第150話 喪失前後

 木村征伐軍が江戸城に集結し、木村領石巻を目指して北上していた頃、吉清は宇喜多領に潜伏していた船から、密かに大坂城へ戻っていた。


 あらかじめ話を通していた前田利長、宇喜多秀家、細川忠興を連れ、秀頼に謁見する。


 幼い秀頼に全面的に任せるわけにもいかず、奉行の増田長盛や前田玄以が話の場に同席した。


 挨拶もそこそこに、吉清が本題に入った。


「それがしの持つ石巻33万石、秀頼様へ返上したく思います」


 吉清の話を聞かされ、奉行衆の二人が耳を疑った。


「なに!?」


「しょ、正気か!?」


「つきましては、石巻33万石が太閤蔵入地となった暁には、それがしを代官に任命してくださいますよう……」


 吉清の意図もわからないでもない。


 吉清が石巻を喪失し、豊臣領となれば、木村征伐軍は石巻へ攻め込む口実を失ってしまう。


 拳を降ろす先を見失えば、家康とて戦いようがないというものだ。


 だが、意図がわかるからといって、実行に移すことなど、なかなかできるものではない。


 武士にとって、所領を持ち、一国一城の主となるのは誰もが憧れるところである。


 それを自ら手放すというのだから、木村吉清が今回の戦いにかける意気込みが並々なならぬものであるというのがよくわかる。


 先の加賀征伐のような大老同士の争いも前例がないことだったが、戦の最中に領地の返上を願い出ることも前例がない。


 どうしたものかと二人が顔を見合わせていると、奥から長束正家、浅野長政がやってきた。


「木村殿の申し出を受ける準備は、既にこちらの方で進めておる」


「あとは秀頼様の判断を仰ぐだけじゃ」


 周到な用意を見せる二人に、増田長盛と前田玄以が困惑した。


「長束殿に浅野殿……」


「まさか、木村殿と結託しておったのか!?」


 浅野長政が「ふん」と鼻を鳴らした。


「加賀征伐の折、我らは家康に難癖をつけられたのでな。木村殿が助けてくれなければ、今頃どうなっていたことか……。その時の恩を返すためじゃ。これくらいの協力、どうということはないわい」


 長束正家と浅野長政が水面下で準備を進めていたこともあり、領地の返上はつつがなく終了した。


 宇喜多領に置いていた船団は、今ごろ家康の本拠地である江戸を焼きに行っていることだろう。


 上方でやることはすべて終わらせた。


 吉清が「うーん」とその場に伸びをする。


「それでは、儂は家康が攻めてくるのを、台北で待つとするか」


 吉清は景宗船に乗り込むと、高山国に向けて移動を開始するのだった。

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