第149話 木村征伐 2

 江戸城を出た木村征伐軍は、佐竹領である常陸から浜通りを北上し、伊達領に入った。


 利府城で伊達政宗の軍とも合流し、万一に備え南の蒲生にも目を光らせている。


 それにしても、これだけ軍を進めたというのに、木村領は不気味なほど静けさを保っていた。


 戦の直前だというのに、軍を動かす様子もない。


 どういうつもりなのだろうか……。


 家康が訝しんでいると、上方から秀頼の命令を下すべく奉行の者がやってきた。


 やってきたのは大谷吉継だった。吉継の顔を見て、福島正則が側にいた加藤嘉明に話しかけた。


「秀頼様からの激励であろうか」


「いや、刑部が来るとは余程のことだ。きっと、上方で大変なことが起きたのだろう」


 家康は吉継を陣に通すと秀頼からの命令を聞かされた。


「木村吉清が石巻30万石を秀頼様に返上したとのことにございます」


「……………………は?」


家康が、秀忠が、その場にいたすべての武将が、あまりの報せに絶句した。


「よって、これよりこの地は豊臣家の直轄地となります。徳川様には、速やかに軍を退いて頂きますよう……」


「なっ…………なんじゃそれは!!!!!」


 家康の顔が真っ赤になる。


 戦の最中に自分から領地を返上するなど、正気の沙汰ではない。


 いったい木村吉清は何を考えているというのか……。


 そんな中、徳川秀忠があごに手を当て考えるような仕草をした。


「もしかすると……」


「なんじゃ。申してみよ、秀忠」


「いえ、ふと小耳に挟んだのですが、慶長の役のどさくさに紛れて、銀札を発行する銀行と造船所を高山国に移したという話を聞きましてな……。もしかすると、慶長の役の頃からこうなることを見越して本拠地の移転を進めていたのやも……」


 秀忠の言葉を最後まで聞く前に、家康の顔が真っ赤になった。


「そういう大事なことはもっと早く言わぬか!!!!!!」


 荒れた息を落ち着かせ、家康は冷静に考える。


 しかし、木村吉清はいつ大坂へ上洛したというのか。


 入れ違いになったのなら、どこかでそれらしいものを見てもおかしくはない。


 だが、そういった話は家康の耳には一切入って来なかった。


 いったいどうやって……。


 家康が思案に暮れる中、吉継が遠慮がちに口を開いた。


「……木村殿は宇喜多領に船を停泊させ、そこに潜んでいたのです。……おそらく、徳川様を謀るために」


 家康が歯噛みした。


 木村吉清は、最初から石巻に帰っていなかった。


 家康を釣るため、領地に戻ったと虚報を流したのだ。


「木村吉清め……まんまと儂を出し抜きよったな……」


 あくまで豊臣家臣という立場で木村征伐を宣言した以上、石巻が豊臣領となった今、木村征伐軍を率いて石巻に入るわけにもいかない。


 おそらく、木村吉清はそれを狙ったのだろう。


 普通の武将ではまず思いつかない奇策。いや、思いついたところで、まず実行に移そうなどと思わない。


 海外領土を持つ木村吉清にしかできない策だ。


 上方からもたらされた報せを聞き諸大名があっけに取られる中、福島正則が加藤嘉明に尋ねた。


「……なあ、木村が奥州に居ないとなれば、我らはどこに攻め込めばいいと思う?」


「……木村の本拠地が高山国にあるというのなら、高山国に攻め込む他あるまい」


 木村家の飛び地である北庄を攻めても意味がないため、征伐軍は木村家の新たな本拠地である高山国に攻め込む必要が出てくる。


 そうなれば、木村吉清は高山国に立て篭るだろうが、家康としては高山国にまで遠征するつもりは最初からなかった。


 木村を潰す益より、徳川の被る不利益の方が大き過ぎる。


 長く江戸や上方を留守にするのはもちろんのこと、高山国に兵を進めるということは、明水軍を圧倒した木村水軍を相手にしなくてはならないということだ。


 ただでさえ外洋の苦手な安宅船で、明や朝鮮水軍との戦いで練度を高めた木村家のガレオン船を相手にするなど、結果は火を見るより明らかである。


 よしんば勝てたとしても、高山国の城を攻略するべく長期戦となるのは必至だ。

 長らく上方を留守にしては、反徳川の者に隙を作ってしまう。


 また、兵站の問題もある。そもそも木村征伐軍は石巻を攻める予定で軍を集め、用意を進めてきたのだ。


 それを今さら西国に運び直し、高山国までの兵站を徳川が管理しなくてはならないとなれば、膨大な手間と労力がかかる。


 朝鮮の役の際は豊臣の奉行が取り仕切ったからできたのであって、そのような経験を積んでいない徳川家臣に出来るとも思えない。


 そんな勝ち目のない戦など、最初から始めるつもりはない。


「…………………」


 こうなった以上、秀頼を通じて和睦を結ぶのが得策かもしれない。


 木村吉清とて豊臣家臣である以上、秀頼の命とあれば和睦を結ばざるを得ず、結果として木村の国力を落とした状態で停戦を結ぶことができる。


 そうだ。そうしよう。


 今後の方針を練ると、家康は全軍に指示を出した。


「これより一度、江戸城に戻るぞ!」


 征伐軍の仕度を整え利府城を出立しようとしたところで、江戸から使者がやってきた。


「と、殿! 大変にございます!」


「どうした」


「木村家の水軍が江戸を襲撃し、江戸の町が火の海に包まれたとの報せが!」


「なっ、なんじゃと!?」


 この時、家康は始めて気がついた。


 木村吉清には、最初から和睦を結ぶつもりなどなかったのだ。


 江戸を焼き討ちにされた徳川が後に引けなくなるのをわかった上で、高山国まで攻めて来させようとしているのだ、と。

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