第19話

「ルイネ様、本当に宜しかったのですか?彼らは島のルールを犯しました。それなのにあのような甘い処罰で?」


 トール達とシャルル達が出て行った後、側近のメイドの一人が主であるルイネに苦言を呈する。


「特にあの運び鳥、、、実質負けても処罰が無しではありませんか。」


 どちらも一位に成れなかったら処罰無し、シャルルが勝ってもトールがルイネの奴隷になるだけ。奴隷というと酷使された挙句、使い捨てられるイメージが強いがメイドはルイネがそのような人物ではない事は良く知っている。


「色々と事情があって下手に罰を下すことは出来ないのよ。それにできれば彼は私の手元に置いて守ってあげたいの。」


「守る?誰からですか?」


「ルイネ様、失礼します。」


 部屋の扉がノックされる、この声は部下だ。


「どうしたの?」


「それが、ルイネ様に会いたいという御仁がおりまして、服装からしてやんごとなき身分の方であるというのは分かるのですが、、、何分アポイントメントがありませんので。」


「誰?名前は?」


「”ユリウス”と名乗っておりました。」


「ユリウス、、、直ぐに連れてきなさい。」


「はっ!」


 そうして待つこと数分、部下が件の人物を部屋に連れてくる。


「やあ、始めまして。」


 そうやってルイネに気軽に声を掛けながら部屋に入ってくる人物、真っ白な肌に同じく真っ白な髪、藍色の瞳が特徴的な女性と見間違う容姿の青年。

 いつもは”梟の止まり木”でツケで飯を食べているユリウスであった。




「これがレースに使う飛行機か。」


 ルイネの部下に案内されて、レースに使われる飛行機の格納庫へと向かったトール達、彼の目の前には一機の漆黒の改造が施された飛行機がある。

 ベース機がもはやわからないくらい改造されているが、かろうじてレース仕様の飛行機を使用している事だけは分かる。

 飛行機の外装には機関銃やスモークディスチャージャー、機体後部に設置された謎の金属製のケースなどゴテゴテしい装備が後付けされている。


「レースはあと一時間で開幕だが、生憎慣らし運転をする余裕はない。残念だったな。」


 ルイネの部下が同情するが、生憎こんなことでへこたれるような可愛げのある性格をトールはしていない。


「それで、レースのルールは知っているのか?」


「いや、全然、これっぽっちも知らねえ。」


「よくそんな状態でレースに出ようと思ったな。」


 全くである、ルイネの部下が「ハァ、」溜息を吐きながらもルールを説明する。


「先ず勝利条件だが、この島に隣接する岩山にフラッグが立ててある。それをコースに見立てて三周して最後にトップを走っていた飛行機が優勝となる。コースはこっちの地図を見て確認しろ。そしてこのレースの最大の特徴だが、一周するごとに順位によって様々な装備が使えることだ。」


「装備?普通に飛行機を飛ばすんじゃないのかよ?」


 部下に詳しく話を聞くと、歓楽島の飛行機レースは観客を盛り上がらせるために飛行機に武器を搭載し、より派手なレースにしているらしい。

 唯、自由に武器を使えるわけでもなく、各ラップ毎の順位に合わせて使える武器が決まるらしい。一位の飛行機は武器は使えず、二位は後方にばら撒く小さなペイント弾、三位は前方と後方どちらかに選択して撃てる閃光弾など、順位が下がっていく毎に使える武器の性能が高まり、これにより一発逆転が可能らしい。

 またパイロット側も敢えて最終ラップまで一位を狙わず、目当ての武器を手に入れてから他の飛行機を妨害して、一位を狙うといった頭脳プレイが必要になるそうだ。


「殺傷性のある武器は使っていないが、それでも墜落の危険があるかもしれないから気を付けろ、それじゃあレースが始まるまでの残り時間は好きに使え。」


 そう言って格納庫から出ていく部下を見送り、改めて地図の確認と機体の整備を行う。


「ふーん、ちゃんと整備はしてあるんだな。」


 操縦席に乗り込み、操縦桿やスラストレバー、ラダーペダルの手ごたえを確かめる。うん、下手な細工はされていないようだ。

 それと途中で燃料切れにならないように燃料計なども確認しなくては。


「まさか本当にそんな若造にレースを任せるとは思わなかったぞ。」


「アンタは、、、」


 格納庫にある他の飛行機の中、自分が乗り込む機体のチェックをしていたのだろう、今回のレースの相手であるフリッツがポケットに手を突っ込みながら声を掛けてくる。


「俺はてっきりガルド、お前が出てくるんじゃないかと思っていたが、勝負を捨てたか?」


「抜かせ、コイツの腕はな、運び鳥の中でも随一なんだよ。」


「運び鳥の中?はっ!笑わせるな。あんなプライドもない腰抜け連中の中で一番だなんて、何が誇れるって言うんだ?ガルド、お前も本当は唯俺と勝負するのが怖くて逃げだしただけだろ?」


 ガルドの台詞を鼻で笑うフリッツだが、何処か自嘲しているような雰囲気でもある。


「おいオッサン、アンタもあのちょび髭も何かやたらと俺らを馬鹿にしているけど、何か恨みでもあんのか?」


「恨み、、、だと?」


 操縦席から声を掛けたトールをフリッツはギロリと睨む。


「それにアンタだって、あんなちょび髭の部下なんかになって、俺からしたらアンタだってプライドの無い、、、」


「お前達と一緒にするな!」


 突如、激昂し叫ぶフリッツ、金属板で作られた格納庫に彼の大声が響く。


「国から裏切られ、職を奪われ、終戦後の混乱としていた世界の中で今日食べる飯にもありつけない中、お前達はどうした!?自分達から裏切った癖に上から目線で助けてやるとかほざく国のお偉いさんに頭を下げて、デュラスの奴らと手を組んで唯の使いっ走りになりやがった!何人もの上官や友人が奴らに殺された!大切な者を失った!それなのにデュラスの奴らと手を組むだと、ふざけるな!」


「お、おい、フリッツ。」


 今まで溜まっていた鬱憤を全て吐き出すかの如く、恨み言を叫ぶフリッツにガルドが宥めようとするが彼は止まらない。


「でも俺は違う、俺は奴らへの恨みを忘れない!お前達腰抜けのようにならずプライドも捨てずに生きてきたんだ!俺はお前達を認めない!あの苦しい戦争を忘れて惨めに暮らしているお前達を認めてなるものか!」


「違う、おやっさん達は惨めでもなけりゃ、プライドを捨てたわけでもねえ!立派な人達だ!プライドが無えのはアンタだろ!」


 ガルド達を馬鹿にされ、トールも反論する。


「戦争を知らないガキが!偉そうなことを抜かすな!」


「ああ、そうだよ!俺は戦争を知らねえよ!でも、でもよ、俺が戦争を知らないでいたのはおやっさん達やアンタ達が次の世代に戦争をさせないようにしてくれたからだろう!」


「・・・!」


 馬鹿にされたことに顔を歪ませたフリッツだったが、トールの放った言葉によりハッとした表情を浮かべる。


「確かに俺は戦争を知らねえから、アンタやおやっさんの苦しみは分かんねえさ。けどよ、昨日まで殺し合っていた連中といきなり仲良くしろなんて言われて、はいそうですか、なんて普通にできることじゃねえくらいは分かるぜ。」


「お前、、、」


「俺は赤ん坊の時に運び鳥の爺さんに拾われて、ずっと運び鳥島で育ってきた。運び鳥島にはアルバスやデュラスの元軍人の奴らが沢山いるけどよ。絶対に国の出身が理由で憎み合ったり、争ったりはしなかったんだよ。そりゃあ、酔っぱらって多少は喧嘩はするけどさ、アルバスとかデュラスとか国を理由には喧嘩はしなかった。本当は色々言いたい事だってあるだろうにさ。それでも俺みたいな戦争の後に生まれてきた奴らにそれを託そうとはしなかった。自分達の悲しみや憎しみを後の世代に託すわけにはいかないって、アルバスとデュラスは手を取り合うべきだって、自分の気持ち押し殺して俺を育ててくれたんだよ。そんなおやっさん達を俺は惨めだなんて一度も思ったことは無い。」


「トール、、、」


「アンタが戦争を知っているから言える事があるように、俺だって戦争を知らないから言える事があるんだよ。んで、俺がこんなことを言えるのもおやっさんやアンタ達が戦争を終わらせてくれたからなんだよ。」


「っく、黙れ!黙れ!黙れ!」


 トールの言葉が琴線に触れたのか、地団太を踏みながらフリッツは叫び逃げるようにして格納庫から出ていく。


「はあ、お前よお、あのまま黙っていれば良かったのに、まだまだガキだな。んじゃ、俺達はレースが始まる前に此処を出るけど、、、トール、普段から飛行機に乗ってる俺らが飛行機の勝負で負けたらお終いだからな、分かってんだろうな?」


「ああ、出るからには一位を狙うさ。」


 トールが負けた所でフリッツが一位に成らなければ、トールにペナルティは無い、だからといって負けて良いわけでもない。

 自分達を散々馬鹿にしたあのちょび髭には一泡吹かせてやりたいし、何より運び鳥としてのプライドが負けることを許さなかった。




「よ、フリッツ。」


「ガルドか、、、」


 格納庫から出た後、ガルドは飛行機レースを請け負っているカジノに併設されたバーでグラスに注がれた水を飲みながら黄昏ていたフリッツに声を掛ける。


「さっきは悪かったな、ウチの若いのがよ。悪い奴じゃねえんだけどな、俺達の事を慕ってくれてる分、頭に血が上りやすいんだ。」


「何なんだ、あのガキは、、、」


 先程までガルド達への失望や嘲笑、怒りで満ち溢れていた瞳は、今は迷いで一杯だった。


「俺は戦争が終わってから、直ぐに無一文になった。碌に学もない、飛行機に乗るしか能がない俺はあっという間に浮浪者同然になった。」


「ああ、そうだな。俺達軍人の飛行機乗りは皆、終戦後すぐ路頭に迷った。」


「その後、国から運び鳥への誘いが来ても俺は断った。俺を裏切った国が憎かったし、何よりデュラスと手を組むのが嫌だったからだ、、、それなのに、どうしてお前達は運び鳥になる道を選んだんだ?」


 そう聞いてくるフリッツの表情からは今の自分の生き方が正しかったのか?それとも間違っていたのか、という感情が容易に読み取れる。


「別に、そんな大層な理由じゃねえさ、最初はお前が言う通り今日食う飯に有り付きたくて選んだだけさ。」


 フリッツが注文したツマミの炒った豆を勝手にボリボリと頬張りながらガルドは果実水で喉を潤す。


「誇りなんてドブに捨てたようなもんさ、それどころか敵であったデュラスの奴らと一緒に仕事するなんて冗談じゃねえと毎日思って、相手も同じでよ、いつ殺し合いに発展しても可笑しくなかった生活だった。そんな腐っていた俺達だけどよアイツが来てから変わっちまったんだよな。」


「アイツ?」


「トールの事さ、アイツが言ってたろ?赤ん坊の時に拾われたって。アイツはある日に運び鳥島の海岸に飛行機の残骸と一緒に流れてきたんだよ。」


「飛行機の残骸と?どういう事だ。」


「まあ、少し長くなるがレースには間に合うか。」


 ちらりとカウンターに立てかけてあり時計を確認しながら、ガルドはトールの過去を話す。


「俺達が運び鳥として働いて半年ぐらいか?そろそろお互いに我慢の限界で殺し合いになりそうだった時期の頃だ。島の海岸によ、飛行機の残骸が流れてきたんだ。俺達が使っている飛行機は水上機だから仕事の邪魔でな、アルバスとデュラスの奴らで残骸を片付けていたんだ。そん時も雰囲気は最悪でな、お互い無言で黙々と片付けてたら赤ん坊の泣き声が聞こえてきてよ、慌てて全員で声が聞こえてきた場所にあった残骸をどかすとボロボロの揺り籠の中で赤ん坊が泣いていたんだ。アレは奇跡だった、飛行機の残骸の中で泳ぐことも出来ねえ、いつ溺れても可笑しくない赤ん坊が生きてるなんて奇跡以外の何ものでもなかった。」


 最初トールの話を聞いた時は親に捨てられたのかと思ったが、想像よりも壮絶な拾われ方をしていた事に驚く。


「赤ん坊の胸元にはアルバスの貴族を表す家紋が彫られたネックレスがあった。けど飛行機の残骸の中に赤ん坊以外には生き残りがいなくて両親は残骸の一部と一緒に海に沈んで亡くなったと判断された。そっからは全員頭を抱えたさ。何せ終戦後の経済が不安定な時期だ、自分一人食ってくのも大変な時に赤ん坊を育てられる余裕なんてねえし、かと言って放っておく訳にもいかない。そんな時によ一人の運び鳥が自分が面倒を見るって言って赤ん坊を引き取ったんだ。ソイツがトールの育ての親なんだけど、最初は全員驚いたぜ、誰もが絶対に想像しない奴が引き取ると言ったんだからな。」


「絶対に想像できない?どういう事だ?」


「ソイツはよ、アルバスの貴族に妻や子供を殺されたデュラスの軍人だったんだよ。」


「なっ!」


「けど、自分が引き取るのも嫌だからと皆ソイツに赤ん坊を任せた。最初は俺も含めて全員不安だったよ、何かのきっかけで赤ん坊を殺すんじゃないかとよ。けど実際は逆だった、ソイツは自分の食費や生活費を削って赤ん坊の為に粉ミルクやおしめを購入して、自分はボロボロの服に泥水みたいなスープばっかり飲んでた、仕事でも誰よりも熱心に働いて、配達先でアルバスの奴らからは罵倒されて、デュラスの奴らからは馬鹿にされても熱心に仕事に取り組んだ。それどころか、アルバスの貴族に土下座をして頭を踏まれてでも赤ん坊を育てるために仕事の斡旋をしてもらったんだ。」


 ガルドの話を聞き頭を振る。フリッツには理解できない、何故憎い筈であるはずの国の貴族の子供を育てるのか。


「俺達も今のお前みたいに疑問に思ったさ。んでよ、ある時に聞いたんだ『何で自分の生活を削ってまで憎い筈の国の子供を育ててるんだ』って、そしたらソイツなんて言ったと思う?『赤ん坊が泣いていて腹を空かせているんだから、食わせてやるのは当たり前だろう?』ってよ。そんなアイツを見てたらよ、アルバスとデュラスでいがみ合ってる自分達が情けなく見えてよ。それに戦争は終わったのに俺達が今も争ってたら、いつまで経っても戦争は終わらずにこの赤ん坊も憎しみを持って育つんじゃないかと思ったら怖くなってな。そこからはアルバスとかデュラスとかちっちぇえ事に拘らずに誇りをもって運び鳥の仕事をしようって思ったんだ。」


 過去を懐かしむかのようにガルドはグラスを揺らす。


「っと、長くなっちまったな。そろそろレースも始まるし、お前も早く格納庫に戻れよ。」


 椅子から立ち上がり、バーを後にするガルド。


「お客さん、さっきの方のお支払い、お客さんがしてくれるんでしょうね?」


「あ。」


 あの野郎、飲み逃げしやがった。



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