第122話 停滞前線
宇喜多秀家率いる明遠征軍は、交州の一大貿易港、広州にまで軍を進めた。
しかし、明遠征軍の快進撃もそこまでであった。
野戦で次々と明軍を打ち破るも、日本軍に満足な攻城兵器がないとわかると、明軍は積極的に籠城を行なうようになった。
慣れない土地での長期戦に次第に軍は疲弊していき、軍の中では次第に厭戦感情が高まり始めた。
既に広州を制圧したことで、戦果は十分に挙げた。
あとは明と和議を結び、制圧した領土の統治に専念した方がいいのではないか。
そんな思いが蔓延する中、総大将である宇喜多秀家は決断を迫られていた。
このまま戦いを続けるか、一度明と和睦を結び、占領した土地の統治に専念するか。
従軍する大名たちとしても、武功を挙げ、略奪で十分に潤ったのだから、これ以上軍を進める意味も薄く、長く国元を空けたくないとの思いもあった。
……和議の上申をした方がよいか。
宇喜多秀家がそう思い悩んでいると、京より衝撃の知らせが舞い込んできた。
「た、太閤殿下が亡くなられた……!?」
文を握り、呆然とする宇喜多秀家を支えるように、戸川達安が秀家の肩に手を置いた。
「殿、どうかお気を確かに……」
「五奉行や徳川様、前田様は明と和睦するべく、協議しているとのことにございます」
「ううむ……」
宇喜多秀家としても和睦には全面的に賛成だったが、状況が状況なだけに、手放しに喜べそうにない。
日本軍が明の領土を食い荒らし、明に大打撃を与えた上で和睦するのと、秀吉が死去したため和睦を結ぶのでは、根本的に意味合いが変わってくる。
占領した領土の獲得はおろか、秀吉の死に勢いづいた明が大規模な反攻を仕掛けてくる可能性も高い。
そうなれば、今回も領地を得られずに日本に戻ることに他ならず、加増はおろか、命をかけて戦った家臣たちへの恩賞にも困ってしまうだろう。
そう考えた秀家は、秀吉死去の事実を諸将にも隠し、明に気取られないよう現状維持に努めた。
しかし、それも長くは続かなかった。商人から話が漏れたのか、噂話が伝播していったのか。
明側に不穏な動きが目立っていく。
それから時を置かずして、明の反撃が増えていった。
最初はことごとく撃退していたが、秀吉の死が噂されているのか、将兵たちの動揺が伺える。
これ以上の戦線維持が困難に思えていた頃、正式に撤退が決まった。
やはりと言うべきか、大老や奉行たちから「制圧した領土を破棄し、すみやかに日本に撤退せよ」との命が下された。
命をかけて制圧したというのに、みすみす手放してしまうのは口惜しいが、秀家自身も講和は望むところであった。
一度は広州にまで軍を進めた遠征軍を金門島手前にまで撤退させると、緊急の用があるとして軍団長を含めた大名たちを招集した。
「皆、既に耳にしている者も少なくないとは思うが、太閤殿下が亡くなられた」
前田利長や細川忠興といった大名たちが息を呑んだ。
大名たちが口を開く前に、秀家が続ける。
「奉行や大老の命により、此度の遠征は中止となった。これより、一度金門島まで撤退し、本土へ帰還する」
「お、お待ちください。それでは、我らが占領してきた土地は……」
「……太閤殿下が亡くなられたのだ。今はそのようなことを言っている場合ではあるまい」
茫然自失といった様子で俯く大名たちを見渡し、宇喜多秀家は重い口を開けた。
「我ら明遠征軍は、これより撤退を始める」
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