第116話 借りを作る

 津軽為信をはじめ、松前慶広など奥州の与力大名たちに高山国東部開拓をさせる傍ら、吉清は同じように後詰めとして高山国に残った者に声を掛けていた。


 その中の一人、蒲生秀行が目を見開いた。


「当家に海南島へ渡って欲しい!?」


「うむ。儂が後詰めの大名たちに高山国の開発をさせているのは知っておろう」


 秀行が頷いた。


 蒲生家と親戚になった南部家から、高山国の開発で忙しくしているという話を聞いていた。


 もしやと思ったが、まさか自分にも声がかかるとは。


「しかし……よろしいのですか? 我ら蒲生軍は6000もの軍勢……。それが陣を抜けたとあっては、何かと騒ぎになりましょう」


「心配するな。儂がなんとかする」


 吉清がドンと胸を叩いた。


 総大将の宇喜多秀家とも、明との最前線にあたる海南島の防衛と開発のために一部の軍を借りることは承知してもらっている。


「それよりも、この遠征は秀行殿にとっても負担が大きかろう。ここまでの移動や滞在にかかる費用は自腹で、他の大名と違い明本土へ渡れないのであれば、略奪もできぬのだからな」


 秀行が押し黙った。


「それなら、儂のところで小銭を稼ごうではないか。少なくとも、今回の遠征にかかった費用を帳消しにできるくらいの銭は稼げるぞ」


 義父である悪魔の誘いに、思わず秀行が頷くのだった。






 蒲生秀行を筆頭に、成田氏長など小身の大名たちにも声をかけると、すぐさま海南島へ渡航させた。


 表向きは対明の前線拠点を築くための出向だが、吉清としては街道の敷設や農地の開発まで、あらゆることをさせるつもりでいた。


 前野忠康に開発計画を立てさせていると、忠康が遠慮がちに口を開いた。


「……よろしいのですか?」


「何がじゃ?」


「開墾した土地の年貢を3年間引き渡すなどと約束してしまって……」


 秀行や他の大名たちに、吉清はそのように約束していた。


 ただ決めた金額を支払うより、頑張った分だけ銭がもらえた方がやる気が出ると考えたのだ。


 ただ、前野忠康が聞きたいのはそんなことではないのだろう。


 少し考えて、吉清が忠康に尋ねた。


「…………お主は誰かに金子を貸したことはあるか?」


「はっ、たまに知り合いに貸すことがありますが……それが何か?」


「では、金を貸した相手との仲が悪くなり、あるいは敵対することはあるか?」


「まさか! 借りた金を返さない時はいざ知らず、険悪になってしまえば、こちらも貸した金をとりっぱぐれる恐れがありますからな」


 前野忠康の答えを聞いて、吉清が口を歪ませた。


「儂もな、連中からあるものを借りているのよ」


「あるもの……?」


「人足じゃ」


 吉清が借りているもの──それは遠征軍の労働力だ。


 金を借りる代わりに労働力を借り、借りた労働力で開墾した土地の3年分の年貢という形で返済する。


 そういう約束をしている以上、少なくとも年貢を貰える3年間は、吉清と敵対しようとは思わないはずだ。


「誰であれ、貸した金は返して欲しいと思うもの……。少なくとも、あと3年間は儂に敵対することはあるまいて」


「なるほど、流石は殿……。そこまで考えておいでだったとは……!」


 前野忠康には話していないが、間もなく家康と事を構えることになるかもしれない。


 そうなった時のため、今から楔を打っているのだ。


 味方を増やせずとも、敵を増やさない。


 風向きがこちらに向けば、それだけで自ずと味方は増えていくだろう。


 そう睨んだ吉清は、せっせと借りを作るのだった。

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