第155話 最上義光、来訪

 戦後の処理が落ち着き平穏が訪れた大坂の木村屋敷に、最上義光がやってきた。


 吉清の顔を見るや、挨拶もそこそこに悪態をついてくる。


「此度のこと、大変なことをしでかしてくれたな。今ごろ徳川様はカンカンじゃ。大人しく従えば良かったものを……」


「ふん、先に仕掛けたのは家康の方じゃ。それに、当家とて無傷ではない」


 家康の本拠地である江戸を焼き払ったが、その代償も大きかった。


 一大決戦に挑むと意気込んでいた吉清は、家康を釣るために石巻を返上したのだ。


 代官として管理を任されているため、木村領時代と変わらず統治を続けているが、木村家躍進の礎となった地を失ったショックは大きい。


 吉清が渋い顔をしたのを見て、義光が不敵に笑った。


「しかし、悪運の強いことよ。戦になっておれば、この最上がお主の首を取ってやったものを……」


「抜かせ。お主こそ、儂と戦って負けを見ずに済んだではないか」


 吉清が嫌味を返すと、義光も負けじと嫌味を返す。


 そうしてお互いに軽口を叩いていると、吉清がふと我に帰った。


「こんなことを話すために来たわけではあるまい。……何しに参った」


「……徳川様が、木村殿に話があるそうじゃ」


「なに!?」






 家康曰く、「先のことを詫びたいゆえ徳川屋敷に来て欲しい」とのことだった。


 不意打ちや暗殺を警戒する吉清に、義光曰く、「いざという時は儂が何とかする」とのことだ。


 どこまで信用していいかわからなかったが、ここで引き下がっては“戦に勝ったのに小物臭い”と思われそうだったので、義光の口車に乗ることにした。


 そうして、最上義光に連れられ、吉清は伏見の徳川屋敷を訪れた。


 吉清の来訪を待ちわびていたのか、敷地に入ってすぐに家康が出迎えた。


「いやぁ、これは木村殿。ご足労願いかたじけない」


「……詫びたいというのなら、まずはそちらが足を運ぶべきかと存じますが……」


 顔を合わせて早々に嫌味をぶつける吉清に最上義光が顔を青くした。


「徳川様になんてことを言うのだ! ……申し訳ございませぬ。木村殿には後でよく言ってきかせますゆえ……」


 頭を下げる義光を家康が制した。


「いや、木村殿の言い分、実にもっともじゃ。礼を失していたのは儂の方じゃ」


 あっさりと折れる家康を見て、義光は両者の力関係が変わったことを目の当たりにさせられた。


(木村殿の手前、戦になれば最上が勝つと軽口を叩いたが、今の木村殿は徳川様がこうもへりくだるほど強大になっているというのか……?)


 両者の戦い、家康の友として徳川に味方することは決めているが、それでも思わずにはいられない。


 木村吉清とは、あの家康にここまでへりくだらせるほどの男なのか、と。






 吉清を客間に迎えると、家康が深々と頭を下げた。


「此度は木村殿の忠節を疑い戦を仕掛けたこと、まことに申し訳ない……。一度詫びねば気が収まらぬゆえ、こうして出向いてもらった次第じゃ」


「なあに、儂とて江戸を焼き払った身……。お互い痛み分けということで手を打とうではありませぬか」


 自分の行ないをさらりと帳消しにしようとする吉清。


 あまりのふてぶてしさに、家康のこめかみに青筋が走る。


「……………………かたじけない」


 屈辱感を堪えながら、家康が頭を下げた。


「……しかしじゃ、上の者で和解したからといって、下の者が納得できるわけではあるまい。……これだけ事が大きくなってしまったのじゃ。謝ったからといって、そうやすやすと納得できるものではあるまい」


 どの口が言っているのだろう、と思いつつ、家康の話に耳を傾ける。


「……お恥ずかしい話じゃが、江戸を焼き討ちにされたことで、当家の血気盛んな者が、木村殿のお命を狙っておる」


「なんと……!」


 江戸焼き討ちに際し、徳川家臣や親族に被害が出たことは知っていたが、命まで狙われているとは思わなかった。


「儂とて食い止めてはおるが、いつまで持つか……」


 吉清の顔が曇る。


 家康は倒すべき相手だ。秀次との約束も果たしたい。


 だが、それ以上に大切なものは自分の命だ。


 死んでしまっては、今まで手に入れた金も領地も女も、すべてが無に帰してしまう。


 吉清の心にわだかまる怖れを見透かした様子で、家康は吉清にある提案をした。


「両家の間に横たわる遺恨を水に流すべく、ここは一つ催し物をしてはいかがかと思うてな」


「催し物、にございますか……?」


 こうして、木村・徳川両家のわだかまりを解消するべく、両家対抗戦として騎射三物が行われることになるのだった。

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