天下分け目編
第154話 家康弾劾
和睦の後処理が終わった吉清は、佐和山城に蟄居させられていた三成の元を訪れていた。
史実では家康と関ヶ原の戦いを演じた男と、勝利の盃を交わす。
酒で赤くなった顔で吉清が笑った。
「今は大老たちが家康の弾劾を行なっている真っ最中であろう。あの家康も、とうとう年貢の収め時やもしれんな……」
気の緩みきった吉清に、三成が鋭い視線を向けた。
「……家康を甘く見ないことだ」
豹変した三成に吉清が縮み上がる。
「家康は、あの殿下でさえ倒すことのできなかった男だ。木村殿と和睦を結ばされたからとて、ここで終わるとは思えん。……必ずや、何か手を打っているだろう」
「まさか……」
三成の忠告に、吉清の胸中に不安がよぎるのだった。
加賀征伐に続き、木村征伐まで独断で引き起こしたとあって、五大老の間では家康を大老から外すべきとの意見が出始めていた。
これまで対徳川の最前線に立っており、一度は家康に攻め込まれた張本人である前田利長が声を張り上げる。
「もはや、徳川殿に大老の資格はなし!」
「此度の騒動、どう責任を取られるおつもりか!」
利長に続き、宇喜多秀家が家康を糾弾した。
二人の非難に反論や言い訳をするでもなく、家康はじっと何かを待っているようであった。
「……………………」
前田利長と宇喜多秀家の糾弾を聞きながら、毛利輝元の頭には昨夜の記憶が呼び起こされていた。
家康弾劾の前日。毛利の屋敷を訪れたのは、意外な人物であった。
「徳川殿……」
やってきた徳川家康を屋敷に上げると、輝元は率直に自分の考えを述べた。
「いかなお話があるのか存じませぬが、わしは徳川殿には大老の座を降りて頂くのが良いかと思う。
加賀征伐に続き、木村征伐まで企てるとは……近頃の徳川殿の行ないは目に余る」
「やれやれ……そのようなことをしては、ご自身の首を締めることになりますぞ」
輝元の眉がぴくりと動いた。
「……なんじゃと?」
「儂が大老の座を解任されれば、新たな大老には誰が任ぜられる? 70万石という石高を持ち、前田や宇喜多と繋がりを持つ、木村しかおるまいて」
「それの何が悪い。少なくとも、木村殿はお主のように難癖をつけて戦をすることなどあるまいて」
家康が「わかってないな」といった様子でため息をついた。
「よいか? 木村が大老となれば、当然前田や宇喜多も木村の意見に追従するであろう。……そうなれば、この三人で大老の意思決定に必要な過半数が取れるわけじゃ。」
ここにきて、ようやく毛利輝元も気がついた。
家康を五大老の座から罷免してしまえば、木村吉清がその席に座ることとなる。
そうなれば、木村や前田の天下だ。
いくら輝元が上杉景勝と足並みを揃えたところで、木村、前田、宇喜多の結束は崩せないだろう。
「……加えて、木村吉清は弁の立つ男じゃ。毛利殿が惑わされずとも、上杉くらい容易く言い包めてしまおうぞ」
「……………………」
輝元の脳裏には、木村吉清にいいように操られる上杉景勝の姿がありありと想像できた。
上杉景勝という男は、根は真面目なのだが、寡黙で頑固な男だ。
景勝では、豊臣政権下で異例の躍進を遂げた傑物、木村吉清を抑えられるとは思わない。
「木村が大老となった日には、毛利の居場所などどこにもあるまい。……待っておるのは、木村や前田の天下よ」
だから自分が大老に残れるよう計らってくれ、とのことなのだろうが、輝元には家康に反論できるだけの言葉を持ち合わせていなかった。
「さにあらず!」
前田利長の言葉を遮るように、毛利輝元が口を挟んだ。
「江戸を焼かれ、
「異議なし」
輝元と同じことを吹き込まれたらしい上杉景勝が、輝元の意見に賛同した。
「ここは一つ、大老に残ることを条件に、今後は勝手なことはせぬよう誓紙を書かせてはいかがか」
「異議なし」
上杉景勝が賛同するのを見て、前田利長は流れが変わったのを感じた。
家康を大老の席から外すための話し合いだったのが、いつの間にか、いかに家康に首輪をつけるかという話にすり変わっている。
利長が家康の方を向くと、家康は涼しい顔で事の次第を眺めていた。
この場でさえ、家康の手のひらの上だというのか。
利長は固く歯を食いしばるのだった。
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