第167話 秀頼の婚礼
秀頼の婚儀が前倒されることが決まると、奉行たちは準備に奔走していた。
かくいう吉清も南蛮貿易で得た珍しいものを献上するべく、吟味に吟味を重ねる。
(家康の思惑に乗せられている気がしないでもないが、秀頼様の婚儀じゃ。盛大に祝わなくては……)
700万石という石高を抱える木村家は、いまや日本一の大大名である。
その木村家からの祝いの品が質素なものでは、他の大名に侮られかねない。
そのため、吉清は金に物を言わせて、珍しい物を買い漁っていたのだった。
慶長7年(1602年)11月。家康の孫娘である千姫と豊臣秀頼の婚儀が執り行われた。
表向きは木村との戦で失われた威信を取り戻すため。
その実、豊臣家から金を借りるため、家康は秀頼との婚儀を前倒したのだった。
(面倒なことになったの……)
これから秀頼の外戚という笠を着て、家康が増長するのは目に見えている。
面白くない話ではあるが、だからといって婚儀の場に参列しないわけにもいかない。
祝儀として、吉清は南蛮貿易で得た珍しい品を献上するのだった。
大坂城に現れた見たこともない動物を前に、秀頼が興奮気味に尋ねた。
「これはなんじゃ、吉清」
「こちらは天竺より取り寄せた、ゾウという獣にございます。気性もおとなしく、人に慣れているため、よく言うことを聞きます。……我らが馬や牛を使うように、天竺の民はゾウを使っているのだとか」
「おお、それはまことか!」
秀頼が興奮した様子で鼻息を荒くした。
大満足の秀頼に、家康が口を挟んだ。
「よろしければ、一度騎乗されてはいかがでしょうか?」
「いいのか!?」
秀頼のキラキラとした目が吉清を見上げる。
「なりませぬ。秀頼様にもしものことがあっては、一大事ですゆえ」
「……だめなのか?」
秀頼の声がしょんぼりと沈んだ。
保身のためとはいえ、珍しくまっとうなことを言っている吉清だが、なぜかこちらが悪いことをしている気分にさせられる。
「……秀頼様がもっと大きくなり、馬にも乗れるようになれば、問題ないでしょう」
「ほんとうか!?」
吉清から譲歩を引き出した秀頼は、満面の笑みでゾウを眺めるのだった。
秀頼が大満足したとあって、吉清はさらにゾウを献上するべく、インド商人を呼び寄せた。
「秀頼様が大層お気に召したゆえ、かようなゾウがあと10頭は欲しい。……できるか?」
「問題ありません。お望みとあれば、100頭でも200頭でもご用意しましょう」
「なんと……それは
「インド人、嘘つかない」
インド商人の言葉を信じた吉清は、200頭のゾウを買いつけた。
それから何年待っても、インド商人がゾウを届けることはなかったという。
秀頼への献上品を届けると、一緒に仕入れた南蛮渡来の品々を親しくしている者たちに配ることにした。
小西行長には聖書を、長束正家には宝石を、大谷吉継には懐中時計を贈った。
「懐中時計なる珍品……なかなかに面白いな。まことにかたじけない」
金色に輝くそれを握り、吉継が満足そうに微笑んだ。
蟄居が解けて大坂へ戻った三成には書物を贈ることにした。
本の表紙を見て、三成がいぶかしんだ。
「……なんだ、これは?」
「遥か遠く、英国で書かれたという戯曲、ロミオとジュリエットじゃ」
「ろみ……なんだ、それは」
三成が不思議そうな顔をする。
中身こそ漢文に翻訳されているが、聞いたことのない単語だった。
「歴史に残る名著だぞ」
「悪いが興味ないな」
返そうとする三成に、吉清が本を押し付ける。
「まあまあ、騙されたと思って、一度読んでみるといい」
吉清があまりに熱心に勧めるため、三成もとうとう根負けするのだった。
翌日。三成と顔を合わせると、吉清は本の感想を聞いた。
「どうであったか」
「まあまあだったな」
つれない言葉であったが、吉清は三成の顔を見て満足した。
と、そこへ大谷吉継が通りがかった。
三成の顔を見てギョッとする。
「どうしたのだ、その顔は……」
「なんでもない」
「目が真っ赤ではないか。……いったい何があったのだ?」
「なんでもないと言っているだろう!」
吉継を振り払うように、三成は先を急ぐのだった。
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