第123話 撤退戦
総大将、宇喜多秀家から撤退の命令が下されたものの、大きな壁が立ち塞がっていた。
「問題は、いかにして金門島まで撤退するかだな……」
行きは一部隊ずつゆっくり送っただけに混乱はなかったが、帰りは多くの部隊がひしめく中で移送をしなくてはならない。
さらに、金門島自体に全軍を収容できるだけの容量がないため、それと並行して台北への移送もしなくてはいけない。
そのため、金門島周辺の海域は大変な混雑が予想された。
このままでは、全軍が渡りきる前に明の追撃軍が到着してしまう。
そうならないよう、撤退する部隊を守るべく
だが、それがわかった途端、大名たちが消極的になった。
辺りを見渡し、無理もない、と前田利長は思った。
ただでさえ殿には危険が多いというのに、どの軍も長きに渡る遠征に疲弊しているのだ。
勢いづいた敵に対し、厭戦感情の蔓延した軍では、損害が大きくなることは目に見えていた。
(我ら前田軍ではできないな……)
誰もが尻込みする中、木村吉清が手を挙げた。
「
「木村殿……」
「なに、まったく勝算がないわけでもない。それがしは何度も明の水軍とやりおうているゆえ、奴らの戦い方も心得ておる。決して、撤退する諸将に槍玉を当てますまい」
勇ましいことを言う吉清に負けじと、壮年の武将が手を挙げた。
「そいなら、
「し、島津殿!」
「なあに、薩摩の兵は5000はおる。一人で10人屠れば、敵は壊滅よ!」
豪快な物言いをする義弘に、諸将たちが苦笑いを浮かべた。
島津なら、本気でやりかねない。
歴戦の猛者である島津義弘なら、万に一つも不覚を取らないだろう。
そう判断した宇喜多秀家は、殿を島津義弘と木村吉清に任せるのだった。
亀井茲矩が残る兵たちを速やかに金門島へ渡航させる中、吉清は海岸に水軍を展開し、輸送のために置いていた軍に、即席の砦を造らせた。
吉清はというと、洋上の船に乗り込み、対岸を見渡していた。
その様子を、前野忠康が不思議そうな顔で見つめていた。
「しかし、意外ですな」
「何がじゃ?」
「いえ、殿は決して危ない橋を渡ろうとはしないお方……。その殿が、自ら
「ふふふ……まあ、それにも理由があるのよ」
吉清が乗り込んだ真新しい船は、他の船とは一線を画していた。
船の建造を加速させている木村家にしてみれば、ただ新しい船など珍しくもない。
問題は、その大きさであった。
通常のガレオン船の、優に二倍はあろうかという大きさで、真新しい大砲も通常の物よりかなり大きい。
また、内装も凝った造りをしており、通常は作らないような書院造の部屋だったり、秀吉の好きそうな豪奢な金箔造りの部屋まで揃えてある。
それだけで、この船がたた戦に使うだけではない船だということがわかる。
「こ、これは……?」
「新たに建造した儂の旗艦。その名も富嶽よ」
対岸に明の旗が見えてくると、陸から合図があった。
吉清が水夫に合図を出すと、富嶽の砲門が火を吹いた。
「おーおー、明の兵が吹っ飛んでいくな。まるで人がゴミのようじゃ」
すぐに二発目を装填すると、再び明の兵たちを蹴散らしていく。
鉄砲の届かない距離から一方的に砲撃され、明の勢いはかなり削られているように見えた。
その機を逃すまいと、島津義弘が明の大軍を相手に暴れまわっているのが見える。
島津義弘の采配が上手いだけではない。島津兵の一人一人が己の命を武器に明兵を殺さんと襲い掛かってくるのだ。
悪鬼のような戦いぶりに、吉清は背筋が寒くなるのを感じた。
「恐ろしい方よのぅ……。島津殿だけは敵に回したくないものよ」
「まったくにございます」
そうして明の攻勢を退けるうちに、遠征軍は無事に渡海を終え、残すは木村軍と島津軍を残すのみとなった。
木村軍が、地形が変わるほどの砲撃をしている間に島津軍が撤退すると、無事に明本土からの撤退を完了させたのだった。
おまけ その一
あったかもしれない話
明の将軍「強者的将軍……! 其方誰? 名前何?」
島津義弘「
明の将軍「島津……義弘……。其方之名前記憶完了。再会期待、我好敵手!」
島津義弘「おう、また会おうど!」
おまけ その二
なかったかもしれない話
「それがしにはあります。あの明の軍勢を前に、勝利の絵を描く力がある」
「勝算は?」
「それがしの読みどおりに戦局が動いてくれれば、九割ほどで」
中央が防戦でもちこたえている隙に、こちらの精鋭部隊の右翼と左翼が敵両翼を突破。
そのまま敵中央の真横と背後につき、包囲網を完成させる。
包囲殲滅陣。
これが、吉清が描いた勝利の絵だった。
戦型を整え、迎え撃つ準備を整える。
そして後方で情報収集の担当をしていた後方支援職が、戦況分析の声をあげる。
「彼我の戦力差、出ました! 木村・島津軍、およそ7000。明軍、およそ20万!」
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