第20話
”歓楽島”の中に数多と存在するギャンブルの中でも一番の目玉と言っても良い飛行機レース、島の周囲にあるコースを周回し、その順位を競うという至極シンプルなルールだが他の飛行機レースと異なり武器の使用が可能であり、それによって他の飛行機レースとは一線を画す盛り上がりを見せ、多くの観客達を魅了すると同時に財布から金を根こそぎ奪っていく。
「何で俺だけこんなにもオッズが高いんだよ。」
そんな目玉レースに急遽参加したトールは、自分が乗っている飛行機と同じように派手な改造が施されている飛行機が並ぶスタート台の滑走路の横に掲げられているオッズ票を見て不満を口にしている。
トールとフリッツ以外の参加者はこの飛行機レースの常連で、多少のオッズの差は有れど極端に倍率に差があるわけではない、その中でトールだけ明らかに倍率がおかしかった。
他の選手は大体数倍から十数倍なのにトールだけ、倍率が二百倍になっている。いくら何でも大穴にも程がある。
普通に考えれば急に参加してきた選手なんて素人も良い所なので勝利が期待できず、倍率が高くなるのは納得できる。
だが、倍率が二百倍になっているのはトールだけで同じく飛び入りしたフリッツは倍率が2.5倍と中々の上位に食い込む評価をされている事に納得できない。
更に言えばスターティンググリッドはトールが会場の外側で一番最後尾になっており、最初から不利になってしまっている。
「これもあのちょび髭の所為か?」
一瞬、ムカつくあのちょび髭の顔が思い浮かぶが頭を振って追い出す。
「残念だったな。同情はするが手加減はしないぞ。お前達のような腰抜けと俺が違うという事を証明するためにな。」
一方のポールポジションに位置しているフリッツはそんなトールを哀れみながらも自分がトール達運び鳥とは違う事を自らに証明する為、手心を加えるつもりはなかった。
「抜かしてろ、そういうアンタこそ、そんな最高のポジションで俺に負けて吠え面かいても知らねええぜ。」
「ほざけ、ガキが。」
まもなくレースが始まる。スタート台の周辺には階段状の観戦席があり、色とりどりのチケットを持った観客によって席が埋まっている。
彼らが手に持っているチケットは受付で購入した掛札であり、その色によって誰に賭けたかが分かるようになっている。
因みにトールの色は黒で、黒色のチケットを持っている観客はトールが見る限り一人もいない。
「畜生、ぜってえ一位に成ってやるからな。」
此処まで期待されていないと逆にやる気が上がってくる。いいだろう、一位を取ってやってあのちょび髭を土下座させて、お前らの金をドブに捨てさせてやろう。そうして自分に賭ければ良かったと後悔するが良い。
そうしていよいよレース開始の時間になり、脇に設置されているライトが点灯する。
「おっと、危ねえ。」
操縦席の鍵穴に借りたキーを刺して、機体のエンジンに点火する。トールが愛用しているスパローDb02カスタムと異なり、スターターが内蔵されている為スターティング・ハンドルによる点火作業は必要としない。
「ふう。」
キャノピーが無い為、ゴーグルを被り息を整える。飛行機の操縦の腕には自信があるが、初めて乗る飛行機でしかもスタート位置は最悪、不利な状況には変わりなく、もし油断をしていたらあっという間に再開になってしまうだろう。気を引き締めなくては。
滑走路に併設されている縦五つの信号機の一番上が赤く光り、そこから順番に下のランプが点灯していく。
いよいよ最後の一つ、一番下のランプが緑色に点灯すると同時に、滑走路に並んでいる飛行機のプロペラが回り、前進する。
此処で出遅れたら逆転は難しいだろう。
「いっけえええ!」
トールもスラストレバーを操作し、機体を前進させる。他の飛行機とぶつからないよう飛行機を飛ばすという中々に難しい作業だが、トールにとっては造作もない。
そのまま機体は宙に浮き、大海原へと飛翔していった。
「一週目は二位を目指して、ペイント弾を手に入れるか。」
”歓楽島”の中心にある塔の最上階の部屋で遂に始まってしまったレースを窓から眺める島の主であるルイネ、彼女の横には真剣な表情のユリウスが立っており、彼もまたレースを見守っていた。
「貴方がこの島に来たという事は、そういう事なのね。」
「ま、そうかな。それにしても君が気づいてくれたお陰でこっちの事情を説明する手間が省けたよ」
説明、とユリウスは言ったが、もしトールの正体に気付かなかったら、きっとこの男は脅しを仕掛けてきたであろうとルイネは考えていた。
窓から視線を外し、椅子に座りテーブルを挟んで対面する二人。
「まさかあの噂が本当だったとは、思いもよらなかったわ。」
「僕としては彼の正体に気付いた君の方が驚きなんだけどね。どうやって気づいたの?」
「顔よ。」
「顔?」
紅茶を傾けながらルイネが答える。
「私は幼い頃、女給見習いとして王宮で働いたことがあるわ。勿論王宮で働いていた以上、陛下の顔もご存じよ。」
「だとしても、普通他人の空似とか考えない?」
「他人の空似?冗談はやめて、アレは生き写しというのよ。」
「生き写しか、、、やっぱりあの方の顔を知っている人が見たら気づいちゃうのか。」
今までトールが出会ってきた貴族は基本的に男爵や子爵と言った低い階級の者達やデュラスの貴族であった為、彼の出自が露見する事は無かった。
”歓楽島”は公爵家が管理している島の為、念のため後を着けてきたが正解だったようだ。
「それで、代々王家の護衛を担ってきた一族出身である貴方の目的は何かしら?」
「彼の正体に気付かないようだったら、適当に挨拶をして脅しを賭けようと思ったんだけどね。君は彼の正体に気付いたようだから、お礼と忠告かな。まずは、今回のレースについてありがとう。彼の正体に気付いて守る為、あんなに甘い処罰にしてくれたんだろう?」
「ふん。」
自分の考えを当てられたことにルイネが不快そうに鼻を鳴らす。そう、ユリウスの言う通り、ルイネがトールに対してレースに勝てなかった際の処罰を甘くしたのは彼女がトールの正体に気付いたからだ。
もしあそこでシャルルの頼みを優先し、トールの首を切っていたらシャルルとルイネは王家を敵に回すことになっていただろう、かと言ってシャルルに事情を説明するわけにもいかないのでレースで白黒つけることを提案したのだ。
また彼の存在が他の貴族に知られるとアルバス国内で火種になるかもしれないと考え、負けた際のペナルティとして自分の傍に置き、彼を守ろうと考えていた。
「それで次は忠告なんだけど、、、トール自身は自分の出自を一切知らない。赤ん坊の頃に飛行機事故に巻き込まれて運び鳥に育てられて以来、彼は運び鳥として生きている。きっと彼に出自を明かしても彼自身は冗談だと一笑するだけだろうね。元陛下や現女王陛下もそんな彼を政治の道具にしたくないと、貴族同士の醜い争いに巻き込みたくないと考えて敢えて放置して僕を護衛に置いているんだ。もし君がそんな彼らの思いを踏みにじって、トールの情報を他の貴族に売ったり、君自身がトールを政治の道具に使おうものなら、、、後は分かるよね。」
ニッコリと笑うユリウスだが作り笑顔であることは明白だ。もし此処で彼の忠告を聞かなかったら、その笑顔は一瞬で悪鬼へと変貌するだろう。
「私も王家を敵に回すほど愚かじゃないわ、彼を手元に置こうとしたのも彼を守る為だし、彼を利用して何かしらを企んだりなんてする訳ないわ。」
「本当に?」
鋭い目つきで睨むが、ルイネは視線を外さない。
「・・・わかったよ、君の言葉を信用しよう。後はレースに付いてだけど、これはトールの頑張り次第だね。」
窓から外の景色を眺めるユリウス、彼の視線の先には中間の順位を維持しているトールが写っていた。
「さてと、どうなるかね?」
観客席から飛び立った飛行機を見送るガルド達、もしこのレースでトールが一位に成らなくてもフリッツが一位に成らなければお咎めは無し、そう考えれば気楽に参加しても良いレースなのだが、運び鳥として普段から飛行機を操縦している以上、負けてしまえば面子が丸つぶれだ。
そんなトールを心配するガルド達だが、彼らの手元に掛札のチケットは無い。その前のドッグレースまでの賭けでシャルルの妨害にあって見事にスッてしまったのだ。
「そう言えばガルドは誰に賭けるつもりだったんだ?」
ガルドの同僚の一人が、もし此処に金があれば誰に賭けるかを問う、だがその質問は無意味だろう。仲間であるトールに賭ける以外選択肢は、、、
「ああ、そりゃフリッツに決まってるだろが?」
「トールには賭けないのかよ?」
「おいおい、あんな大穴。狙うわけねえだろう?」
「違えねえ。」
薄情な連中である。金をかけていない分、純粋にガルド達がレースを楽しんでいると数人分の距離が離れた場所の席にシャルルがわざとらしく、大仰な動作で音を鳴らしながら座る。
「ふん、ぎゃあぎゃあと煩いな。下品な笑い声で騒ぎ立ておって、これだから運び鳥と近づくのは嫌なのだ。」
だったらそこに座らなければ良いだろう馬鹿野郎と吹っ飛ばしたくなるが、これ以上騒ぎを起こす訳にもいかないのでガルド達は会話を止める。
「貴様達はあの生意気な小僧が勝てると思っているようだが、それはあり得んよ。なんせフリッツがレースに出ているのだからな。」
既に米粒ほどの大きさに見えるくらい離れた場所にいる飛行機群、そのトップを独走しているのはフリッツであった。
「先程も言ったがあの男は現役時代、撃墜王として名を馳せたエースパイロットだ。そん所そこらの飛行機乗りが勝てると思ったら大間違いだぞ。」
「でもアイツは一度だけ負けた事があるぞ?」
同じ軍に所属していて、軍属時代の彼の経歴を知っているガルドが得意げそうにフリッツを自慢するシャルルに皮肉気な笑みを浮かべて睨む。
「確かにフリッツは俺らの間じゃ最強だったさ、でもなデュラスのあるエースパイロットには手も足も出なかったんだぜ。何せアイツ自身が『あのオーシャンブルーの飛行機には逆立ちしたって勝つことが出来ない』って認めたんだ。フリッツは撃墜王であっても、無敵の撃墜王じゃなかったんだぜ?」
「それがどうした!そんなものこのレースには関係ないだろう!」
自慢の子飼いのパイロットを侮辱され、席から立ち上がるシャルルを小馬鹿にするようにガルド達は笑みを浮かべる。
「さあ、それはどうだろうな?」
レースのコースは直線で描いた歪んだ八の字のような形になっており、それぞれの頂点に相当する箇所に岩山が存在する。
レース開始から四十分、全てのフラッグを通過しスタート台の滑走路へと戻ってくる飛行機群。二週目へと突入し、掲示板に順位が張り出されていく。
順位は一位が赤い機体に乗っているフリッツ、二位が深緑色の飛行機、三位がトールの乗っている黒色の飛行機だ。
「流石にそう簡単にはいかないよな。」
二位を狙っていたが、三位になってしまったことにトールは己の見通しの甘さと自惚れを反省する。滑走路を通過すると操縦席にある計器類の内のランプが一つ点灯する。
これはスタート台の滑走路を通過すると自動的に飛行機から順位が信号で会場に送られ、その順位に合わせて使用可能な武器の信号が飛行機に送られ、その武器のランプが点灯するのだ。
トールが使用できる武器は閃光弾。使用できる武器は使わなければ次のラップに持ち越しできる為、今ここで閃光弾を使うか迷う。
最終ラップで使用して他の飛行機を妨害するという手もあるが、二週目で前を飛んでいる飛行機との距離が離れてしまえば最終ラップで使っても余り意味がない。
「うお、危ね!」
トールが閃光弾の使い道に迷っていると、後方からもの凄い追い上げでレモンイエローの飛行機がトールの横を通過していく。
その機体は最初のラップ終了時で最下位だった飛行機で、後部に付けられた二本の筒から猛烈な勢いで炎を吹き出している。
「何だあ、ありゃ?」
トールの見た事の無い方法で一気に上位へと食い込んだレモンイエロー、彼は知らないがアレは一部の軍の上層部しか知らない燃料を燃やして加速するジェットエンジンと言う物で、まだ試作段階の物をルイネが権力を駆使して手に入れ、レース用の飛行機に組み込んだものだ。
どうやらレモンイエローのパイロットは最下位になる事で使えるジェットエンジンで二週目から一位に躍り出る作戦らしい。
パージされるジェットエンジン、前方から向ってくる二本の筒をトールは慌てて避ける。三位から四位に下がってしまったトールだが更に彼が操縦する飛行機が急に速度を落とす。
スラストレバーは操作していない、速度を落としたというよりも後ろに引っ張られるかのような感覚であわや墜落してしまうかもしれないという状況で何とか操縦桿とラダーペダルを操作し、機体を安定させる。
「おいおい、マジかよ。」
何事かと後ろを見ると自分の飛行機の後部にフック状のアンカーとワイヤーが絡みついており、その先はトールの飛行機の真後ろを飛んでいる飛行機の翼の端に繋がっていた。
本当に後ろに引っ張られていた事に驚きながらもワイヤーを振りほどく為、飛行機の速度を上げながら回転させ、ついでに閃光弾を後ろに放つ。
突然の強力なフラッシュと解かれたワイヤーが機体の前面を直撃し、後ろを飛んでいた飛行機の高度が下がっていく。どうやら当たり所が悪かったようでエンジンにダメージを受けたのか、これ以上は飛べないらしい。
もしあのままワイヤーが解けなかったら、自分も墜落していたかもしれないと思うとゾッとしてしまう。
息を吐きながら、前方を向くが先程の攻防で大分順位が落ちてしまい、今は八位になってしまった。一方のフリッツは二位と三位から華麗に逃げ切り、一位をキープしたままだ。
「これは、、、不味いかな。」
自分が負けるかもしれない事が現実味を帯びてきて、トールは焦り始める。
最高級の茶葉で入れられた紅茶を飲みながらユリウスは二週目に突入したレースを眺める。
「う~ん、これはトールが負けるかもしれないかな?」
元々レースに参加したことも無いうえに、慣らし運転をする時間もなかったのだ。慣れないルールに慣れない機体。いくらトールの飛行機を操縦する技術が高くてもこれは仕方ないと言えるだろう。
「そうなったらトールは君の奴隷だねえ、ハッハッハ、貴族の奴隷になる王族なんて初めてだよ。」
「自分が守るべき人が奴隷になるかもしれないってのに、暢気ね貴方は。」
「君になら安心して任せられるし、僕も楽が出来るからね。」
「それ、貴方の一族的に絶対に言ってはいけない言葉ね。」
「ハッハッハ。」
おちゃらけるユリウス。彼としてはトールの身の安全が保障できればそれで良い為、負けた所でルイネに保護されると分かってる以上、心配する必要は全くないのだ。
「おいおい、どうしたお前達の自慢のパイロットはあっという間に順位を落としてしまったぞ?一方のフリッツは今も一位を独占している。これはもう勝負は決まったも同然だな!」
両隣の席の背もたれに腕を掛け、高笑いをするシャルルにガルド達は何も言わない。
「おんやあ、どうしたのかな?もしかして、自分達の当てが外れて何も言えないのかな?う~ん?どうする、今ならこの場で全裸で土下座をすればドッグレースでの不敬を許してやらん事もないけどなあ?誇りのないお前ら運び鳥なら簡単にできるだろう?」
つまりそれは土下座をしても許さない事もあるという訳だ、そしてこの男は絶対に許さずに嘲笑うタイプの糞人間だ。
「何か言ったらどうだ?おい、無視するんじゃない?このままいけばあのガキは奴隷になるんだぞ?無視するなんて薄情じゃないのか?」
ガルドの頭をバンバン叩き、煽りに煽るシャルル。だが、ガルド達は真剣な表情のままレースを眺めている。
「おい!いい加減何か言え!」
そして無視されることに我慢が出来なくなったシャルルだが、ガルドが鋭く睨み返し、「ひいっ!」と怯え、のけぞる。
「まだ勝負はついてねえ、黙って最後まで見てろ!」
礼儀を弁えない態度にいつものシャルルであれば、「不敬だ!」と騒ぎ立てたかもしれないが、元軍人のガルドの迫力に権力を振りかざすしか能がないシャルルは太刀打ちすることが出来なかった。
最終ラップの三周目へと突入する。フリッツは一位を独占し、二位以下の攻撃を華麗に避ける。一方のトールは四位で順位は上がらないが、追い上げようとする五位以下を引き離そうと必死だ。
「こりゃ、一か八かの勝負に出るしかないか?」
今トールが使える武器は閃光弾一発と順位が四位に繰り下がったことで使えるようになったガス圧でワイヤーの先端に繋がったフックを打ち出すワイヤーガンだ。
既に最短のコースは覚えた。このワイヤーガンをある場所で使えば、一気にトップに躍り出ることだって可能だろう。
だがそれは一歩間違えば墜落した挙句、死ぬ可能性だってある。
あのチョビヒゲ貴族に負けるのは悔しいが、かと言って命を賭けるほどのものか?自分が考えた一発逆転の策を実行するか迷うトール、やがて答えが出る。
「そうだよな、ここはそういう場所だよな。」
ここはギャンブルの島、だったら答えは一つ。例えどれだけ危険だろうとそれに賭けるべきだ。
「一丁、やりますか!」
トールは覚悟を決めるとスラストレバーを全開にし、プロペラの回転速度を上げた。
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