第22話

 顔を何者かにベロベロと舐められ続けた事により、トールは鶏が鳴くよりも早く起床する。


「ああ、お前か。」


 目を覚ましてもベロベロと舌で自分の顔を舐めてくるのは二週間ほど前からトールの家の新たな居候となった犬のジャケットだ。

 朝ご飯か、それとも朝の散歩を希望しているのか尻尾をフリフリと振りながら顔を舐めてくるジャケットの頭に自由に動く左手を置き、顔を舐めるのを止めさせる。

 陽が昇り始め、薄暗い部屋の天井をトールはぼんやりとした瞳で見つめる。規則正しく木の板が並んでいる天井の中で、トールのベッドの真上の天井は複数のベニヤ板と釘で乱雑に修繕した跡がある。


「コイツが来てもう二か月か。」


 別の部屋で寝ていた筈なのに、何故か自分のベッドで抱き枕のように自分の体に手と足を回して寝ているリーア、彼女の寝息が首筋に掛かり少々くすぐったい。

 何の前触れもなく、いきなり天井をぶち破って落ちてきた空人の少女。祖父が亡くなり、家に帰るたびに寂しさを感じていた中で現れた少女にトールは困惑していた。

 最初は家に帰れないと困っているリーアが可哀想だったから家に泊めていたが、今考えると自分が単に寂しいのが嫌だっただけなのかもしれない。

 実際、彼女が来てから家に帰っても寂しいという感情が沸いてくることは無かった。本人に言えば厭らしい笑みを浮かべて、調子に乗る事は分かっているので絶対に言わないが。


「ほら、起きるぞ。」


「んむう。」


「ワンっ!」


 無理矢理上半身を起こし、抱き着いていたリーアの体も起こす。リーアが朝食を作っている間にトールはジャケットの散歩と餌を用意する。それがここ最近の賑やかになってきたトールの家の朝のルーチンだった。




 朝食を終えた後、”梟の止まり木”に向かい荷物の受け取りに向かったトールだが今日は運ぶ荷物が少なく手は空いているという事で休暇を貰い、リーアの飛ぶ訓練に付き合う事にした。


「本当に良いんだな?」


「うん。」


 トールの問いかけを覚悟を決めた表情で答えるリーア。彼女の腹部にはロープが巻いてあり、更にローラースケートを履いている。

 ロープの先は桟橋で待機しているトールの自転車に繋がっている。今回の飛ぶ訓練はより強い揚力を得るためにトールに自転車で引っ張ってもらうという内容だ。

 リーアの覚悟をくみ取り訓練を開始する。


「それじゃあ、行くぞ。」


 ペダルに思い切り力を込めて自転車を発進させると同時にリーアも縄に引っ張られながら翼を広げ、離陸体勢を取る。

 立ち漕ぎで更に速度を上げるとリーアの翼の抵抗が大きくなるが、それでも勢いは収まらない。体に浮力を感じ今日こそは飛べるかもしれないと期待するリーア。

 いよいよ自転車が桟橋の端から落ちる直前、急ブレーキを掛け自転車を制止する。一方のリーアはローラースケートにより停止することなく、そのまま翼を広げたまま桟橋から青い海が広がる大空へと羽ばたく。

 大海原へと飛び立ったリーア、彼女の腰には自転車と繋いであるロープがそのままになっており、やがて伸びきったロープがピンと張り、自転車に引っ張られそのまま海へ急降下し、自転車に乗っていたトールも海へとダイブしてしまう。


「「あっ」」


 海に落ちる直前、間抜けな声を挙げる二人。最初から気づけ。




「へっくし!」


「くちゅんっ!」


 少々風が冷たく感じる今日この頃、海へとダイブした二人は先ずトールが自転車を抱えて桟橋へ上がると、翼が海水を吸って重くなり沈んでいくリーアを引き上げた。尚彼女は沈んでいく途中サムズアップのように手を挙げながら沈んでいったが、何かの表現だろうか?

 その後風邪をひく前に服を脱ぎ、それぞれ別の毛布に包みながら桟橋で服を乾かしている。


「途中で縄を切れるようにしないとな。」


「う~ん、上手くいかない。」


 ジャケットを胸に抱きながら暖を取っているリーアが悔しそうに呟く。やはり空人である彼女にとって空が飛べない事は相当悔しいのだろう。


「しかし最近寒くなってきたな。そろそろ冬越えの準備しなきゃ不味いなこりゃ。」


「寒いならこっち来る?」


 鼻水を啜るとリーアが毛布の前を少しだけ開け、トールを誘う。


「断る。後女がそんな事するな。」


「いてっ。」


 リーアの頭を軽く小突く。


「むう。」


「お前も、さっさと飛べるようになって浮島に戻れるようになれよ。」


「何で?」


「何でって、そりゃ親とか心配してるだろう?さっさと帰るに越したことは無いだろう。」


「それはそうだけど。」


 自分の誘いにトールが乗らなかったことにより不満げだったリーアの表情が、トールが放った言葉により不安げな表情に切り替わる。


「ねえ、トール。トールは私に早く飛んで欲しいの?」


「ん、そりゃまあ、早いかどうかは別として飛ぶのが目的じゃねえか?」


「トールは、、、私に此処から出て行って欲しい?さっさと浮島に帰って欲しいと思ってる?」


「はっ?」


 先程トールが放った言葉がまるで自分に此処からさっさと出て行けと言われたように感じたリーアが立ち上がり、トールに近づく。

 謎の質問をしてきた彼女にトールが戸惑っていると、リーアはそのままトールの右腕を掴み、自分の左頬へと添える。


「トール。」


「な、何だよ!?」


「トール。」


「だから、何だって!?」


 トールの右手に頬を擦りつけるように顔を動かすリーア、その表情は今にも蕩けそうな程の笑顔だった。

 その笑顔は、今まで彼女の胸やら裸を多少意識しながらも、それでも年下の保護している少女として彼女に邪な思いを抱いてしまわないようにリーアを見ていたトールが思わず、リーアの事を一人の女性として意識してしまう程に魅力的で、蠱惑的な笑顔だった。


「私は空を飛べても、トールの傍にいたいよ。トールはどう思ってる?」


「は、はあ!?」


 顔が赤くなっているのが分かっている。どんどん顔を近づけてくるリーアに比例して心臓の鼓動が早くなる。

 何故急にリーアがこんな事を言い出したのか、何故急に手を頬に当てて近づいてきたのか全く分からない。


「さ、さっさと服乾かして女将さんとこで昼飯食べるぞ!」


「あっ。」


 リーアの手を振り払い、距離を取るトールにリーアは悲し気な表情を浮かべる。結局この後二人が飛ぶ練習をする事は無かった。



 

 服が乾いた後、トールとリーアは”梟の止まり木”で昼食を食べたのだが、二人は終始無言で夜の仕込みを行っていた女将と皿洗いをしていたユリウスは二人の間に何かがあった事には気づいたのだが、下手に突いて蛇が出るのも嫌なので特に触れることは無くトライリュートの演奏も頼まず、二人はそのまま帰路に着いた。

 

「わんっ!」


 二人の前を行くジャケットが元気に吠えるが、トールとリーアの間には気まずい空気が流れている。トールは急に迫ってきたリーアにどう反応してよいか分からず、先程顔が赤面したことも相まって気恥ずかしい為、リーアはトールの言葉に不安を感じて一気に迫ってしまったが今思い返すとかなり恥ずかしい事をしたな、と羞恥の余り周りを転げまわりたいが為である。

 そんな理由の為、無言で距離を取りながら自宅へと帰っていく二人、そんな二人の視線が道の片隅で腰を降ろしている老人を捕らえる。


「ん、おい、どうしたんだよ爺さん。こんな所に座ってたら車に轢かれて危ねえぞ?」


「ん、危険。」


「おお、お前さんたちかい。」


 道端に座っていた老人は以前、雨の日にリーアが初めて”梟の止まり木”でトライリュートを演奏した時に出会った老人だ。

 確か以前この島に来た時は孫に会いに来たと言っていたが、今回もそうなのだろうか?事情を聴くとやはり孫に会いに来たらしいのだが、今回も孫には出会えず帰りの船の時間も迫っている為、帰ろうとした矢先、膝を痛めてしまったらしい。


「災難だったな、爺さん。」


「やれやれ、やはり年は取りたくないのう。」


「ドンマイ。」


 トールに背負われながら老人は愚痴を零す。事情を聴いたトールが老人を船着き場まで背負う事にし、リーアとジャケットは老人の荷物を持っている。

 本音を言えばあのまま気まずい空気のまま家に帰っても、困っていたのでトール達も助かった。


「そういやさ、爺さんは孫とは連絡を取ってねえのか?もし連絡を取れるんなら孫に迎えに来てもらえれば、、、」


「いや、それはのう、実は孫とは色々と事情があって連絡を取ることが出来んのじゃ。それでこっそり会いに行く事にしとるんじゃが、、、」


「それで結局会えないって訳ね。」


 人様の事情に首を突っ込んでも碌な事にはならないので、適当に雑談をしながら船着き場に向かう。


「「「あ~あ。」」」


「わふ。」


 いよいよ見えてきた船着き場、だが一足遅かった。船着き場が見えてきたときには既に船は出向してしまっていた。

 観光地でもない”運び鳥島”では他の島と行き来する船の数は極端に少ない。元々飛行機乗りだらけの島という事もあって、船の利用者自体がいないのだ。

 そして今、海へと去っていった船は今日の最後の便の船だ。間に合わなかった事に三人とジャケットが溜息を漏らす。


「こりゃあ、困ったわい。」


「今日の便はもうない、明日まで待つしかないぞ爺さん。」


「ここら辺に宿ってあったかのう?」


「”梟の止まり木”が一応そうだけど、金持ってる?」


「ええと、ちょいと待ってくれ。」


 老人が懐から財布を取り出し、中身を数えると徐々に顔が青くなっていく。きっと最低限の金しか持って来ておらず、宿に泊まろうとすると帰りの駄賃が無くなるのだろう。

 かといって最近寒くなってきた中、野宿なんてすれば翌朝には凍死体が一人出来上がってしまう。


「ああ、どうしようかのう。」


「んじゃ、ウチに泊まるか?」


「うん。ご飯も出す。」


 困っている老人にトールが自宅に泊まらないかと提案し、リーアも賛成する。流石に此処で見捨てれるのは薄情だし、元々広い家なので一人くらい余裕で泊まれる。

 それに二人きりで家に帰っても朝の練習の後の気まずい空気をそのまま持ち込むのは確実なので、老人を迎えて場を誤魔化したい。


「い、良いのかの?」


「別に構わないぜ。今更一人や二人泊めるのは。」


「うん、私も腕によりをかけて食べ応えのある料理を作りたい。」


「それじゃ、お言葉に甘えようかのう。」




 その後日が暮れる前に老人と一緒に自宅に戻り、夕食を食べた三人と一匹。今はリーアが嫌がるジャケットと一緒に風呂に入っており、リビングにはトールと老人だけになっている。


「何と!あの嬢ちゃんはお前さんのコレじゃないのか?」


 テーブルに座り、茶を飲んでいた老人が小指を立てる。


「違うよ。アイツは唯の居候。」


「じゃあ、手も出しとらんのか!?」


「いきなり何言ってんだ爺。手なんて出す訳ないっつの」


 泊めてもらえる事に老人が礼を言い、トールと雑談をしていたのだが、その際老人がトールとリーアを恋人同士と勘違いしていたのでやんわりと否定すると老人が驚き、大声を挙げる。


「いやいやいやいや、若い男じゃったらあんな綺麗な娘と同居していたら手を出すに決まっとるじゃろう。まさかお前さん、若いのにもう終わっとるのか?それともアッチ系か?」


「ぶっ飛ばすぞ、爺」


「儂が若い頃なんて、それはもう遊びまくったもんじゃ、右に左に縦横無尽に女を求めて世界中を回ったぞ。まあ、妻と結婚してからは完全に尻に敷かれて女遊びは出来なくなったがのう。」


 呆れた表情で老人と向き合いながら、トールもコップに注いだ茶を飲む。どうやら人の好さそうな老人に見えたが唯の遊び人だったようだ。


「それで、何でお前さんはあの嬢ちゃんに手を出さないんじゃ?」


「しつけえな、俺は盛りのついた犬かよ?」


「年頃の男なんてそういうもんじゃろう。」


「・・・」


 否定できないのが悲しい、トールだって多感な十五歳。そりゃもう興味津々だ、しかもリーアは基本寝る時とかは下着オンリー、色々と困るのだ。


「否定しないという事は、興味が無いわけではないんじゃろう?じゃあ、何じゃお前さん、あの嬢ちゃんを嫌っとるのか?」


「別に嫌ってるわけじゃねえよ。唯、アイツと俺じゃ色々と違うんだよ。」


「違う、何がじゃ?」


「確かにアイツは、リーアは美人だし、胸も大きいし、家事も出来て料理も上手い、おまけに胸も大きい。俺だって偶に意識する時だってあるさ。」


「何故胸が大きい事を二回言った?」


 実際、今日の午前の出来事によってトールは露骨にリーアの事を意識してしまっていた。


「でもアイツは空人で、本当なら浮島に住んでるのが普通なんだ。唯今は飛べないから仕方なく俺の家に住んでる。でもいずれ飛べる時が来て浮島に変える時が来る、そうなったら俺はもうリーアに出会うことは出来ない。浮島は俺達のような地上に住んでる奴らの入国を禁止しているから。」


「そうじゃな、過去の貴族共が馬鹿な真似をした所為での。」


 翼が生えた空人を珍しがった過去の貴族が行った愚かな行為、空人を襲い、攫い、観賞用の奴隷として扱った歴史から浮島は地上の人間が来ることを拒絶している。


「アイツが飛べた瞬間、もう二度と会えないってわかってるのに、それでもアイツを好きになって恋人になったらさ、辛いじゃねえか。」


「確かに、それは地獄じゃの。」


 グイッと茶の残りを一気に流し込むトールに老人は軽く笑みを浮かべる。その際「曾孫の顔はまだ先か。」と呟いていたのだが、トールは聞き逃した。


「ふう、お風呂空いたよ。」


 風呂から上がったリーアがタオルに包まれたジャケットを抱えながらリビングに入ってくる。流石に老人がいるからか、きちんとパジャマを着ている。

 翼がある所為で背中は大胆に開いているが、それでもドロワーズ一丁より大分マシだ。


「?二人してどうしたの?」


「「いや、別に。」」


 自分を見つめるトールと老人にリーアが首を傾げるが、二人はしらを切った。その後、誰がどこに寝るかでリーアがトールと一緒に寝たがり、それを老人が揶揄ったのだが、それはどうでも良い話である。




 リーアと何だか気まずい雰囲気になり、それを誤魔化す為に老人を自宅に泊めた翌日、老人は午後の便の船に乗り、無事故郷の島へと向かう事が出来た。

 そしてトールとリーアも一晩たち、多少落ち着いたことでいつもの関係に戻っていた。


「何だか分からないけど、仲直りしてよかったよ。」


「いや、別に喧嘩してたわけじゃないんすけど。」


 昨日の二人の雰囲気から、喧嘩でもしてたと勘違いしていた女将が安堵の溜息を吐く。今日も運ぶ荷物が少なく休暇を貰ったトールは女将の店で昼食を取り、現在は食後の紅茶をカウンター席でちびちびと飲みながら、同じく仕事が休みになり昼間っからカードゲームに興じている客の為にトライリュートで曲を演奏しているリーアを眺めている。

 彼女が歌った曲の中に多くの人を魅了する美貌と歌声を持つ歌姫の曲があったが、その歌姫がリーアだと言われても納得してしまう程、曲を奏で歌うリーアが魅力的に見えてしまう。 

 そしてふと、このまま彼女が空を飛べなかったらといった考えがトールの脳裏に浮かんでしまう。


「ああもう、何考えてんだ俺は!」


「どうしたんだい、思春期かい?」


「若いねえ。」


「うるせ。」


 相も変わらずツケを皿洗いで返却しているユリウスがトールを揶揄い、それに悪態を返すと”梟の止まり木”の入り口がゆっくりと開けられ、三人の男達が入店してくる。

 彼らの恰好は”梟の止まり木”には似つかわしくない物だった。三人組の中で中心に立っている男は十代後半の青年だろうか、小顔で切れのある端正な顔立ちで鋭い目つきと伸ばした金髪を後ろで纏めているのが特徴的だ。

 その恰好は貴族が着るような細かな刺繍が施された見事な一品で、流石に舞踏会に出るような派手さは無いが、素材やデザインから一目で高級品と分かるものだ。

 残りの両脇を守っている二人の男はどちらも同じ格好で派手さはないものの、しっかりとした素材を使用したもので恐らく、真ん中の男の護衛だろう。


「ふん。」


 中央の金髪の男が鼻を鳴らし、辺りを見回す。誰かを探しているようで暫く首を左右に動かしていると、歌っているリーアの方向に首を固定する。


「やはり、噂の歌姫は此処にいたようだな。」


 誰に言うでもなく、金髪の男は呟きながらリーアに近づいていく。演奏中に近づくなんてマナー違反にも程があり、周りの客も迷惑な視線を送っているのだが男は意にも返さない。


「貴方の歌、私の歌、共に奏でよう、、、ん?誰?」


 突然現れた男にリーアが歌を中断して尋ねると、そんな質問がされるとは思っていなかったのか金髪男はキョトンとした顔になり、二人組が身構える。


「ほう、お前、この俺様を知らないのか?」


「貴様、無礼だぞ!」


「この方は!」


「構わん、これはこれで新鮮で面白い、お前達は下がっていろ。」


 護衛らしき二人がリーアに突っかかろうとするのを金髪男が手を水平に掲げて制止する。


「普段だったら、不敬罪にしてやるところだが、猫なで声で迫ってくる女よりは余程マシだな。俺の名はアルフレッド、お前の夫になる男の名だ、覚えて置け。」


「はあ?」


「ふっ。」


 いきなり訳の分からない事を言い出した男に不信感を丸出しにするリーア、が金髪男ことアルフレッドはそれに気づいていないのか、若しくは勘違いしているのか、左手で髪の毛をかき上げる。

 優雅な動作だが、リーアからしたらウザいことこの上ない。


「最近、飛行機乗りの間で翼が生えた歌姫の噂が流行っていてな。興味が沸いた俺は普段ならこんな小汚い場所に足は運ばないんだが、着て正解だったようだ。噂通りの、いや、噂以上の美貌と歌声を持つ女と出会えた。」


「あっそう。」


「ふっ、照れるな。小鳥よ。」


 興味が無いリーアは適当に返事をするが、アルフレッドはそれが照れ隠しに見えたようだ。誰かコイツに眼科を紹介してやってくれ。


「そして一目見た瞬間に決めた。小鳥よ、俺の妻となれ。そして俺の鳥籠の中でその美しい歌を奏でろ。」


「ああっ?」


 リーアは翼があっても空を飛ぶことは出来ないが、この男は翼が無くても頭が飛んでいるらしい。部屋の隅の掃除をサボり、久し振りに掃除をしようとしたらゴキブリの死体を見つけたような。キッチンのシンクの黒カビが増殖しているのを発見したような、兎に角生理的嫌悪を抱くものに出会ってしまった表情を浮かべるリーア、答えは聞かずとも求婚の答えは分かる。

 ”ノー”だ。


「お断りします。」


「ふっ、そう照れるな、素直になれ小鳥よ。」


「素直にお断りします。」


「やれやれ、素直じゃないのも良いが、度が過ぎると嫌われるぞ。」


 リーアの顔に手を伸ばすアルフレッド、彼女の顎に触れ顔を持ち上げようとでもしたのだろうか、だがアルフレッドの手を掴み、妨害する者がいた。


「っ!何だお前は!?」


「あっトール!」


 アルフレッドの手を掴み、リーアに触れる事を阻止したトールにリーアが花が咲いたような笑みを浮かべる。




 

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