第157話 三浦按針

 木村征伐が事実上徳川家の敗北に終わったことで、家康は家中の再編と改革に迫られていた。


 木村家の虎の子である水軍。

 あれを野放しにしていては、何をしようにも木村水軍が家康の領地を攻撃してくるため、戦どころではなくなってしまう。


 木村水軍の攻略をしないことには、木村家の攻略はありえない。


 家康はそう確信していた。


 だが、木村家の船は南蛮人の使っていたものと同じで、日本の職人では造ることは難しい。


 旧来の安宅船とは違い、南蛮船は根本的に構造の違う船らしい。


 日本には南蛮船を造れる技術者もおらず、居たとしても木村が領内に囲い込んでいる。


 木村も南蛮船が切り札であることはわかっているため、万に一つも技術を漏らしはしないだろう。


(いや、まてよ……?)


 家康の中に、引っかかるものがあった。


 あれはたしか、半年近く前のことだった。


 豊後に漂着した異国の船を拿捕し、秀頼の承諾を得て、領内に匿っていた。


 彼らであれば、吉清の持っている船と同じものを造れるかもしれない。


 さっそく、乗組員たちに指揮をさせ造船所を建設すると、その出来栄えに感心した。


「おお……これほど大きな造船所であれば、木村と同じ船を造れるやもしれん」


 褒美を取らせるべく責任者を呼ぶと、家康は自ら労いの言葉をかけた。


「大儀であった」


 建設を主導した男が、うやうやしく膝をつく。


「ううむ……お主の元の名では、ちと呼びにくいな……」


 そこまで言って、家康は彼に与える最初の褒美を決めた。


「そうじゃ、儂が名付けてやろう……。姓はお主の領地がある“三浦”、名はお主のかつての職である水先案内人の意をとって、“按針”」


 新たな姓名を口の中でつぶやき、やがてしっくり来た様子で、家康がニヤリと笑った。


「これより、お主の名は“三浦按針みうらあんじん”じゃ」


 この日、イングランド人船員ウィリアム・アダムスは、日本名、三浦按針に名を改めたのだった。


「イエス、ボス!」

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