第166話 徳川領の困窮

 慢性的な領民不足に見舞われていた木村家では、本土からしばしば奴隷や人足を買い付けていた。


 続々と船から降ろされていく人々を眺め、藤堂高虎が声をもらした。


「おお、随分と沢山来たものじゃ」


 秀次事件で亡命した甲賀者、多羅尾光俊が音もなく藤堂高虎の横に立つ。


「これらはすべて、元は徳川領の者にございます」


「なに!? それでは、この中に間者が混じっていることも……」


「殿はそれを承知の上で、ここへ呼び寄せたのです」


 納得ができないが、吉清がそう言ったのなら仕方がない。


 藤堂高虎は無理やり自分を納得させた。


「それにしても、随分と多いな……」


 連れてこられた人々は、10や20ではきかない。100人単位。下手をすれば、1000人に届くのではないかという人数だった。


「これもすべて、殿の策にございます」


「なに?」


 藤堂高虎が船から降ろされていく人の群れに視線を向ける。


「いったい、殿は何をしたというのだ……」






 時は遡り徳川領。


 木村との和睦が成立してからは、江戸の復興と軍備の増強をするべく、生活必需品に多額の税をかけてきた。


 だが、翌月に集計したところ、逆に税収が減っていることに気がついた。


 家康がそのことを問いただすと、井伊直政が答えた。


「それが……木村家の商人が当家の領地で商いをしているのです」


「そうであろうな。それが和睦の条件じゃ。仕方あるまいて……」


 井伊直政が渋い顔をする。


「木村家の商人は当家に税を収めず、その分安く物を売っているのです。塩や麹などの必需品まで安く出回る始末で、その分税収が減っているのでしょう」


「また木村か……!」


 家康が歯噛みした。




 不足分を補うべく、家康は増税に踏み切った。


 関東に転封された当初は四公六民だった税制も、木村家との戦で五公五民に。そして、今回の騒動で六公四民にまで引き上げられた。


 慶長7年(1602年)9月。新たな税制で年貢を徴収したところ、井伊直政からある報告を受けた。


「領民が減っておるじゃと?」


 直政が頷く。


「僅か数年のうちにこれだけ年貢が増えるとあって、農村では離散や身売りが後を立ちませぬ」


「では、人買いの商人を取り締まれ。……大方、そやつらが耳触りのいい言葉で唆しておるのだろう」


「それが……できないのです」


「なぜじゃ」


「それらは木村家の商人ゆえ、取り締まることができぬのです。

 和睦の条件には『木村家の商人が自由に商いをすることを許可する』とありましたゆえ……」


「なっ……」


 木村の商人が好き勝手やるせいで税が入らず、取りっぱぐれの恐れのない年貢を引き上げては百姓が離散する。


「木村め……これを狙っておったというのか……」


 離散した百姓たちは木村家の商人の手引により、高山国やルソンへ行くのだという。


 このまま放っておけば、徳川が弱り、木村が力をつけるのは明白だった。


「かくなる上は、我らも必需品にかかる税を無税としましょう。そして、年貢は五公五民に据え置き、不足する税収分は豊臣家より借り受けましょう」


「しかしじゃ……加賀征伐と木村征伐でかかった戦費も、豊臣家より借り受けたものが多い……。今から金を無心して、借りられるものかの……」


「秀頼様が幼少とはいえ、管理をしているのは奉行の連中です。正攻法で挑んでは難しいでしょう。……ですが、豊臣家の外戚となれば話は変わるかと」


 そうして、家康は孫娘である千姫と秀頼との婚儀を前倒すのだった。

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