第165話 天地人を持つ者

 野戦ではいかに伝説的な強さを持つ家康でも、海戦に優れた木村を潰すことは容易ではなかった。


 海戦だけではない。戦の最中に自分の領地を返上するなどという狂気じみた戦略も、家康にはないものだ。


 また、石高でも負けてるとあっては、家康としても他に味方が欲しくなる。


 少なくとも、毛利・上杉の力がなくては話にならない。


 木村、前田、宇喜多の繋がりが強固になったことで、かえってこちらの繋がりも強まった。


 今回はそれを深めるべく三人が集まったのだが。


「上杉殿は、いかがお考えかな……?」


「此度の南蛮貿易制限令は五大老で合議の上で決めたこと……。生前、殿下は「政は五大老や五奉行で合議の上差配せよ」と仰せになった。

 我らの決定は殿下の意志に等しい……それを破るとは言語道断。木村こそ、豊家の天下を揺るがす大罪人よ」


「上杉殿……!」


 家康が景勝の手を握ろうとしたところで、景勝が家康の手を振り払った。


「……忘れたわけではないぞ。貴殿が無断で大名同士の縁組みを進めたこと。豊家の所領を勝手に大名たちに配っていることを……」


 景勝の不信に満ちた目が家康を貫く。


「木村の次はお主じゃ、内府よ。木村を倒したとて、己が天下を取れるなどと思わぬことじゃな」


 上杉ごときにここまで好きなように言われるとは……。


 少し前では考えられないことだった。


 景勝が家康の専横を苦々しく思っているのは感じていたが、面と向かってこうも敵意を向けられるとは思ってもみなかった。


 それだけ徳川の力が落ちていることを意味しており、ひいては木村の力が相対的に増していることを意味している。


(木村吉清め……これもすべて、あやつのせいじゃ……)


 考えれば考えるほど、木村吉清への憎悪が膨れ上がる。


「しかし、我らが集まったとて、木村の水軍は厄介じゃ。木村とやり合おうというのだから、何か策はあるのだろうな?」


 家康の陣営に両足を入れてなお他力本願な輝元に苛立ちつつ、家康が説明を始めた。


「慶長5年の3月に、豊後に漂着した南蛮船があったことは覚えておるか?」


「ああ、そういえばそんなことがあったな」


「その船に乗っていた南蛮人を捕らえ、我が徳川の家臣とした」


「ほう……して、それが木村を倒す策とどう関係が?」


 察しの悪さに呆れながらも家康は続けた。


「南蛮人どもを家臣とし、船を造らせたのよ。……木村が使うものと同じ、南蛮船を……」


 輝元と景勝の目の色が変わった。


「おお、それならば木村にも勝てるやもしれん!」


「まだじゃ。木村の船乗りは明・朝鮮水軍を破るほどの実力者揃い。使う船や大筒が同じものでも、勝てるかどうか……」


「そこで、毛利殿の出番というわけだな」


 これまで沈黙を保っていた上杉景勝が口を開いた。


 家康がニヤリと頷く。


「毛利殿には、あることをやっていただきたい」


「あること?」


 家康の作戦を聞き、輝元が納得した様子で頷いた。


「なるほど、それなら木村の水軍も物の数ではないな。……しかし良いのか? 来島でなくて」


「かまわぬ。むしろ、そっちの方が都合がいいわい」


 家康の言葉に釈然としないものを感じつつ、輝元はひとまず納得しておくのだった。

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