第151話 木村征伐 3
吉清の命令で台北に入った清久は、吉清との別れ際の会話を思い出していた。
『いや、そういうことではないのだ。儂はこれから宇喜多に停泊して、家康が江戸を立つまで時間を潰していようと思う』
『で、では、父上は……』
最初から石巻を捨て、高山国で戦うつもりなのか……。
台北に次々と運び込まれる兵糧や火薬、鉄砲の数々。
港には臨戦態勢となった景宗船が今か今かと出港を待ちわびている。
戦支度が進められている台北の町を見て、清久は改めて吉清が一大決戦に臨もうとしているのを思い知るのだった。
江戸からの報せを聞かされ、家康は目を見開いた。
「江戸を焼き討ちにしたじゃと!? そんなバカな……」
木村水軍に江戸湾を占領されて以来、家康は江戸の防衛に力を砕いてきた。
金と時間をかけてお台場と呼ばれる陣に大筒を設置し、江戸を守るように海に向けて砲門を向けさせた。
海面で揺れる船に当てられずとも、接近は抑止できるはず。そう踏んだからこそ、今回の木村征伐に踏み切ったのだ。
使者からの報告は続く。
「それが……木村軍は当家と隣接する里見領より上陸し、陸からお台場を壊して回ったとのことにございます」
「なんと……!」
加賀征伐の際に江戸湾を占領されて以降、海岸防御の重要性を理解した徳川家では、沿岸部にお台場と呼ばれる砲台や土塁を築き上げていた。
しかし、徳川家でやっていたとしても、他の家も同じことをするわけではない。
安房に領土を持つ里見家は、家康の領地である関東と隣接していた。
さらに、里見領は徳川の重要拠点である江戸、小田原、鎌倉までは目と鼻の先であり、木村家の所有する景宗船を用いれば徳川領沿岸全域が木村家の射程に入ってしまったということになる。
つくづく、悪辣なことを思いつくものである。
木村の操船技術の巧みさを知っていたからこそ、海戦を回避して野戦で決着をつけようとしたというのに、木村の戦略は徳川の上を行くというのか。
最初に江戸からやってきた使者を追うように、続々と江戸から使者がやってきた。
江戸の被害を知らせる者。家臣や家族の被害を伝える者。
第一報を聞いたときからある程度覚悟はしていたものの、木村家は家康と戦をするための挑発的な行動が多い。
これもすべて、木村吉清の策略通りだというのか……。
ここに至って、家康はある決意を固めた。
「…………木村吉清と和睦を結ぶぞ」
「なっ……」
「なんと……」
家臣たちが信じられないものを見るような目で家康を見つめる。
徳川四天王の一人、榊原康政が家康の決定に口を挟んだ。
「お待ちくだされ! それでは皆が納得しますまい!」
「そんなものは後回しじゃ! 儂らは今、木村の手のひらで踊らされておるのがわからぬのか!」
家康の一喝で、不満が残りながらも徳川家は木村と和睦を結ぶことに決まった。
「まったく……今になって太閤殿下の気持ちがわかるとはな……」
かつて、秀吉と鉾を交えた戦いである小牧・長久手の戦いでは、家康は野戦で秀吉に勝利を収めた。
だが、秀吉は家康が戦の口実に使った織田信雄と独自に講和を結ぶことで、徳川から戦う理由を奪い、家康を講和の席に立たせた。
戦では勝ったが、外交で負けたのだ。
その自分が、今や秀吉と同じことをしようとしている。
(あの状態から儂を従え天下を取ったというのじゃから、太閤殿下は大したものじゃ……)
少なくとも、自分には木村を従える術は思いつかないというのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます