第117話 鎮西一の剛勇、立花統虎

 吉清は儲けた金を酒や娯楽品に変えると、挨拶代わりに諸大名に配っていく。


 鍋島直茂の陣に入ると、早速酒を配って回った。


「鍋島殿の武勇、それがしも聞き及んでおります。先の朝鮮の役では多大な活躍をされたのだとか!」


「…………そうか」


「つきましては、此度の役でもますますの健闘をお祈りし、お近づきの印に、まずはご一献……」


 吉清が酒を差し出すと、鍋島直茂は軽く会釈をして受け取った。


 ……思った以上に、反応が芳しくない。


 やはり、秀次事件で秀次を陥れたという悪評が尾を引いているのか。


 それとは対象的に、吉清に好意的な大名も少なからず存在した。


 その一人が、立花統虎であった。


 自分の陣へ戻っていく吉清を見つけると、立花統虎が声をかけた。


「木村殿!」


「おお、立花殿! いかがされましたかな?」


「先日頂いた酒のお礼に参ったのです。高山国の酒、大変美味にございました」


「そんな……わざわざ立花殿に足を運んで頂かずとも、言って貰えればそれがしが出向きましたものを」


 立花統虎が首を振った。


「これくらいさせてくだされ。木村殿はそれがしのかつての主であった大友義統様を手厚く保護していると聞きます。それどころか、行き場を失った多くの大友家臣の面倒まで見てくれていると……! そのような恩人に、礼を欠いた真似はできませぬ。

 この場を借りて、お礼申し上げます」


 深々と頭を下げる立花統虎に、吉清は統虎の頭を上げさせた。





 鍋島直茂に比べて、立花統虎の感触は悪くない。

 出来るなら、このまま関係を深めて、自身の派閥に組み込みたいところだ。


 手始めに、立花家への経済支援の一環として、木村家の負担で港を建設すると申し出た。


 経済的な結びつきを強め、関係性が強くなったところで、吉清はさっそく本題に入った。


「時に立花殿……実はそれがし、鍋島殿に嫌われているようでしてな。もし良ければ、口添えをして頂きたく……」


 神妙な顔をする吉清とは対象的に、立花統虎は堂々と言い放った。


「木村殿に後ろ暗いところはないのでしょう? それなら、木村殿が頭を下げる必要はございません。鍋島殿は思慮深く懐の深い方ゆえ、誤解もすぐに解けましょう」


「と、解けなかった場合は……?」


「その時は、鍋島殿がそれまでの人物だっただけのこと! 木村殿が気にする必要はありませぬ」


 豪胆に笑う立花統虎を、吉清は唖然とした様子で見送った。


 歳は吉清より一回り若いくらいだが、人としての器は立花統虎の方がよほど出来ている。


 見習おうとは思わないが、人の風聞ばかり気にする自分の器の小ささを見せつけられた気分だった。






 数日後。鍋島直茂から「先日はつれない態度をした」と詫びを入れてきた。


 タイミングからして、立花統虎が何かしら取り計らったのだろう。


 すぐさま吉清は「気にしなくていいよ。これからも仲良くしようね」といった内容の返答をし、取り計らってくれた立花統虎にも礼の品を送るとにした。


 再び立花統虎の陣を訪れると、吉清は持ってきた包みを開けた。


 箱の中身を見て、統虎が目を見開いた。


「こ、これは……!」


「以前、蒲生氏郷様より頂いた茶碗にございます。銘こそございませぬが、なかなかどうして、実に見事な逸品……!

 立花殿は茶の湯の造詣が深いと聞きましたゆえ……」


 一度は手放した茶碗だが、大谷吉継の手から、どういうわけか秀吉の元に渡り、褒美として吉清に下賜されたのだ。


 紆余曲折を経て吉清の手に戻ったのだと説明すると、立花が驚いた様子で頷いた。


「再び手元に戻る。つまり、戦場では必ず生きて戻ることの暗示……。これは、大変な縁起物ですな!」


 吉清から茶碗を受け取ると、立花は深々と頭を下げた。


「木村殿のご厚意、かたじけない」


 これ以降、木村家は立花家との関係を深めていくのだった。

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