第23話
体が勝手に動いていた。アルフレッドとか言う頭の飛んだ男がリーアの顔に触れようとした瞬間、何故かイラッときたトールは自分でも驚く程の速さでアルフレッドの手を掴み、リーアに触れないようにした。
「この汚い手を離せ!下賎な鴉が!」
アルフレッドが力尽くでトールの手を振り解こうとするが、トールの手はガッチリとアルフレッドの手を握り潰さんばかりの握力で掴んでいる。
「ふふん、私はお前の妻になんてなってやらない。」
「照れるのはいい加減にしろ、小鳥よ。安心しろ、すぐにこの邪魔な鴉を追い払ってやる。その後改めてお前の素直な返事を聞かせてもらおうか。」
「素直な返事、私は絶対にお前の妻になんかならない。だって私には、、、」
トールが助けに来てくれた事が嬉しく、満面の笑みを浮かべているリーアが、トールの空いている方の手に抱きつく。
「だって私には、もうダーリンがいるから。」
「誰がダーリンだ。誰が。」
「トール。そして私がハニー。」
「そんな風に呼んだことは一度もねえぞ。」
アルフレッドに見せつけるようにトールの手に頬ずりするリーア、同時に彼女の羽も触れて少々くすぐったい。
リーアの行動に呆れながらも、これだけ仲睦まじい様子を見せれば、頭がぶっ飛んだアルフレッドもリーアが本気で彼の求婚を断っているのが分かるだろうと、トールは視線をアルフレッドに向ける。
「ふっ、小鳥よ。いくら照れくさいからといって、男に抱きつくのは淑女としてはしたないぞ。それとも他の男に抱きついて、俺にやきもちを妬いて欲しいのか?だとしたらそれは成功だな。俺は今すぐにでもその男を八つ裂きにしてやりたい。」
ダメだった。この男は頭がぶっ飛んでるどころか、大気圏を離脱し、地球外生命体になってしまっているらしい。
完全に言葉が通じない。
「鴉よ、勘違いをしないように言っておくが、小鳥は貴様に惚れているわけではない。それは俺の求婚に対する照れ隠しに過ぎん。分かったらさっさと小鳥から離れろ、俺がお前を八つ裂きにする前にな。」
もし言葉が具現化していたら、コイツの吐いた言葉はブーメランとして吐いた本人に返って来ているだろう。
さて、どうやったらこの勘違い男を追い払えるか、そんな事を”梟の止まり木”全員で考えているとジャケットがアルフレッドの足元に近づく。
「ん?なんだこの小汚い犬は、目障りだ。さっさと失せ、、、ぎゃあああ!」
アルフレッドがジャケットを蹴ろうとしたその時、ジャケットが片足を上げてアルフレッドの高級ズボン目掛けて放尿を始めた。
濡れていくズボンと靴、アルフレッドはショックのあまり、叫びながら”梟の止まり木”の外へと駆け出した。
「「ああ!お待ちください。アルフレッド様!」」
護衛二人も慌てて、アルフレッドの後を追いかける。
「よっしゃ、良くやったジャケット!」
「ワンッ!」
「今のは最高だったな!」
見事にアルフレッドを追い出したジャケットとハイタッチし、周りの客達は大笑いする。今晩のご飯にはジャーキーをオマケしなくては。
「しかし、今のは一体誰なんだい?」
「どっかのバ金持ちだろう?」
「いや、金持ちでバカなのは分かってるんだよ。そうじゃなくて素性とかだよ。」
扉の方を見ながら呟く女将、すると皿洗いを終えたユリウスが蛇口を捻り水を止めて口を開く。
「彼はアルバスの大貴族、公爵家の一つアルフレッド=ディア=リュリュノス。リュリュノス家の一人息子さ。厄介な奴に目を付けられちゃったね。リーア。」
「厄介?そりゃどういう意味だよ、ユリウス?」
「ん~?何て言うか、彼はオレ様系の女好きって言うのかな?」
「オレ様系?」
「うぇ。」
ユリウスの言葉にピンとこないトールは首を傾げるが、リーアの方は渋柿を食べたかのように顔を顰める。
「自分に惚れない女はこの世に存在しないって本気で考えてるような奴だよ。元々公爵家の生まれで結婚相手に困る事は無かったんだけど、顔も良いからね。お茶会や舞踏会で貴族の息女から引っ張りだこでね。そうやって女性から言い寄ってくる環境に慣れたせいか、すっかり増長して大の女好きになった挙句あんな風に初対面の女性相手でも自分の誘いを断るわけがないって都合の悪い事は無視するようになっちゃったんだよ。」
「マジか、そんな人間がこの世の中に存在するのか。」
「うえ、大っ嫌いなタイプ。」
「まあ、普通はそんな反応なんだろうけど、逆に貴族の夫人や息女からは評判でね。自信満々な態度とかどんな美女が相手でも靡いたりおべっかを使ったりしない所が格好いいって評判なんだよ。」
「そういうもんかね。つーかユリウスまるで見てきたような言い方だよな?しってんのあのバカボンボンの事?」
「いや、気の所為じゃない?僕は噂で聞いただけだよ。で、さっきも言った通り彼は女好きでしかも自分に惚れない女はいないって本気で考えてる。だからきっと彼はまた来るだろうね。リーアを自分の妻にしにね。」
リーアの顔が青ざめる。あの数分の会話でも全身に鳥肌が立ったのに、また来るなんて溜まったものじゃない。
「何度断っても無駄だろうね。彼はそれを照れ隠しか何かだって考えてるだろうから、寧ろ自分の事を悪党に捕らえられた姫を助けに来た白馬の王子様とでも考えてるんじゃないかな?」
「悪党って誰だよ。」
「此処にいる全員の事かな?小汚い場所なんて言ってたし。」
肩を竦めながら答えるユリウス、凄い、あれほど求婚を拒否されて尚、自分を白馬の王子と信じるアルフレッドのぶっ飛び具合が。
「取り敢えず、リーアの身に何かが起きないよう、しっかり守ってあげなよトール。」
「お、おお。」
トールの方をポンッとユリウスが叩くがトールははっきりと答えることが出来なかった。
アルフレッドがいきなり現れ、リーアに求婚した日の夜、バ金持ち、もしくはバカボンボンと馬鹿と金持ちを合体させた言葉で的確に人格を表現されたアルフレッドは、”運び鳥島”からそれなりの距離があるリュリュノスが代々管理している島にある大豪邸の自室で紙の束を持った執事からある報告を受け取っていた。
「アルフレッド様、それではご報告させていただきます。」
「ああ、さっさとしろ。」
恭しく頭を下げる執事に椅子にふんぞり返っているアルフレッドは顎を動かし、続きを促す。
「運び鳥島にいた空人の娘ですが、アルフレッド様の予想通りでした。空人の娘はアソコで不当に働かされていたようです。」
「ふん、やはりな。」
自分の読みが当たっていた事に自信満々に鼻を鳴らすアルフレッド、実際は明後日の方向に外れているのに。
「最初からおかしいと思っていたのだ。あれほどの綺麗な歌を奏でる小鳥があのような下賤でみすぼらしい場所で歌姫をやっているなど。それで俺の手を掴んだあの不敬な鴉は何者だ?」
「あの男ですが、どうやら翼に傷を負い、浮島に帰れなくなった娘を言葉巧みに騙し、馬小屋のような部屋に住まわせ、挙句にあのような汚い場所で働かせ、その賃金も暴力を振るい奪っていたようです。」
「っち、聞くに堪えんな。下衆な鴉が。」
執事の話を聞き顔を歪ませるアルフレッド、自分の部下にリーアの身辺調査を任せたのだが此処まで不快な気持ちになるとは思っていなかったらしい。
「では小鳥が俺の求婚を断ったのは、、、」
「恐らくあの男、トール=フリーダムに脅されているのでしょう。しかし助けの言葉を言うことも出来ず、泣く泣くアルフレッド様の求婚を断るしかなかったと。」
「そうか。」
目を閉じ、少しだけ考え事をするとアルフレッドは椅子から立ち上がる。
「だとしたら、やはり俺があの小鳥を鳥籠から助け出さなければいけないな。直ぐに準備を始めろ!」
「はっ!」
「待っていろ小鳥よ。必ず俺がお前を助けて見せる。そして俺の手で幸せにしてやる。」
窓に手を当て外を眺めるアルフレッド、気分は完全に悪の魔王に攫われた姫を助ける白馬の王子様だ。
事情を知っている者からしてみればピエロでしかないアルフレッド、彼がこのようになってしまった原因、それは彼の父親とアルフレッドの世話係をしている執事やメイド達が原因だった。
先ず彼の父親、フィリップ=ディア=リュリュノスは彼の父親、アルフレッドから見れば祖父である人物に厳しく躾けられた。それはもうトラウマに残る程に。
そんな幼少期に負ったトラウマに近い経験からフィリップは自分の一人息子であるアルフレッドをとても甘やかした。自分が経験した辛い思いは息子には必要ないと過保護に育ててきた。
例えば息子が他の貴族の子息と諍いを起こした際には、どれだけアルフレッドに非があろうと公爵家の権力を笠にもみ消したし、女性関係に不自由しないよう見合いの場を子供の頃から設けて使用人には美人なメイドを沢山雇用し、アルフレッドの命令は絶対だと言い聞かせた。
そしてアルフレッドの世話係をしている執事やメイド達、彼らは時にアルフレッドに対して苦言を呈して、アルフレッドを諫めなければならない立場であったが、彼らはその役割を放棄しアルフレッドの太鼓持ちになり果てた。
理由は簡単、メイドはフィリップからアルフレッドに逆らえないよう命令されていたし、加えてアルフレッドを甘やかしていれば彼に気に入られ待遇が良くなったから。
執事達も殆ど同じ理由、下手に苦言を呈して雇い主やその息子の不興を買うよりも、適当にご機嫌を取っていれば金払いが良くなるから、だからアルフレッドに行った報告も全部嘘で、トールや運び鳥達を悪者に、リーアを助けを求めるヒロインに、アルフレッドをヒロインを助けるヒーローに配置するように脚色した。
それで困る事は無い。相手は平民、ちょっと権力で脅せば簡単に屈する。今までも似たような事があったが、アルフレッドは自分達の暗躍に気付かなかったし、相手も権力で簡単に屈したからだ。
こうしてアルフレッドを躾ける者が彼の周りにいなかった結果、彼は自分の考えを疑わない女好きのオレ様系に仕上がってしまっていた。
更に悪い事にアルフレッドは顔は良い為に、女性の方から言い寄る事が多かったのも拍車をかけてしまっていた。
何処か馬鹿にしたような目で外を眺めているアルフレッドを眺めている執事、もし彼が少しでもアルフレッドの将来を心配して、忠告が出来ていれば多少はアルフレッドの性格は真面になったのかもしれない。まあ、遅すぎる話だが。
「そういや、リーア。アンタに一つ聞きたい事があるんだけど、いいかい?」
「何、女将?」
ジャケットがバ金持ちに放尿してから二日後、昼の客のいない”梟の止まり木”でトールに美味しいオムレツを作る為、厨房を借りて練習しているリーアに、カウンターで頬を突いている女将が前々から思っていた疑問をぶつける。
幸いあれからバカフレッドもといアルフレッドはあれから島に訪れるようなことは無かった。
「アンタ、トールに惚れてるんだろう?」
「うん、ベタ惚れ。」
特に照れる様子もなく、表情を変えずにさらりと言うリーア。ある意味凄い。
「でもさあ、アンタこの島に来た初日からトールにベッタリだったじゃないかい。いつトールに惚れたんだい、というより一体アイツのどこに惚れたってんだい?」
「ん~、分かんない。」
「はっ?」
フライパンの上のオムレツを手首のスナップを聞かせて、ひっくり返しながら答えるリーアに女将が間の抜けた声を出す。
「分からないってアンタ。」
「だって、分かんないんだもん。それに仕方ない。」
少しだけ頬を膨らませ、剥れたリーアが続きを言う。
「一目惚れなんだから。」
「一目惚れ?」
オウム返しに女将も言うと、途端に笑い出す。
「アッハッハッハ、確かに一目惚れなら何処に惚れたか分からないし、仕方ないね。しかし一目惚れかい、くっくっく。」
目を細め、少しだけ歯が見えながら笑い続ける女将、そんなに変なことを言っただろうか?とリーアは首を傾げる。
あの日、トールと初めて出会った日の事は今も覚えてる。昼寝をして目を覚ましたら知らない場所にいた。
割れた板が自分の周りに落ちてきていて、誇りが舞う中、ポカンと自分を見つめているトール。ハッキリ言って間抜けな表情だった。
それでも彼に惚れてしまった。自分でも分からない、本当に一目惚れだったのだ。だからあの後、飛べない自分を居候として住んでも構わないと言ってくれた時は、嬉しさで空を飛べそうな程舞い上がった。
まあ、飛べなかったのだが。
「それじゃあ、アンタはどうするんだい?無事空を飛べるようになったら、また浮島に帰るんだろう?そうなったら、トールと離れ離れじゃないかい?それともまさかアンタが空を飛べないのは、トールから離れたくなくてわざとなのかい?」
「んーん、空を飛べないのは本当だし、毎日練習して空を本気で飛ぼうって思ってる。それはそれ、これはこれ、空を飛べて浮島に帰っても、トールの所にはちょくちょく行こうと思う。」
「いやいや、アンタも知ってるだろう?地上と浮島は完全に関係を断ってるって、仮に浮島にいけるとしたら王族くらいのもんさ。一度浮島に戻ったらそれまでだよ。」
「そこは愛の力でなんやかんや。」
「そこが一番大事なとこじゃないかい。」
先程までは笑っていたが、今度は呆れた表情を浮かべる女将。
「まあ、ゆっくり考えな。あとオムレツが焦げかけてるよ。」
「えっ?うわっ!どうしよう女将!」
「はいはい、先ずは落ち着きな。」
カウンターから立ち上がり、コンロの火を消す女将。多少焦げてしまったが食べられないほどではない、今日のお昼はこのオムレツと適当にサラダでも作って食べるかと考えていると”梟の止まり木”の外から巨大な機械の駆動音と人々の驚きの声が聞こえてくる。
「ん?何だい、一体?」
「外に出てみよう。」
エプロンを身に着けたまま外に出ていくリーアに続く形で女将も外へ出る。”梟の止まり木”の外では、仕事に出ている運び鳥ではない者達が彼女達と同じように家や店から外に出て、口を開けながら同じ方角の空を眺めている。
リーアと女将も同じ方角を見上げると、そこには信じられない物が飛んでいた。それはプロペラで空をゆっくりと飛ぶ飛行機なのだが、飛行機と呼ぶには疑問符が付く物体だった。
先ず大きさ、運び鳥が使うような複座式の飛行機どころか、軍や空賊が使うような飛空艇よりもさらに大きい。
次にその形、空を飛んでいるその物体は家、いや豪邸としか言えない形をしていた。貴族が暮らす豪邸に無理矢理巨大な翼とプロペラを付けて飛んでいる珍妙な造形で、どうして空を飛んでいるのか不思議で仕方がない。
見た事子もない代物が宙に浮かんでいる事に島の住人全員が言葉を失っていると、謎の物体の正面に付いている拡声器から聞き覚えのある声が鳴り響く。
『迎えに来たぞ!我が愛しの小鳥よ!』
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