第21話
「退屈だな。」
誰に言うでもなく、飛行機の操縦席でフリッツは一人呟く。シャルルの命令で参加したレース、参加者のレベルは低く、簡単に一位に成ることが出来た。
先程、最下位になっていた者がジェットエンジンを使用して一位に躍り出ようとしたが、それも本人の技術不足でエンジンが暴走、機体が爆発し操縦者は緊急脱出をして棄権となった。
生意気な事を言っていた運び鳥のガキも結局は口先だけで、トップ3にすら入っていない。やはり運び鳥はプライドもない腰抜けだ。
「俺は絶対に負けない、あんな腰抜けどもなんかに、、、俺は、、、」
レースも終盤、ふと戦時中の記憶が蘇る。あれは自分が現役で周りから撃墜王としてもてはやされていた頃、ある哨戒任務を任された時だ。
楽な任務だと思っていた、自分に飛行機の腕で勝てるものなどいないと、常に軍での撃墜数のスコアは次席を引き離していたし、デュラスのパイロット相手に被弾したことも無かった。
だから多少油断していたのかもしれない、自分に挑む者なんていないと、仮に挑んできても返り討ちに出来ると。
『あ~あ。』
雲と青空が広がる晴れの日、敵の機影一つも見えず退屈の余り欠伸をしていた。そんな時だった、急に自分の頭上に影が出来た。
それに気づくと同時に背中に悪寒が走った、今すぐ気を引き締めろ、さもなければ死ぬと本能が訴えていた。そして頭上を見上げるとそこにはオーシャンブルーのデュラスの飛行機が逆さまの状態で自分の飛行機と並行して飛んでいた。
「あれは、今思い出しても恐ろしいな。」
唯一自分の戦歴に黒星を付けた相手、デュラスの撃墜王にして無敗の撃墜王、あれほど自分の死を覚悟し、そして燃えた勝負は無かった。
戦争が終わった後あのパイロットはどうなったのだろう?自分は撃墜王としてのプライド故運び鳥にはならなかったが、彼もそうなのだろうか?
もし彼が運び鳥になっていたら?もしそうなら、それは困る。なんせ自分に黒星を付けた相手なのだ。そんな人物がプライドを捨てた腰抜けになっていたら自分の名が廃ってしまう。
自分はあんな奴に負けたのかと、そんな屈辱を受け入れるわけにはいかない。
「三位にすらなれないか。」
ミラー越しに後ろを見るが、あの運び鳥のガキが乗る漆黒の機体は見えない。運び鳥を惨めなんかじゃないと言ったガキ、戦争を知らないでいられたのは自分やガルドが戦争を終わらせてくれたから、戦争の最前線で戦い、アルバスとデュラスで互いに憎しみが在りながらもそれでも次世代に憎しみを継がせないよう手を取り合った彼らとそんな彼らを立派だといったガキ。
見てるだけでイライラしてくる。何故イライラするのかは分からないが、本当に気に喰わない、さっさとレースに優勝してこんな島から出てってやろう。
そう決意を固め、スラストレバーを操作し速度を調整する。岩山に取り付けられた最後のフラッグが見える、アレの通過して右に曲がればもうゴールだ。
結局自分に勝て得る奴はいないと、そう確信し、周りのパイロットの腕の低さに嘆くフリッツ、そんな彼の操縦する飛行機に影が掛かる。
「っ!何だ!」
同時に背中に悪寒が走る、この感覚は以前にも味わった。そう、戦時中デュラスの無敗の撃墜王とドッグファイトをしたあの時だ。
まさか!と思いながら上を眺めるとそこには逆さまの状態でフリッツの機体を追い越すように猛スピードで飛んでいる漆黒の機体、トールが操縦する飛行機がいた。
「どういう事、アレは一体?」
最上階の部屋の窓からオペラグラスでレースを眺めていたルイネは、先程まで最下位争いをしていたトールの機体が急に加速し、瞬く間にフリッツの操縦する飛行機に追いついたことに驚きを隠せない。
「あ~、成程。確かにもうレースは終わりだし、勝てるにはそれしかないよね。」
一方の武骨な双眼鏡でレースを観察していたユリウスはトールが何をしたのか見当がついているようだ。
「貴方、殿下、いえ、彼が何をしたか分かるの?」
「うん、簡単だよ。トールは燃料を捨てたのさ。」
「燃料を?」
レースの主催者とはいえ飛行機に詳しくないルイネはピンと来ていないようなので、ユリウスは改めて詳しく説明する。
「飛行機って言うのは基本的に重い機体より軽い機体の方が速い、木で作った飛行機の玩具は飛んでブリキの飛行機の玩具が飛ばないのを想像してもらえれば分かりやすいけど、軽い方が浮かす力も前進する力も少なくて済むし、動かしやすいんだ。だからこういったレースでは軽い方が有利なんだ。」
「でもこのレースに使われている機体はどれも一緒よ。」
「うん、機体が同じだから重さも一緒だ。でも一つだけ飛行機を軽くする方法がある。プロペラを回すために動かしているエンジンに使われている燃料さ。トールはレースも終盤になって、余分な燃料は必要ないと考えたんだろうね。飛行機の給油口は操縦席からも操作出るからね。彼は本当に最後の数百メートルだけ飛べる燃料だけ残して、残りは予備燃料や冷却水ごと全部捨てて軽量化をしたんだ。中々思い切りが良いね。」
説明を終えたユリウスは双眼鏡越しに楽しそうにレースを眺めるが、一方のルイネは不安げだ。
「彼が追い上げた理由は分かったわ。でも今追い上げるのは、得策ではないのではないかしら?」
「う~ん、まあそれはそうなんだけど、でもトールだし、何とかするでしょ。」
そんな彼らを余所にトールはフリッツを追い抜き、一位に躍り出た。
「馬鹿か!」
自分を追い越したトールに驚くものの、その絡繰りに気付いたフリッツはトールの作戦に呆れていた。確かにトールの燃料を捨てて機体の軽量化を計るという作戦はゴールが近ければ中々良い手段だ。
ただそれは、コースが直線だった場合に限る。このレースのコースは歪んだ八の字で目の前にあるフラッグを通過したらすぐに右に曲がらなければならない。
しかし機体を軽量化し、全速力で飛んでいるトールの機体では直ぐに右に回ることが出来ず、大幅な迂回をしなければいけない、その間にフリッツはゴールして優勝だ。
一位に成ることに専念し対局を見誤ったトールが自分に追いついた瞬間、期待した自分が馬鹿だったとフリッツは溜息を吐く。優秀な飛行機乗りというのは唯速ければ良いと言うものではないのだ。
だが、そんな事はトール自身も気づいていた、気づいていた上で機体を軽量化させて一位に躍り出たのだ。
「ふう。」
岩山の上にあるフラッグが徐々に近づいてくる。タイミングは一度切り、これで失敗すれば最悪墜落の棄権だってある。
だがそんなこと知るか、こっちは常に飛行機に乗っている運び鳥、それが飛行機の扱いで負けてしまえばお終いのなのだ。
フラッグがどんどん近づいてくる、五十、四十、三十、今だ。
「行きやがれ!」
叫ぶとに同時に翼の端からワイヤーガンを射出する。フック上のアンカーは見事に岩山に突き刺さり、そのまま飛行機はフラッグを通過する。
本来であればそのまま大きく迂回をしなければ曲がれないが、飛行機と繋がったワイヤーにより岩山と離れることが出来ず、機体が岩山に引っ張られる。
その勢いを利用し、機体に急旋回を掛ける。操縦桿に折れそうな程力を入れ、ラダーペダルで翼の繊細な操作を行う。
このままいけば曲がれるが、問題は岩山に突き刺さったアンカーだ、もしこれが外れなければ岩山に衝突し、機体は大破、トールは死んでしまう。
「頼む!」
此処から先は運頼み、神に祈る暇はない。そうしてフラッグを右に曲がった瞬間、カチン!と音がしてアンカーが岩山から外れ、機体はそのまま前進する。
「よっしゃあ!」
見事賭けに勝ち、曲がり切ったトールの機体はそのままフリッツの乗る機体を大きく引き離し、スタート台であるとゴールでもある滑走路に着陸した。
トールが一位に成った瞬間、観客席から色とりどりのチケットが宙を舞う、予想が外れてしまった観客達がチケットを投げ捨てているのだ。
「しゃあ、ざまあ見やがれ!」
観客達に向って馬鹿にするような笑みを浮かべるトールに観客達も暴言を吐いてくるが、所詮は負け犬の遠吠え、むしろ聞いていて気持ちが良い。
「まさか、あんな方法で曲がり切るとはな。」
トールが観客達とヤジを飛ばし合っていると赤い機体に乗っていたフリッツもゴールし、滑走路に降り立つ。
散々見下し、蔑んでいた運び鳥のトールに負けたはずなのに、その表情は何処か憑き物が落ちたように晴れやかだ。
「もしあれでアンカーが外れなかったらどうするつもりだったんだ?」
「ん?そん時は墜落して終わりさ。でもまあ、此処はギャンブルの島、分の悪い賭けでも勝てる可能性があるなら賭けるしかないだろう?」
「っく、滅茶苦茶なガキだ。」
トールの言葉に思わず吹き出してしまうフリッツ。
「しかし、お前年の割に中々いい腕を持っているな。初めてのレース、初めて乗る機体、しかも不利なスターティンググリッド、それであそこまで追い上げるとは大したものだな。」
「応よ、何つったって俺の飛行機の操縦の腕は爺さん仕込みだからな。」
「爺さん仕込み?お前の祖父の名は何という?」
いくら機体を軽くしたからと言って、他の飛行機からの妨害をすり抜け一位に躍り出たトールの腕を賞賛するとそれは祖父のお陰だとトールは言う。
そう言えばトールの育ての親はデュラスの元軍人だとガルドから聞いた。一体彼の祖父は何者なのだろう?
「爺さんの名前?ジャック=フリーダムだけど。」
「ジャック=フリーダム、、、ははは、それは勝てないわけだ。」
祖父の名前を聞いてフリッツは腹を抱えて笑う。トールは急に笑い出したフリッツに困惑しているが、彼は知らない。
ジャック=フリーダム、それはフリッツが現役時代に唯一負けた飛行機乗りにして、デュラスの軍では伝説になっている無敗の撃墜王の名だ。
「さて、それではシャルル。彼らに謝罪をしなさい。」
”歓楽島”の中心にある塔の最上階の部屋、底に集まったトール達。島の主であるルイネはソファで寝そべり、トールとガルド達、彼らに対面しているシャルルを眺めている。
「っく、だが、しかし、ルイネ殿!私はアルバスの貴族で!」
「賭けに負けた以上、約束は果たして貰うわ。」
平民であるトール達に頭を下げることを良しとしないシャルルがごねるが、ルイネが鋭くにらみ一蹴する。
更に彼の両脇をルイネの部下である屈強な男達が固める。彼らはシャルルが謝罪をせず逃げ出さないよう監視しており、最悪の場合無理やりにでもシャルルに土下座をさせる者達だ。
「ぐぐぐ!、ぐうあ!くっそ!」
「早くなさい。」
「こ、この度は、、、」
「ちゃんと頭を下げて。」
「そうだぜちょび髭、それとも貴族様は頭の下げ方が分からないのか?」
歯が砕けるほど、食いしばるシャルル。何とか謝罪の言葉を口にしようとするが直立不動のままだったのでルイネの部下がシャルルの両腕と頭を掴み、土下座の体勢を取らせる。
「こっ!この度は!あなた方に多大な迷惑を掛けてしまい、申し訳ありませんでした!私が賭けで不正に得た金は全て払い戻しします!またドッグレースで怪我を負わせた犬は責任をもって!治療をいたします!っく、っく、くっそ!」
歯を食いしばりすぎて口から血を流すシャルル、散々貴族として平民を馬鹿にしてきた弊害だろう、それほどまでに下の身分の者に頭を下げると言った行為は彼に取って屈辱だったのだ。
「はい、よくできました。後コレもお願いね。」
「な、何だこれは?」
土下座をしたシャルルに冷たい視線を向けながらルイネが一枚の紙きれを彼に渡す、それは請求書で途方もない金額が書かれている。
「貴方が今までカジノで行ってきたイカサマ、、、いいえ子供の我儘でウチが負った被害総額よ。いい加減我慢の限界だったのよ。全額耳をそろえて払ってもらうわ。」
「ま、待ってくれ、こんな金額払える訳が!」
「貴方が今まで得てきた金を全額返金すれば余裕で返せるでしょ?なんせ貴方が得てきた金をそのまま返せと言っているのだから?」
ルイネの言葉にシャルルは目を反らす、何せギャンブルで得た金は全て酒や女遊びに使ってしまったから。
「返せないという選択肢は無いわよ。もし金を使ってしまって返せないなら、貴方の家の財産や調度品を売っぱらってでも、没落してでも払ってもらうわ。」
「それはあんまりでは!」
「散々好き勝手言っておいて何を言っているの?」
ギロリとシャルルを睨むと「ひいっ!」と小さく叫び、そのまま両腕を部下に捕まれ部屋を後にしていく。
この後彼がどうなるかは分からない。もしかしたら金のレートが地上の百分の一の地下世界で強制労働に従事するかもしれないが、それは散々好き勝手やってきた彼が悪いのだ。
「さてと、貴方達もこれでいいわね。」
「ああ、少なくとも金が戻ってくるなら俺達も文句はねえさ。」
「これで母ちゃんに怒られずに済む。」
「俺なんか、金が戻ってこなかったら次の給料日まで海水から作った塩と水だけで生活するところだったぜ。」
ソファーに寝そべったままルイネは視線の向きをガルド達へと変える。トールと視線をあまり合わせないようにしているのはユリウスに釘を刺されたからか。
「それじゃ、さっさと島を出てくれるかしら?貴方達が騒ぎを起こして色々と面倒な後片付けとかが残っているのよ。」
「ん?おお、そうだな俺達も仕事を終えたし、野郎どもさっさと帰るぞ。」
「ういーっす。」
部屋を出ていこうとするガルド達だが、トールは部屋を出る直前で立ち止まる。
「おい、どうしたトール?もう帰るぞ。」
「あの、本当にすいませんでした!」
部屋を出ていかないトールにガルドが退室を促すと、トールが腰を直角に曲げルイネに謝罪をする。
「えっ!何!急にどうしたの!?」
トールの正体を知っているルイネからしたら、彼に頭を下げさせるなんて心臓が止まる程の無礼に値してしまう。
「この島では喧嘩とかの揉め事はご法度なのに、俺が短気な所為で大事になって沢山迷惑かけちまったのに、それでもあんな甘いを処罰にしてもらって、本当に喧嘩をしてすんませんでした!」
地面に膝を突き、頭を下げる。トールは確かに貴族は嫌いだが、だからと言って貴族相手に礼儀を欠いているわけではない。貴族に助けてもらったらちゃんと礼はするし、自分に非があり相手に迷惑を掛けたらちゃんと謝罪もする。そこは厳しい祖父の教育の賜物だ。
「わ、分かったわ。私もシャルルの横暴には腹が立っていたし、それに貴方達を利用したような形だから、殿下、いえ貴方が頭を下げる必要は無いのよ。」
客観的に見れば平民が己の無礼を貴族に謝罪している状況なのだが、もし此処に本人も知らないトールの正体を知っている者がいれば泡を吹いて倒れていただろう。
ルイネは慌ててソファから立ち上がり、トールの謝罪を止めさせる。
「ふう、心臓に悪いわね。兎に角、私は気にしていないのだから貴方も罪悪感を抱える必要は無いのよ。」
溜息を吐きながらトールの頭を撫でるルイネ、その表情は何処か此処にいない誰かに思いをはせているようだった。
その後、早く帰って欲しいルイネに急かされ飛行機を停めてある一般の飛行場に戻っていたガルド達、そこである人物と出会う。
「フリッツ、お前どうした?こんなとこで?」
そこにはてっきりシャルルに付き添い、既に島を出ていたと思われるフリッツがいた。
「お前が此処にいるって事はあのちょび髭も、、、いねえな。」
「ああ、ついさっきアイツからはクビを宣告されたんでな。多分レースに負けたからだろうな。」
フリッツがいるという事はシャルルもいると思ったのだが、どうやら職を失ったらしい。その割にはスッキリとした表情だ、シャルルをアイツと言っていたあたり内心シャルルをどう思っていたのか察せられる。
「じゃあ何で此処にいるんだよ。」
「いや、その、謝罪だよ。散々お前達を馬鹿にしてしまったからな。」
頭を下げるフリッツ、正直彼の気持ちも理解していたガルド達は別に怒ってはいない為謝られても困る。
「ああ、気にすんなよ。よくある事だしよ。それでお前はこれからどうするんだよ?クビになったんだろう仕事?」
「まあ、これであの貴族の我儘を聞く必要もなくなったし、暫くは気ままに旅でもするさ。」
「食い扶持に困ったらウチに来いよ。お前みたいな優秀な飛行機乗りはいつでも歓迎してるぜ。」
自由の身になったからか、それともレースで負けたからなのか出会った当初から考えられない程穏やかな空気で軽口を叩いているガルド達、しかしそこに呼んでもいない、寧ろさっさと失せろと言いたくなるような人物が現れる。
「お前達、よくも私にあんな屈辱を!許さんぞ!」
「あっちょび髭。」
「まだこの島にいたのかよ。」
現れたのは口やら鼻やら目から血を垂れ流し、病院行けと言いたくなるような状態のシャルル。更に彼の後ろには屈強な男達が十人程トール達を睨んでいる。
「貴様達の所為で私の誇りと人生は滅茶苦茶だ。フリッツ!貴様もだ!貴様がレースに負けなければ私はあんな屈辱的な真似をする事は無かったのだ!許さん、許さんぞ!貴様ら!」
血走っているどころか、眼球の血管が切れているのでは?と思う程真っ赤に染まった目で睨んでくるシャルル。
どうやら自分に屈辱を与えたトール達が許せず、残った僅かな金で荒くれ者達を雇って復讐をしようとしているらしい。
「どうする、おやっさん?」
「どうするもこうするも、これ以上この島で騒ぎを起こしてあの貴族の姉ちゃんに迷惑を掛けるわけにはいかねえからな。」
正直言えばシャルルを含めた荒くれ全員を海の藻屑にするくらいは朝飯前なのだが、さんざんルイネや他の客に迷惑を掛けてしまった手前、これ以上トール達が島で騒ぎを起こす訳にはいかない。
「さあ、いけお前達!」
「ちゃんと金は払ってくれるんでしょうね?」
「ああ、勿論だちゃんと五千クラウきっちり払ってやる!」
「忘れんなよ。そんじゃあ爺さん達、ちょいと俺らの酒代の為に死んでくれや。」
手出しをしてこないトール達を数の差でビビッていると勘違いしたシャルルが口角を挙げ、笑みを浮かべながら荒くれ者達に命令する。
指をポキポキと鳴らしながら迫ってくる荒くれ者達だが、彼らはトール達に殴り掛かる事は出来なかった。
「ちょいとお客さん、何やってるんですかい?」
「此処じゃ、喧嘩はご法度ですぜ?」
ガシッ!
荒くれ者達とシャルルの肩を掴む突如大量に現れた黒スーツの男達、全員スキンヘッドでサングラスを掛けて筋骨隆々の肉体だ。
「やれやれ、何かしでかすだろうとルイネ様から言われていたが。」
「まさか本当にするとはな。」
見た目は完全にヤクザかマフィアの彼らは、プライドを傷つけられたと思っているシャルルがトール達に変な真似をしないようにルイネによって彼らを守るよう命令された護衛の集団である。
「な、何だ貴様ら離せ!」
「そんじゃ、ちょっと事務所まで来てもらいましょうか。」
「ま、待ってくれよ。俺はそこのちょび髭に金で雇われただけで無関係なんだよ。」
「雇われた時点でもう無関係じゃないよなあ。言い訳は事務所で聞くから、さっさと来い。」
そうして連れていかれるちょび髭達、ああ何と無残かつ無様か。
「っぷ、はっはっは。」
「ぎゃーはっはっはっは!」
「おいおい、あっさり終わっちまったぞ。」
彼らの余りにも呆気ない終わり方に笑い出してしまうトール達、こうして”歓楽島”での騒動は終わりを迎えた。
「あ、お帰りトール。」
「おう、ただいま。」
”歓楽島”から戻ってきたトール達は受付で依頼完了の報告をすると、流石に疲れたのでそのままそれぞれの家へと帰った。
トールが自宅の玄関の扉を開けると丁度夕食の準備が終わったのか、スープが入った鍋を両手に抱えたリーアが出迎えてくれる。
「今日は遅かったね。」
「まあ、色々と騒動に巻き込まれてな。それで、えっと。」
「?どうしたの?」
スープが入った鍋をテーブルの中心に置くリーアが何処か歯切れの悪いトールを見つめる。
「実は今日から居候が増える事になっちまったというか、引き取ったというか。」
「どの女の子を引っ掛けてきたの?」
「違う!」
自分がいるにも関わらず!と言いたげな目つきでトールを睨み露骨に不機嫌になるリーア、別に恋人でもないので否定する必要は無いのだが、慌てて否定するトール。
そんな二人の間を一匹の犬がトテトテと通り過ぎる。
「ワフッ!」
「何、このワンちゃん?」
「コイツが今日からウチの新しい居候だ。」
そこにいたのは騒動の発端となったドッグレースにて、シャルルのズルにより強烈なフラッシュにより目にダメージを負ってしまった犬だった。
実はシャルルが連れていかれた後、色々あってルイネの元に向かったのだが目の治療に長い時間が掛かる事、更にフラッシュをたかれた恐怖でドッグレースに出られなくなっている事が判明し、このままでは殺処分の可能性もある事が分かり、トールが引き取る事にしたのだ。
「そうなんだ、それでこの子の名前は?」
「名前か、そうだな、、、」
顎に手を当てて思案する。折角なのだからかっこいい名前を付けてやらねば。
「ジャケットって名前はどうだ。」
「ジャケット、良い名前。これからよろしくね。ジャケット。」
「ワンッ!」
勢いよく犬、いやジャケットが吠える。どうやら本人も気に入ったようだ。因みにジャケットはメスである。
「じゃあ、ご飯にしよう、早くしないと冷めちゃうから。」
「いやあ、今日は色々あって疲れて腹ペコだぜ。」
「ワンッ!」
「ああ、大丈夫だよ。ちゃんと帰る前にドッグフードも買っておいたから。」
祖父が亡くなった後、一人暮らしで静かになっていた家だったが、今はリーアとジャケットにより騒がしくなっていた。
しかしトールにとってそれはとても心地が良く、彼の寂しさを埋めてくれた。
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