第196話 論功行賞

 徳川方についた者の処罰が決まると、木村方についた大名の論功行賞が始まった。


 吉清をはじめ、前田利長、宇喜多秀家、細川忠興、蒲生秀行を前に、石田三成が進行役を務めていた。


「此度の戦功第一は、間違いなく木村殿であろう。……よって、まずは木村殿が希望する領地を決めるのが筋かと思う」


 一同の視線が吉清に集まる。


 吉清がううむと首を傾げた。


「それなのじゃが……此度の乱が起きたのは、有力な外様大名に対抗できる豊臣一門がおらぬことが大きいと思う」


 皆思い当たるフシがあるのか、うんうんと頷いた。


 小田原征伐以降、豊臣一門の大名には、秀吉の後継ぎと目された秀次の他、秀吉の弟である秀長の大和豊臣家が存在していた。


 秀長に男子が生まれなかったため養子をとったが、後継ぎとなった秀保が秀次と同時期に亡くなったこともあり、豊臣一門は大きくその数を減らしたのだった。


「……そこでじゃ。分家として、秀次様のお家を再興させてはいかがかと思うてな」


「なるほど……」


「それは名案じゃ……!」


 宇喜多秀家、前田利長らが賛同する中、一人、石田三成が難色を示した。


「しかし、秀次様の妻子はかの事件によりことごとく処断された。男児はおろか、族滅されたものを再興するというのは……」


「族滅などされておらん」


「…………なんだと?」


「おるのだ、秀次様の血を引く者が……」


 細川忠興が口を挟むと、蒲生秀行が頷いた。


 秀次事件ののち、吉清は細川忠興、蒲生秀行と共に秀次の娘を保護しに高野山に向かった。


 無事に娘を保護したのちは、秀吉にバレぬよう高山国に匿ったため、真実を知る者は数えるほどしかいない。


「死の間際、儂は秀次様に託された……。寺に預けた娘がおるゆえ、匿ってくれとな……。あれから9年も経った、もう婚儀を迎えても良い頃であろう」


「……なるほど。そういうことなら、反対する理由はない」


 石田三成の賛同も得られると、新たに豊臣家の分家が作られることとなった。


 分家の領地が家康の旧領であった関東200万石に決まると、新たな問題が浮上した。


「秀次様の娘が婚儀をするとして、いったい誰を婿入りさせるのだ」


 宇喜多秀家が尋ねると、前田利長が考えた。


「……たしか、木村殿には清久殿、宗明殿の他に男児がおったな? 婚儀はおろか未だ元服をしておらぬというし、ちょうど良いではないか」


「いや、宗家が断絶した際は、分家から後継ぎも出るのだ。血筋を考えると、帝より皇子を臣籍に下らせるべきだろう」


 三成の反論に細川忠興がまくし立てた。


「木村殿は此度の第一功だ。……その木村殿を遇して何が悪い!」


「それではあまりにも木村殿が力を持ちすぎる。家康が乱を起こしたのがいい例だ。先の乱の二の舞いにするつもりか」


「お前……誰のおかげでこの戦に勝てたと思っておるのだ!」


「だからこそ、止めているのだ。……先の戦で散っていった者のためにも、同じ過ちを繰り返すべきではあるまい」


 三成の言葉に思うところがあったのか、皆が皆が考え込んだ。


 元々、秀吉は多くの大名を臣従という形で従わせてきた。


 いち早く天下統一することができた一方で、大大名が各地に残る形となり、今回の徳川の乱ではそれが暴発した形となった。


 木村吉清に力をつけさせては、また同じことが起こるのではないか。


 三成はそれを危惧していた。


 一同が考え込む中、前田利長が口を開いた。


「関東では奥州木村軍と徳川軍の戦いがあり、多くの地が荒廃しておる……。

 また、元より水害も多く、徳川の旧臣も多い。治めるのは困難を極めるだろう……。

 ……であれば、善政家と名高い木村殿の出番じゃ。

 関東の多くは荒廃したが、木村殿には金も人も揃っておる。……すぐにでも復興することだろう」


「しかし血筋が……」


「それなら、木村殿の男児を帝の猶子(ゆうし)とすれば問題ありますまい」


 蒲生秀行が木村側につくと、三成は矛先を吉清に向けた。


「……木村殿はどう思われる」


 皆の視線が吉清に集まった。


「……先の事件では、儂は秀次様の介錯を務め、最期を見届けた……。

 それでも、今なお儂は秀次様を友だと思っておる……。その秀次様の家を守るためじゃ。……儂は何だってしようぞ……!」


「…………!」


 吉清の覚悟には、三成も覚えがあった。


 秀吉が死の床に伏した際、三成は豊臣家の行く末を託された。


 これからは自分が豊臣家を守るのだ。そう覚悟を決めて、三成は家康と戦う道を選んだ。


 だが、吉清もまた、亡くなった秀次を思い、豊臣家のために尽くそうとしているのではないか。


(木村殿……)


 そんな吉清の忠義を疑ってしまったことが、猛烈に恥ずかしい。


 三成はそれ以上何も言えなくなってしまった。


 三成の沈黙を同意と受け取ったのか、宇喜多秀家が頷いた。


「……決まりだな」


 そうして、吉清の息子である鷹丸を後陽成天皇の猶子とし、新たに江戸豊臣家を興すこととなるのだった。






あとがき


鷹丸は第127話で家康に抱かれていた子供ですね。



おまけ


忠興「木村殿は此度の第一功だ。……その木村殿を遇して何が悪い!」


三成「それではあまりにも木村殿が力を持ちすぎる。家康が乱を起こしたのがいい例だ。先の乱の二の舞いにするつもりか」


忠興「お前……誰のおかげでこの戦に勝てたと思っておるのだ!」


三成「だからこそ、止めているのだ。……先の戦で散っていった者のためにも、同じ過ちを繰り返すべきではあるまい」


 吉清は思った。

 三成の言っていることは理解できる。できるのだが……


吉清(本人の前で言うことでもあるまい! いったい儂はどんな顔でここに居ればいいんじゃ……)

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