第195話 戦後
家康が降伏すると、各地で戦闘を続けていた徳川方にも降伏をするよう通達が出された。
当初は半信半疑であった毛利輝元や上杉景勝であったが、大坂城に篭っていた軍をそれぞれ越後、安芸に向かわせると、両者はただちに降伏した。
そうして、敵味方問わず賞罰を決めるべく全国の大名を上洛させた。
徳川の乱の首謀者とされた家康には、領地を30万石に減らされた上で、家督を結城秀康に継がせることとなった。
秀吉の養子である秀康であれば与し易いだろうとの判断だった。
上杉景勝については領地を20万石にまで減らされた上で、宇都宮に転封となった。
墳墓の地である越後を失った損失は大きく、上杉家は単純な石高以上の損失を被ることとなった。
毛利輝元は今回の首謀者の一人として積極的に戦っていたとして、上杉と同じく20万石に減らされたの上、周防に減封となった。
なお、毛利家の本領安堵と引き換えに木村方に寝返った吉川広家だったが、約束をしたのはあくまで細川忠興であり吉清は関与していなかったということで、減封となった。
その他、徳川方に与した大名として、伊達政宗、小早川秀秋、福島正則、加藤清正、加藤嘉明、池田輝政など、多くの大名が改易となった。
例外的に、黒田如水の寝返った黒田家に関しては、息子の長政が積極的に戦いに参加していなかったとして、本領安堵となった。
また、最上義光も寝返りの上、上杉領庄内に侵攻をしたとして、本領安堵を言い渡された。
主立った大名家の処分が決まると、今回の首謀者である家康の処遇について話し合われた。
「これほどの大乱を引き起こしたのだ……まず助命はありえぬだろう」
前田利長が呟くと、もっともだという風に宇喜多秀家や石田三成が頷いた。
「しかし、徳川の重臣の者たちが嘆願をしているのだ」
細川忠興が書状を広げると、その場で読み上げた。
曰く、
『今回の戦は我らが家康を唆したゆえ、引き起こされたものだ。責任は我々にあるので、どうか我らの首で勘弁してほしい』
とのことだった。
書状には井伊直政を始め、本多忠勝、榊原康政、本多正信の名が記されており、彼らが自分の命と引き換えに家康を救おうとしているのがわかった。
徳川家臣の忠心に胸を打たれたのか、宇喜多秀家が難しい顔をした。
「見上げた心意気だが、だからといって「はいそうですか」と許すわけにもいくまい。子供の喧嘩とはわけが違うのだ」
語気を強める宇喜多秀家。それに対し、蒲生秀行がちらりと吉清を一瞥した。
「木村殿はいかがお考えですか?」
「……………………」
戦が終わってすぐに、清久と最上義光から家康の助命嘆願をされた。
二人が家康に肩入れする気持ち、わからなくもない。
義光は古くから家康と付き合いがあり、清久は駒姫の一件で家康に借りを作っている。
……ここで二人の嘆願を無下にしてしまえば、今後彼らとの関係に亀裂が生じるかもしれない。
その上で、吉清は毅然とした態度で一同を見渡した。
「当然、家康は斬首にするべきじゃな。それしきの嘆願で命を助けては、他の者に示しがつかん」
「よ、よろしいのですか? 嫡男の清久殿や最上殿からも助命の声が上がっているというのに……」
最上義光を寝返らせる条件に、清久が家康の助命嘆願をすることを盛り込んだのだ。
ここでそれを反故にしてしまえば、清久の顔に泥を塗ることになってしまう。
また、縁戚関係である最上との仲も悪くなってしまうだろう。
だが──
「助命嘆願とは、命を助けるようお願いするというもの…………清久は儂に嘆願した時点で、最上殿との約束を果たしたことになる」
──清久が義光と交した約束とは、家康の助命嘆願をすることであり、必ず家康の命を救うというものではない。
そのことを逆手に取り、吉清は家康の斬首を主張した。
また、この場に集まった者の多くが反徳川の者だったこともあり、さしたる反対もなく家康の処罰が決まった。
清久や義光の嘆願も虚しく、家康は市中引き回しの上斬首となるのだった。
家康の首が京の六条河原に晒されたと聞きつけ、清久と最上義光は吉清の元に急いだ。
「どういうことだ! 約束が違うではないか!」
「私にもどういうことか……」
二人が京都の木村屋敷にやってくると、吉清が出迎えた。
「おう、よく来たな」
「貴様……よくもおめおめと儂の前に顔を出せたな!」
「お、落ち着いてくだされ、義父上! 父上の話を聞いてからでも遅くはありますまい!」
必死に義光をなだめる清久を見て、吉清が笑みを溢した。
「まあ、そうかっかするな。……今茶を煎れてやろう」
吉清が奥に引っ込むと、隣の部屋の襖が開けられた。
そこにいた人物を見て、思わず二人が目を見開いた。
「なっ……」
「とっ、徳川様!」
家康は法衣に見を包み、頭を丸めて出家したような出で立ちをしている。
「いったいなぜ……斬首されたのではなかったのですか!?」
「木村殿が助けてくれたのだ。助命することはできぬが、儂の影武者を身代わりにすれば、なんとかなる、と……」
茶を持ってきた吉清が三人の前に腰を降ろした。
「徳川殿が影武者と気づかれてはならぬゆえ、此度の刑は儂が執行した。……まあ、そのために儂が率先して処断すると言い出したわけじゃが……」
「なんと……そういうことであったか……」
最上義光が納得した様子で頷く。
「徳川家康という名も捨てた……今の儂は、ただの坊主にすぎん」
「徳川殿は、今は東照と名乗ってもらっておる。……既に徳川家康は死んだ男ゆえな……」
社会的には、家康は大罪人としての汚名を背負い、この世を去った。
だが、これからは吉清が家康を庇護するというのか……
「ともあれ、これで約束は守ったぞ」
「っ……! かたじけない……!」
感極まった様子で、最上義光が深々と頭を下げるのだった。
最上義光が木村屋敷を去ると、清久が吉清に向き直った。
「しかし、少し意外でした。まさか父上が素直に助命してくださるとは……」
「自分で頼んでおいて、その言いぐさはあるまい」
吉清が笑うと、釣られて清久が笑みを見せた。
とはいえ、吉清も純粋な善意から助命したわけではなかった。
吉清の知識によれば、家康は少なくともあと10年は寿命がある。
ここで家康の命を救えば、向こう10年は妖怪を従えられるのだ。
助命のリスクと天秤にかけても、生かしておいた方が得というものである。
ただでさえ、木村家は人材難が深刻なのだ。
優秀な人材は多いに超したことはない。
また、家康を存命させておけば、これから取り込むであろう徳川旧臣も従えやすくなるというものである。
隣の部屋に控えた家康を一瞥し、吉清が密かにほくそ笑んだ。
(此度の貸しは大きいぞ、東照……。死ぬまで儂に恩を返すのじゃぞ……)
後に、家康が過労のあまり10年と経たずにこの世を去ることを、この時の吉清は知る由もないのだった。
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