第153話 一栗高春 2
徳川との和睦が成立してしばらくすると、吉清は大坂の屋敷に一栗高春を呼びつけた。
一栗高春が緊張した面持ちで吉清の前に腰を下ろす。
吉清は高春を問いただすように尋ねた。
「徳川の者が、お主と密議を交したと聞く。……間違いないな?」
「はっ、相違ございませぬ」
悪びれる様子もなく一栗高春が頷く。
あまりに堂々とした態度なため、逆に吉清がおののいた。
「……聞けば、徳川家の南光坊天海より、1万石で召し抱えるゆえ、木村征伐の折に味方をせよと誘われたらしいではないか」
吉清の言葉を肯定するように、一栗高春がじっと黙る。
「……なぜ徳川方からの誘いに
吉清がまっすぐに一栗高春を見つめる。
「儂は、てっきりお主は当家に……儂に不満を持っておるものだと思っておった。しかしお主は、徳川からの誘いに乗らなかったばかりか、誘いに乗った地侍の多くを抑え、一揆が起こるのを防いでいたという……」
予想を裏切る忠臣っぷりに、吉清は質問せずにはいられなかった。
木村征伐という木村家の今後を左右する一大事。
自分を見限る者が出てきてもおかしくないと思う中、このような男気を見せられるとは思っていなかったのだ。
「一万石などという破格の条件にも乗らず、なぜ……」
疑問を口にする吉清に、一栗高春はなんてことのないように言った。
「それがしは亡き父と共に殿に忠誠を誓った身……。どうして殿を裏切り、徳川なんぞの誘いに乗りましょう!」
「高春……」
曇りなき瞳でまっすぐに見つめられ、思わず吉清は目を逸した。
木村家の危機に際し、一栗高春は吉清を裏切らずに最後まで味方をした。
口先だけの忠義ならば誰でも語れるが、高春は言葉だけでなく行動で示したのだ。
その高春を、忠臣だった一栗放牛の息子を、吉清は一度は疑ってしまった。
後ろめたさが、吉清の胸中に暗い影を落とす。
まっすぐに見つめる高春から逃げるように、吉清が庭先を眺めた。
「……そういえば、新たに荒須賀に植民を始めたのだが、いささか代官が足りなくてな……。お主さえよければ、かの地で代官を任せたいと思うておる。……家老職ほどではないが、俸禄は弾むぞ」
「はっ、身に余る光栄にございます!」
一栗高春が感極まった様子で深々と頭を下げる。
こうして、一栗高春はアラスカの地に築かれた港町に代官として派遣されるのだった。
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