第118話 表裏比興の者、真田昌幸
真田昌幸の弟である信尹は木村家に仕えているため、昌幸の元にはある程度木村家の情報が入ってきていた。
飛ぶ鳥を落とす勢いだという木村家の実態はどうなっているのか。今後付き合うべき家なのか。そもそも、木村吉清とはどういう人柄なのか。
秀次事件での評判を聞く限りでは、あまり良い人物には思えない。
しかし、木村家に仕えている信尹からの報告は、巷で噂になっている吉清像からは大きくかけ離れていた。
「信尹からの話によれば、木村殿は気さくな方で、案外とっつきやすい方らしいな」
「おお、では……!」
昌幸の嫡男、信幸が目を輝かせた。
「しかしな、儂が木村殿と親しくしたいと話したところ、信尹が渋い顔をするのじゃ。木村家でそれなりの地位に就き、俸禄も悪くないというのに、木村殿に仕えたことをどこか後悔しているような、そんな感じがするのじゃ」
昌幸の次男、真田信繁──のちの真田幸村が息を呑んだ。
「あの叔父上が……」
「信尹の態度が解せぬゆえ、旧知の仲である曽根昌世にも話を訊いてみた。曽根殿によれば、生まれる時代を間違えたような方じゃと言っていたな」
「曽根殿まで……」
「あの曽根殿がそこまで買っているとは、やはりただ者ではございませんな」
かつて、曽根昌世は真田昌幸と並び『信玄公の両眼の如き者』と称された男だ。
その曽根昌世をもってして、そこまで言わせるとは……。
期待に目を輝かせる信幸と信繁とは裏腹に、昌幸は顔を渋くした。
「二人の話では、どのような男かイマイチわからぬゆえ、小幡信貞にも話を聞いてみた。聞くところによれば、小幡殿が一番長く木村殿のところに仕えているというしな」
「して、小幡殿は何と……?」
「堅実にして大胆、博徒のようであり策士であると」
ますますわからない。木村吉清とは、どのような男なのだ。
昌幸は首を傾げると、やがて決心したように遠くを見つめた。
「…………一度、会ってみるとするか」
昌幸の突飛な結論に、信幸が動揺した。
「よ、よろしいのですか!? 木村様といえば、此度の奉行として大軍の兵站を担うお方……。忙しく政務に励んでおられるというのに、いきなり会おうというのは……」
「いや、木村殿から会いたいと誘いが来たのじゃ。なんでも、台北に居残りでは暇だろうから、茶でもいかがか、とな」
そうして、昌幸と信幸、信繁は、茶会の道具を揃えて木村吉清の元へ向かうのだった。
木村吉清との茶会を終えると、真田信幸が少し興奮した様子で信繁と話していた。
「大大名とは思えぬ、気さくな方でしたなぁ」
茶会でのことを思い出しているのか、信繁が空を見上げる。
「まったくです。太閤殿下の直臣として偉ぶったりせず、当家を田舎大名と侮ることもない。実に良く出来た方でした」
口々に木村吉清を褒めそやす二人を尻目に、昌幸は一人、違うことを考えていた。
「しかし……ふむ、あれが奥州のマムシと恐れられる木村殿か……」
「どうかされたのですか、父上?」
首を傾げる信幸に、昌幸は神妙な顔をした。
「いやな、これでも儂は、人を見る目は確かな方じゃと自負しておった」
「おお、その父上がお認めになるということは、やはり大した方でしたか!」
「いや、自信がなくなったわ。今日ほど己の眼力を疑った日はない。あれは……どこからどう見ても……」
どこからどう見ても、ただの小物にしか見えない。
いやいや、と昌幸は頭を振った。
そんなはずはない。一代で、それもわずか数年で100万石近い大大名となった傑物が、単なる小物なわけがない。
だが、昌幸の目には、吉清はどこからどう見てもただの小物にしか見えなかった。
あるいは、木村吉清は昌幸を油断させるため、あえて自ら矮小な人物だと偽っているのか。
もしそうだとすれば、大した役者だ。
信尹を通じてある程度良好な関係を築いている真田家に対し、今さら猫を被る豪胆さ。
昌幸が木村吉清という人物を値踏みするのをわかった上で、自分を売り込むなり大きく見せることもしない。
むしろ自分を低く見せ、油断させているようにも感じる。
また、吉清の態度も妙であった。昌幸を値踏みし終え、高く買った上でこちらに対し接待しているような、そんな感じさえ覚えてしまう。
何が狙いかまではわからないが、自分を過小評価させることで油断を誘っているのか。
そこらの凡庸な大名では、及びもつかない考えだ。
堅実にして大胆。博徒にして策士。小幡信貞の言葉も納得がいくというものだ。
「木村吉清、か……」
面白い男だ、と思った。
人柄や才覚こそ際立ったものは感じないが、他の武将とは違うものを見ているような気がする。
こちらが目隠しで将棋を指すのに対し、木村吉清はこっそり目隠しを外し指南書を片手に指しているような、そんな抜け目なさを感じるのだ。
(いずれにせよ、木村殿が台風の目となるのは間違いない……。その時に乗り遅れぬようにするか……。どちらにせよ、真田が生き残れるよう、信尹にはこまめに連絡させるとするか)
今後の方針を決めると、昌幸はすぐに信尹に文を送るのだった。
真田親子との茶会を終えた吉清は、遠く昌幸の去っていった方を見つめ、静かに息をついた。
「真田殿は後詰めとして高山国に残るからな……。なんとかして、領地の開発を手伝ってもらわねば」
特に、真田昌幸は信玄譲りの優れた築城技術を持つという。その昌幸に、海南島に新たに城を築いて貰えれば、この上なく心強いのだが。
「肝心の信尹は京に置いていってしまったしな……。ここは銭をちらつかせて交渉してみるか」
今回の遠征にかかった経費を計算し、城の普請にかかる費用を捻出するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます