第156話 対抗戦

 騎射三物きしゃみつものとは、馬に乗りながら弓を扱う、伝統的な稽古の一つである。


 流鏑馬やぶさめ犬追物いぬおうもの笠懸かさがけの三つからなり、それぞれ相応の馬術と弓術が試される。


 木村家からは馬術の才に優れた中山照守を指名した。


「照守、磨き上げたお主の実力、徳川の者たちに見せつけてやれ」


「はっ!」


 対する徳川家からは、本多忠勝が指名された。


「忠勝よ……。日ノ本広しと言えど、お主に勝る武者はおるまい。亡き太閤殿下より東国一と評された力、存分に奮うがよい!」


「はっ! この本多平八郎忠勝、必ずや殿に勝利をもたらしてご覧にいれましょう!」


 加賀征伐、木村征伐で溝が深まった両家の対決とだけあって、いつの間にか野次馬が集まっていた。


 よく見ると、豊臣恩顧の大名や外様大名の姿もちらほらと見える。


 徳川方の陣には徳川と縁の深い大名が、木村方の陣には木村と縁の深い大名が応援に来ているようであった。


(木村と徳川、どちらの格が上なのか、品定めをしておるのだろう……)


 そうとわかれば、余計に負けられない戦いだ。


 吉清は気合を入れ直すのだった。






 第一種目、流鏑馬やぶさめ。先攻は、木村方の中山照守だった。


 馬に跨り、次々と的を射ていく。


 弓の腕は元より、何より乗馬の技術がきわ立っていた。


 人馬一体ともいうべき見事な操縦で、しっかりとした足取りで戻ってくる。


「見事であったぞ」


 中山照守が照れ臭そうに笑みをこぼした。


 後攻となった徳川方の本多忠勝が馬に跨る。


 どっしりと構えたその姿は安定感抜群で、確かな経験と力強さを感じさせるものだった。


 一発、二発。


 忠勝が次々と的を射るのを見て、吉清は不安に駆られた。


 同じく試合の趨勢を見守っていた真田信尹の隣に立つと、信尹にだけ聞こえる声でつぶやく。


「信尹……そなた、暗殺が得意だとか申しておったな?」


「はっ、それが何か……?」


「本多殿の乗る馬に、何か妨害のような物はできるか?」


「それくらい、造作もないことにございます」


 信尹が吉清の元を離れると、本多忠勝の近くにある茂みに身を潜めた。


 やがて、信尹の隠れた茂みから竹の筒のような物が出てきた。


 その筒が吹き矢を放つためのものだとわかった瞬間、筒の中から何かが飛び出していった。


 次の瞬間、忠勝の乗る馬が暴れ始めた。


「おおっ!? どうした!」


 手綱を握り、必死に馬から落ちないよういなす忠勝。


 そんな状況では矢を放つ余裕などなく、結果は散々なものであった。


 騒ぎに乗じて真田信尹が戻ると、吉清はニンマリと笑った。


「……見事な手際じゃ」


「お褒めに預かり、恐悦至極に存じます」


 こうして、第一種目、流鏑馬は木村家の勝利で幕を閉じたのだった。






 真田信尹の妨害で味を占めた吉清は、次の種目である笠懸は誰に妨害をさせようかと思案に暮れていた。


 同じく暗殺が得意そうな曽根昌世と目が合うと、昌世が密かに耳打ちした。


「殿、ひとつ気になることが……」


「なんじゃ、どうかしたか?」


 曽根昌世に連れられ木村家の陣の奥へ引っ込むと、ちらりと徳川方を一瞥した。


「先ほどから気になっていたのですが、徳川様の姿が見えませぬ……」


「なに?」


 曽根昌世に促され徳川方の陣を見やると、秀忠が指揮を取るばかりで家康の姿が見えない。


「何やら嫌な予感がしますな……」


「……………………」


 対抗戦の指揮を清久に任せると、吉清は甲賀者たちを招集した。


 大坂の町で諜報活動に当たらせていた甲賀者に探らせたところ、家康の居場所がわかった。


「どうやら、徳川様は毛利の屋敷へ向かわれたご様子……。やはり、何かを企んでいるのでしょう……」


 よりにもよって毛利か……。


 吉清は頭が痛くなった。


「また、屋敷には上杉様の姿も見えました」


「なに? 上杉もか?」


 五大老のうち三名が密かに会合をするとは、ただ事ではない。


 しかも、木村の目が対抗戦に釘付けになっているこの状況で行動を始めるとは、木村家にとって不利なことを考えているのは疑いようがない。


「上杉まで当家の敵に回るつもりか……」






 吉清が陣に戻ると、清久が駆け寄ってきた。


「父上! どこに行っておられたのですか!」


「おお、清久。どうじゃ、戦況は」


「どうもこうもありませぬ! 犬追物を始めようとしていたところ、突如犬たちが暴れだし、それに乗じて乱闘騒ぎとなってしまいました」


「なんと……」


「本多殿が諌めたおかげで死人は出なかったものの、両家の遺恨は増々深まりました。……とても両家のわだかまりを解消するどころではありませぬ」


 試合が流れたということは、どちらの格が上か見せつけるも何もない。


 今回の騒動が徒労に終わり、吉清が疲れた様子で佇んでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「これはこれは……大変なことになってしまいましたなぁ」


「徳川様……」


 見れば、家康の脇には毛利輝元、上杉景勝を侍らせている。


「……毛利様や上杉様までいらしていたとは……」


 吉清が挨拶をすると、毛利輝元と上杉景勝が顔を見合わせた。


「徳川殿に誘われたので、ついな」


 輝元の言葉に景勝が頷く。


 この場で家康と共にいるということは、毛利や上杉は徳川につくことを意味している。


 見ると、試合を見に来た大名たちは一様に驚き、毛利、上杉が徳川と組んだことを口々に噂していた。


(此度の騒動、最初からこれを見せるためであったのか……)


 毛利と上杉が徳川と組んだ。それをアピールするために、大掛かりな催し物を行ない、観客を集めたのだ。


 吉清の顔が暗くなるのを見て、家康がニンマリと笑った。


「ご安心くだされ。木村殿の家臣に手を出した不届き者には、厳重に処分いたすゆえ」


 この後、家康は宣言通り、木村家の家臣に乱暴を働いた者を厳しく処罰した。


 こうして、暴発の恐れがあった家臣を遠ざけることで、家康は家中の引き締めを図るのと同時に、毛利・上杉と組んだことを内外に知らしめるのだった。

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