第148話 木村征伐
徳川家臣のひとりである南光坊天海が一栗高春の元にやってきていた。
一度は吉清を訪ねに大坂を訪れていた高春だったが、今では木村領内の一栗領に戻っている。
挨拶もそこそこに、南光坊天海が本題を切り出した。
「先日、大坂の木村様のところを訪ねてましたな。……どのような話をされていたのでしょうか」
「……徳川の者に語る話などない」
一見取り付く島のない一栗高春だが、天海は手応えを感じていた。
本当に話すことがないというのなら、屋敷に通さずとも門前払いすればいい。
そうしないのは、高春自身が話をする気があるからだ。
高春の言葉を無視して天海が口を開けた。
「聞けば、父君であらせる一栗放牛様が亡くなり、所領を受け継いだものの家老に任ぜられず、俸禄を大きく落としているとのこと……」
図星を突かれたのか、高春の目が見開かれた。
「……どこでその話を?」
高春の質問を無視して天海が続ける。
「木村家の黎明期を支えた忠臣の息子に、これは無体な仕打ち……。亡き父君が知られたら、どう思うでしょうか」
「……………………」
「木村家は我ら徳川と険悪な関係となっております。かように忠臣を蔑ろにしては、木村を見限り寝返る者も出ようかというもの……違いますかな?」
「……わしに、徳川に内通せよと言うのか」
否定も肯定もせず、天海はお面を貼り付けたような顔で頭を垂れた。
「どうか、よくよく考えられますよう……」
「……………………」
木村吉清が国元に戻ったと聞くや否や、家康は吉清に出頭命令を出した。
奥州に戻って間もなく、吉清が軍備を整え、謀反を企てていると言いがかりをつけたのだ。
それについて弁明させるべく出頭命令を出したのだが、吉清から弁明らしい弁明が出ることはなかった。
それどころか、一揆に備えてなどともっともらしい理由をつけて、軍備を整えているというではないか。
「木村吉清の叛心、疑うべくもなし!」
慶長5年(1600年)11月。家康は諸大名に木村征伐の号令をかけた。
木村征伐には、加賀征伐に従軍した福島正則、蜂須賀至鎮、加藤嘉明、黒田長政など、多くの豊臣恩顧の大名たちが参陣を表明した。
さらには木村と領地の接する伊達と最上が徳川方につくことを約束しており、木村の背後を守る南部や津軽には戸沢や小野寺が睨みを効かせている。
南光坊天海により、木村領内に根を張る大崎旧領の地侍たちの多くと内応を取り付けた。
万全の備え。これもすべて、豊臣政権下で五大老に準じる影響力を持った木村吉清を従えるための下準備だ。
(加賀では木村に一杯食わされたが、此度はそうはいかん。……必ずや、木村を臣従させてくれよう)
加賀征伐のために上方に集結していた軍をそのまま木村征伐軍にあて、征伐軍を江戸城に集結させた。
福島正則や黒田長政といった名だたる諸将を前に、家康が声を張り上げる。
「お主らも知っての通り、木村吉清が領地に戻り戦支度をしているとの報せから、一月が過ぎておる。
再三上洛の要請をしたというのに、木村吉清からは弁明どころか、何の音沙汰もないというではないか。
もはや、木村吉清が秀頼様に謀反を企んでいることは、疑いの余地もない! 我らの正義の刃でもって、必ずや木村吉清の野望を食い止めようぞ!」
家康の激励に諸将たちが雄々しく声を挙げた。
士気が高まったのを見て、家康は満足そうに頷いた。
(我らの軍は10万はくだらぬ……。木村がいくら兵をかき集めたところで、我らの足元にも及ぶまい……。津軽や南部の助力を得ようとしたところで、戸沢や小野寺が木村につかぬ以上、奴らとて満足に援軍を出すことはできまい)
また、木村征伐軍に参加する武将の多くが、朝鮮に渡った歴戦の強者たちである。
家康には劣るものの、野戦の経験は申し分ない。
兵数。士気。経験。
それらすべてを兼ね備えた木村征伐軍に、木村吉清はなすすべもないだろう。
こうして、木村征伐軍が江戸城を出立して、一月も経たずに木村家は奥州における領土を完全に喪失したのだった。
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