり栄養を考えた献立ながら味にも妥協無し、おまけに財布にも優しいよう配慮してくれるという気遣いっぷり。

 もし彼女が空を飛べるようになって浮島に帰ってしまったらと考えると途端に気分が滅入ってしまう。それは既にトールがリーアに胃袋を掴まれているという事なのだが、トールはそんな事に気付いていない。

 昼食を食べ終え、弁当箱を片付けると午後の荷物の受け取りに向かう為、折り畳み自転車に跨るトールに声を掛ける人物が現れた。


「おーい、君はもしかしてあの時の運び鳥君じゃないか!?」


「あん?」


 声のした方向に顔を向けると髭面の中年男性が手を振りながら、トールに近づいていた。


「私の事を覚えていないかね、結構前にレースに向っていた途中、空賊に襲われていた私を君が助けてくれたんだが。」


「あん時のオッサンか!」


 そう言えば以前、群青のウミネコ団に襲われている飛行機乗りを助けた事を思い出すトール、あの時は操縦服に身を包んでおり、今は仕立ての良い服に身を包み身なりを整えていた為に気付かなかった。


「まさか、あの時の命の恩人にこんな所で出会えるとは思わなかったよ。」


「オッサンはこの島に住んでるのか?」


「ああいや、この島には観光で来ていてね。今日中には島を出る予定さ。っと仕事の邪魔をして悪かったね。どうしても君にもう一度お礼を言いたくて見かけた瞬間、声を掛けてしまったよ。」


「別に構わねーよ。それよりちゃんとキャノピーは外して、拳銃は持ってんの?」


「それは勿論、あのような目に合いたくないからね。」


 その後は適当に握手をして二人は別れる。去り際に男性が「何か困ったことがあるなら力になろう」と言ってくれた。

 今直近で困っている事と言えばアルフレッドの件だが、流石に全く関係のない他人を巻き込むわけにはいかない。

 トールは男性の言葉を愛想笑いで流しながら、荷物の受け取りに向かった。




 その後は帰りの道中に空賊に襲われると言ったトラブルもなく、”運び鳥島”へと帰還したトール。何故かいつも利用している雑貨屋や八百屋の主人などがザワザワしているが、特に気にすることなく”梟の止まり木”へと受け取った荷物を渡しに向かう。

 家に帰るとリーアがいなかったが、恐らく”梟の止まり木”で歌を歌うなりしているのだろう。そう考えながら”梟の止まり木”の入り口の端に自転車を止め、荷物を腋に抱えて入り口の扉を潜る。


「あっトール!帰ってきたんだね!大変だよ!」


 扉を潜った瞬間、頬が腫れて赤くなっている女将と目が合い一気にトールに駆け寄ってくる。その瞳には困惑と焦りの色が浮かんでいる。


「女将さん?」


「リーアがあのバ金持ちに攫われちまったよ!」




 その後、ガルド達も仕事から帰ってきて女将を落ち着かせ、改めて事情を聴く。


「急に訳の分からない飛行機が現れて、その飛行機に付いていた拡声器から聞き覚えのある声が聞こえたんだよ。」


 昼過ぎに現れた珍妙な巨大飛行機、それから聞こえた声はアルフレッドの物でその声を聴いた途端、リーアと女将は顔を顰めた。

 そして飛行機は他に停泊している船や水上飛行機を押しのけ、破壊しながら島の近くに着水するとタラップからアルフレッドと彼の執事らしき十数人の男達が現れ、島に上陸した。

 明らかに嫌な予感がした女将は”梟の止まり木”に”閉店”と書いた看板を掲げ、急いでリーアを”梟の止まり木”の倉庫に匿った。

 自宅に帰らせるという手もあったが、帰る途中に見つかったり、家に直接アルフレッドが現れたりした場合に逃げ場がなくなるのでそれは止めておいた。

 また受付や荷物の管理をしている人達にもリーアはいないと口裏を合わせるように願い出て、アルフレッドが”梟の止まり木”に来てもリーアに合わせないように手はずを整えた。

 だがアルフレッドは常識と言うものを知らなかった。いや貴族が平民に礼儀を弁えようとすること自体をくだらないと思っていたのか。

 ”閉店”と書かれているにも関わらず、扉を蹴破り開口一番「俺の小鳥を差し出せ」と言い、執事達に命じて、”梟の止まり木”の中を捜索させた。

 ひっくり返されるテーブル、荒らされるキッチン、誰かに届ける為の手紙や荷物が乱雑に放り投げられる。

 余りの身勝手ぶりに女将がアルフレッドに掴みかかると、アルフレッドは女将を睨み女将のその顔を右の拳で殴る。


「何を驚いている?貴様らが俺の小鳥に行った仕打ちに比べれば、こんなもの大したものではないだろう。」


 女性の顔を殴りながら悪びれる様子が無いアルフレッド、それでも掴みかかろうとする女将に執事達が暴行を加えようとした所で、倉庫に隠れていたリーアが現れた。


「おお、漸く会えたな小鳥よ。」


「何しに来たの?早く帰って!」


「何しに来た?そんなの決まっているだろう。鳥籠に囚われているお前を救いに来たんだ。小鳥よ。」


 何を言っているのか分からない。だが、数人の執事達がリーアの体を抑え、身動きが取れないようにすると彼女の耳元で何かを囁く。

 恐らくだが、此処でアルフレッドのいう事を聞かないと店で暴れるだの、女将やトール達に何かしらの危害を加えるだの言われたのだろう。

 その後、一人で勝手に盛り上がっているアルフレッドはリーアの沈んだ表情に気付かないまま、彼女を連れて”梟の止まり木”を後にした。



 女将が事情を話し終えると”梟の止まり木”に沈黙が訪れる。皆、まさかアルフレッドが此処まで強引な手段に出る馬鹿とは思わなかったのだ。


「ゴメン、僕がその場にいれば何とか場を納めることが出来たかもしれないのに。」


 とある事情で、その場にいなかったユリウスが謝罪する。


「いや、別にユリウスは悪くねえさ。それより、あのバ金持ちがリーアを攫ったって事はつまり、そういう事か?」


 トールが視線を向けると、ユリウスが頷く。


「多分、リーアと無理矢理結婚式を挙げて自分の妻にするつもりだろうね。」


「はあ、あれだけ断られてもまだ求婚するって、逆に凄えな。」


「前にも言ったでしょ。なまじ顔が良くて権力もあるから女性には人気があるんだ。それで増長して嫌がっている相手や他に想い人がいる女性相手でも、自分に惚れない相手はいないって無理矢理迫るのが彼なんだ。」


 ユリウスの言葉を聞き、全員が頭を抱える。この世の全ての女性が自分に惚れる、そんな事常識的に考えてあり得るわけがないのに、それを本気で信じてるアルフレッドの馬鹿さ加減とその考えを間違っていると彼に教えない周囲の執事やアルフレッドの親にだ。


「しゃあない、おやっさん。ちょっと俺行ってくるわ。」


「おいおい待て、お前ひとりじゃキツイだろう。俺らも行くし、あと群青のウミネコ団にも声を掛けてくるからちょっと待ってろ。」


「ん?ちょっと待って、トール、君一体何する気?」


 椅子から立ち上がり、何処かへと向かおうとするトール。ガルドが一旦、彼を止めるがあくまで準備の時間の為に一時的に止めただけで、彼の行動そのものを止める気は無いらしい。

 そして何となく嫌な予感がしたユリウスはトールに何をする気なのか尋ねる。


「何って?そりゃ、お前、乗り込んでリーアを迎えに行くんだよ。」


「いやいやいやいや、ちょっと待って!本気なのそれ!?」


 さもなんでもない事のようにさらりと貴族に喧嘩を売る発言をしたトールを慌てて止める。


「正気!?相手は公爵家の跡取り、けどこっちは何の権力も持たない平民だよ!下手に喧嘩を売ったら、どうなるか、、、」


「だからって、あんなに嫌がってたのに結婚とか酷い話じゃねえか。」


「そうだけど、其処は割り切ろうとか考えない?それとも何か作戦でもあるの?」


 アルフレッドが暴走しないよう、とある人物にコンタクトを取っていたユリウス、彼の本来の仕事は表向きには死んだことになっているアルバスの王座継承権第一位であるトールを、彼を利用しようとする貴族から守る事。

 そしてアルフレッドはトールの正体を知らない。当たり前だ、トール本人すら知らないのだから。

 そんな状況でトールが乗り込んだらどうなるか?確実にアルフレッドは権力やら武力やらを使って全力でトールを排除しようとしてくるだろう、彼にとってトールは姫を攫った悪の魔王だからだ。

 故にユリウスは必死にトールを止めようとする。


「取り敢えず乗り込んで、アイツを連れ戻す。連れ戻した後の事はその時に考える。」


「何も作戦無いじゃん!目を付けられたらどうすんの!?」


「そんときゃ、飛行機に乗って、気ままに逃亡生活でも送るかな。」


「そんな気軽に!分かってるの?相手は公爵家!そんなの敵に回すとか馬鹿じゃん!」


「応、俺は馬鹿だ。」


 トールの身を守る為、彼に諦めてもらうよう必死に説得するユリウスだが、トールの馬鹿発言に思わずポカンとする。


「いや、ユリウス。俺もさ貴族に喧嘩売るとか、どれだけやばいか分かってるよ。下手したら断頭台一直線だからな。下手に手を出さない方が良いとか、もうちょっと何か考えた方が良いんじゃないかって。」


「じゃあ、何で?」


「でも俺馬鹿だから頭を捻ったところで良い考えが浮かぶわけじゃないし、考えてる間に手遅れになる事だってある。かといって何もしなかったらすっげー後悔する。昔爺さんに言われたんだよ。『お前は馬鹿だから、ウダウダ考えて後悔するよりも突っ走れ、後の事はそん時考えろ!』って。」


「絶対、それ育ての親間違えたよ。」


「それに俺、アイツのダーリンらしいからな。迎えに行かなきゃダメじゃねえか。」


「はあ、分かったよ。」


 額に手を当て、溜息を吐くユリウス。もうトールを説得するのは諦めよう。元々ユリウス自身も内心ではリーアを救い出す事には大賛成だ。

 唯貴族やらなにやらの面倒くさい身分の所為で二の足を踏んでいただけだ。もういいじゃないか、自分はこの自分の出生を知らない馬鹿を守る為に此処にいる。

 勝手に動く馬鹿を守るのに一々頭を悩ます必要はない、こっちも馬鹿になろう。


「但し、絶対にリーアを連れ戻す事、後トールも無事に帰ってくること。分かったね!」


「当たり前よ。」




 飛行機としてあり得ない形をしたアルフレッドの家が所蔵する巨大飛行機がリーアを連れ攫って二時間ほど、リーアはアルフレッドに使えるメイド達によって無理矢理着替えさせられ、外が見える部屋の一室に監禁されていた。

 リーアの気分は最悪だ。いきなり連れて来られた上、トールに買ってもらったお気に入りの服を奪われ、趣味の悪い無駄に着飾った服を着せられた。

 翼が圧迫されて窮屈この上ない。更に一番不快、いや精神をかき乱しているのはこの部屋だ。この部屋にある窓からは外の景色が一望できる。上から見る深い青の海、下から見る白い雲と透き通った青い空、普通の人間であれば美しさに息を呑んだろうが、浮島から地上に落下した経験から空を飛ぶことへ恐怖心を抱いてしまっているリーアにそのような感情が浮かぶわけがない。

 実際、先程から動悸と息切れがするし手汗が止まらない。


「トール、、、」


 此処にいるはずがない、来るはずが無い彼の名を呼ぶ、アルフレッドに攫われる際に彼の執事達がリーアに耳打ちしていたのだ。


『下手に逆らえば、あの運び鳥共も唯では済まないぞ。』


 トールやガルド、女将さん達。いきなり空から落ちてきて右も左も分からなかった自分を優しく迎えてくれた人達。

 彼らに危害を加えると聞いた瞬間、リーアは大人しくアルフレッドに付いていく事に決めた。例えどれだけいけ好かない貴族でも、世界中の女が自分に惚れていると本気で考えているようなアホの伴侶になるとしても、自分が我慢すれば皆は無事なのだ。

 だったら、躊躇う必要なんてない。


「おお、似合っているな!流石は俺のメイド達、服選びのセンスも一流だな。」


 リーアが拳を握り、高所の恐怖に耐えているとアルフレッドが部屋の扉を開けて入ってくる。両手は広げながらムカつく笑みを浮かべ、リーアに近づいてくる。

 一般的な貴族の地位の高さを知っている女性ならば喜ぶだろうが、生憎この手の男を苦手するリーアからすれば、今すぐにでも殴り掛かりたい位に不快である。

 それでも殴らないのはアルフレッドを殴るとトール達に迷惑が掛かる事、高所にいる恐怖で体に碌に力が入らないためだ。


「ん?何を怯えている、まさかあの薄汚い鴉がお前を連れ戻しに来るかもしれないと怯えているのか?安心しろ、あの薄汚い鴉は此処には現れない。」


 体を震わせているリーアを見て、悪の魔王であるトールが連れ戻しに来る恐怖で震えていると勘違いしたアルフレッドがリーアの肩に手を置く。


「それよりもどうだ?この飛行機は素晴らしいだろう!これはリュリュノス家が私財を投げうって高名な職人に作らせた飛行機でな!飛行機の中でも快適な生活ができるよう作られているのだ!優雅な空の旅を可能にしたこの飛行機こそ、正に飛行機の中の頂点に立つ存在だ!」


 その所為で珍妙な外見になっているのだが。


「聞けば、お前は空を飛べないそうじゃないか!?それで苦しむ事もあったろう、だがこれからはその心配はない!お前が飛べなくとも、俺が、この飛行機がお前を空へと羽ばたかせてやる!そして小鳥、お前は此処で俺の為に美しい歌を奏でてくれ。」


 リーアの髪をすくように手櫛で彼女の髪を撫でながら、耳元で囁くアルフレッド。リーアの全身に鳥肌が立つが、やはりアルフレッドは気づかない。

 というか、この男は唯ひたすら自分の気に入った女を愛でて、自分の権力、富を自慢したいだけのように見える。

 そうでなければ露骨に嫌そうな顔でアルフレッドを拒否しているリーアに気付かない筈が無いのだ。そうしてリーアの髪を撫でながらアルフレッドがうっとりしていると、突如部屋の中にけたたましいサイレンの音が鳴り響く。


「む?どうやら無粋な客が来たようだな。」


 顔を顰めたアルフレッドが部屋の入り口の近くにある伝声管の蓋を開き、飛行機に乗っている執事達と幾つか言葉を交わす。


「安心しろ小鳥よ。どうやら賊が現れたようだが、この飛行機には最新の機銃が搭載されているし、俺の部下も優秀だ。仮に乗り込んできたところで返り討ちにして見せる。恐れる必要はない。」


 リーアが空賊に怯えていると思っているのか、彼女の両肩に手を置き優しい表情を浮かべるアルフレッド、だがリーアが怯えているのはアルフレッド本人である。

 そうこうしている内に複数の飛行機のプロペラが回る音と機銃が乱射される音が外から聞こえてくる。

 いよいよ空賊との戦闘が始まったらしいが、アルフレッドはリーアを避難させようとしない。普通であれば外から狙われるかもしれない窓に近い側の部屋などではなく、奥の部屋へと避難させようとするものだが、アルフレッドは自分の部下である執事達を信じているのか、それとも唯のバカなのか、リーアと向き合ったままだ。

 もしリーアを避難させていれば、この後最悪なファーストキスを迎える事もなかったと知らずに。




 空賊である”群青のウミネコ団”とアルフレッドの家が所有する巨大飛行機が機銃を打ち合っている中、青空に隠れるように薄い青で塗装された二人乗りの単葉機が巨大飛行機の上を誰にも気づかれる事無く飛んでいた。


「うし、それじゃ、行ってくるぜ!おやっさん!」


「応!気を付けろよ。マスターキーは持ったか?」


「勿論!」


 プロペラの回る音とエンジンの音に負けないように大声で話す二人、前の席で飛行機を操縦しているガルドが後ろの席から足を乗り出しているトールに確認を取る。

 キャノピーが無い為、ゴーグルを付けているトール。彼の背中には簡易パラシュートが背負われている。


「そんじゃ、グッドラック!」


 親指を立てるガルドにトールもサムズアップで答えると、そのまま単葉機からアルフレッド達がいるであろう巨大飛行機へと飛び降りた。




 本当にこの男は何を考えているのだろう?とリーアは思っていた。空賊に襲われ、下手をしたら命の危険もある状況の中、この男はキスをしようと眼を閉じ、顔を近づけてきた。

 後数センチも近づいたら、リーアはアルフレッドの顔をグーで殴っていたかもしれない、だが不幸にもリーアはアルフレッドの顔を殴る事は出来なかった。

 リーアの背中にある巨大な窓ガラスが割れて侵入者が部屋に入ってきたのだ。

 侵入者はドロップキックの体勢で現れた事から窓ガラスを蹴破ったのだろう、その勢いは止まらず、侵入者の履いているブーツの分厚い靴底の延長線上にはアルフレッドの間抜けな顔がある。

 アルフレッド=ディア=リュリュノス、人生で初めてのキスの味は合成ゴムと血の味、ついでに前歯の殆どが折れるというオマケつきだ。


「ぶげらっ!」


 そのままブーツの靴底とアルフレッドがキスをし、アルフレッドが縦に回転しながら部屋の隅へと吹っ飛ぶ。

 その顔は前歯が折れ、変な方向に曲がった鼻から鼻血がドクドクと流れていてイケメンの面影は全くない。


「ん?おっ!リーア、此処にいたのか?」


「ト、トト、トトト、トール!?」


「いやあ、適当に潜り込んでから探すつもりだったけど、これは手間が省けたな。」


 窓ガラスを割り、アルフレッドにドロップキックを喰らわした人物がトールと分かり動揺するリーアにトールはいつも通りの態度で接する。


「うし、んじゃ逃げるぞ。」


「に、逃げるって!?そもそも何で此処に来たの!?」


「何でって?それは、リーア、お前を連れ戻しに来たに決まってるじゃねえか?」


「はっ?」


 思わず間抜けな声が出てしまう。


「お前が攫われた後、馬鹿な飛行機は見なかったかって、いろんな島の飛行機乗り達に無線で連絡を取って、場所が分かったからウミネコ団の奴らにいいカモがいるって教えたんだよ。んで奴らが囮になっている間に俺がお前を連れ戻すと。」


「いやいやいや、待って待って待って。」


 頭を振り、手をトールの前にかざす。トール達に会えない覚悟で、それでもトール達の安全が保障されるならと自分から身を捧げたのに、それらの覚悟をこいつ等はあっさりと無駄にしやがった。


「おい、リーア。まさかお前、自分が犠牲になれば皆が傷つくことは無いとか考えてるんじゃないだろうな?」


「ぎくっ!」


 自分の考えを言い当てられて、一瞬だけリーアの体が震えるとトールがリーアの額にデコピンをする。


「痛っ!」


「あのなあ、はっきり言っとくけどな、余り俺や女将さん、おさっやさん達を甘く見てるんじゃねえぞ。」


「えっ?」


「というかな。お前を自分達の保身の為に貴族に売り払って、俺達はいつも通りに暮らしてますなんて俺達自身が嫌なんだよ。そんな情けない生き方、真っ平御免だね。そんなの屑じゃねえか。」


「で、でも。」


「それともお前まさか、あそこで伸びているバ金持ちに惚れたのか?」


 ブンブンッ!と首が千切れそうな勢いで横に振る。そんな事天地がひっくり返ってもあり得ない。


「だったら、此処から逃げていつも通り、おやっさんや女将さん達と笑って暮らそうぜ。まあ、暫くは逃亡生活だけど。」


「それはそれで、愛の逃避行みたいでいいね。」


 トールが差し出した手を握り返すリーア、自分が犠牲になればいいとか考えたが守りたかったトール本人達が必要ないと言ったのだ。

 だったらもう我慢する必要はない、いけ好かない貴族の女になるよりトールと一緒に逃げ回った方が良い。


「それじゃ今の内に逃げるが、リーア、お前走れるか?」


「ゴメン、無理。」


「やっぱりか。」


 早く逃げないと群青のウミネコ団が撃ち落とされてしまう、だがリーアは走り出したくても空への恐怖故歩くことすらままならない。

 このままではやがて、アルフレッドの部下である執事達に気付かれてしまうと考えたトールはリーアを脇に抱えて走り出し、部屋から出る。


「此処は普通、お姫様抱っこ何じゃ?」


「それだと両手が塞がるだろう?」


「さっき、アイツが言ってたけど、空賊が飛行機の中に入ってきても大丈夫なように通路は部屋ごとに扉の鍵が掛けられているって、どうする?」


「安心しろ、ちゃんとマスターキーは持って来てる。」


「マスターキー?」




 群青のウミネコ団と戦闘に入ってから数分、アルフレッドに仕えている執事はアルフレッドを安全な場所に避難させる為、通路を塞いでいる扉の鍵を一つ一つ開けていく。


「全く、誰がこんなに沢山の鍵を付けようなどと言い出したのだ。」


 扉毎に違う鍵を差し込まなければならないので、本当に手間がかかる。尚、こんなに手間のかかる仕様になった理由は、雇い主がもし怪我でもして不興を買えば自分がクビになってしまうと考えた使用人一同が設計者に無理難題を言ったから、つまり自業自得である。

 いよいよアルフレッドがいる部屋の通路を塞ぐ扉までたどり着いた執事、溜息を吐きながら鍵穴に鍵を差そうとした瞬間、扉が弾けた。




「あれ?誰か居たか?まあ、気にしてる暇なないか。しっかり捕まってろよ。」


 ”マスターキー”ことショットガンで通路を塞ぐ扉を吹き飛ばしたトール、一緒に誰かも吹き飛んだ気がしたが、気にしている余裕はない。

 リーアは脇に抱えられている状況でも器用にトールの腰に手を回している。


「それで、何処から逃げるの?」


「こうゆう飛行機は大抵、後ろの方に荷物を降ろす時とかに使う開閉式のタラップが付いてるんだ。そっから飛び降りる。安心しな、ちゃんと二人分パラシュートも持って来てるから。」


 その後も扉をショットガンで吹き飛ばしながら奥へと進んでいく二人、途中飛行機内の地図を確認しながらも使用人達に見つかるような事は無く、そのまま目的地のタラップがある格納庫へと無事到着する。

 

「今からタラップ下すけど、風がキツイからしっかり捕まってろよ。」


「うん。」


 タラップを下す操作をする為、一旦リーアを離しタラップのレバーを操作する。


「大丈夫か?」


「・・・大丈夫じゃないかも。」


 重厚な金属音を響かせタラップが下がり始める。青い海が見え、強い風が体に当たる。

 リーアは体が吹き飛ばされそうなのを手すりに捕まり必死に耐えているが、その足は震えていた。


「ちょっと苦しいけど、俺が後ろからハーネスで俺とお前の体を固定する。そうすりゃ後は俺の方でパラシュートを操作できる。一応翼は畳んどけよ。」


 リーアを気遣うように言うと、トールがリーアの背中側に移動しハーネスを使用して二人の体を固定しようとする。

 その時だった、タラップがある格納庫に一人の人物が入ってきたのは、タラップが降ろされ、風が入ってきている事でトールとリーアの二人はその人物に気付くことは無かった。

 その人物は口と鼻から血をだらだらと流し、鼻を抑えながら憤怒の形相でトールを睨んでいる。

 右手には今時、貴族が趣味で集めるぐらいしか価値が無い装飾が施されたフリントロック式拳銃が握られている。

 そしてそのまま、その男はトールに狙いを定めると引き金を力強く引いた。



 

 愛しの小鳥が攫われた。それが目を覚ましたアルフレッドが一番最初に抱いた感情だった。

 怯えてる小鳥を元気づけてやろうと口づけをしようとした所、いきなり窓ガラスが割れて蹴りを喰らわされ、前歯が幾つも折れた挙句、鼻まで変な方向に折れ曲がってしまった。

 それでも何とか意識は残っており、ぼやける視界の中、愛しの小鳥を探していると小鳥は自分に蹴りを喰らわせた不敬者に連れ去られてしまった。

 小鳥を連れ去った不敬者は、あの小汚い鴉だった。愛しの小鳥を騙し、暴力を振るい傷つけてきた鴉、あの男は再び自分の私欲の為に小鳥を攫って行ったのだ。


「待っていろ、小鳥。」


 数分の間、意識を失った後に目を覚ましたアルフレッドは痛む体に鞭を打ち、コレクションとして集めていた拳銃の中でもお気に入りのフリントロック式拳銃を片手にリーアを探し始めた。

 どこに行ったのか?と部屋を出て最初は戸惑っていたが、それも直ぐに解決した。通路を塞いでいる扉が破壊されていて、おまけに鳥の羽が地面に落ちていた。

 恐らくこれを折っていった先にあの烏がいるだろうと進んでいったところ、貨物室で見事に二人を見つけた。

 タラップが何故か下されていたが、そんな事はアルフレッドにはどうでも良かった。それよりも不快だったのはトールがリーアに後ろから抱き着こうとしていたことだった。

 ふざけるな!とお前が小鳥に触れるな!とそうしてアルフレッドは躊躇うことなく、銃の引き金を引いてトールの背中を撃った。

 

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