第104話 南蛮征伐

 目の前に広がる大海原を見渡し、宗明は遥か彼方の樺太に思いを馳せた。


「樺太に居た頃は寒さに震えながら畿内に帰りたいと思っていたものだが……」


 畿内に来て早々に吉清の養子となり、分家を興すことになってしまった。


 それからトントン拍子に前田家との婚儀も決まってしまい、高山国の地に5万石の所領を貰うまでに至った。


「ほんの数年前までただの小姓だった私が、今では南蛮征伐軍の総大将だ。吉清殿……義父上と居ると忙しくてかなわんな」


 宗明についてきた蠣崎行広が頷いた。


「まったくにございますな」


 本来、蠣崎行広は樺太に送られ奉行をしていたが、宗明が畿内に戻された際に、一緒についてきたのだった。


(樺北の代官は家臣に任せてあるし、俺は武功を稼ぎ木村様からの覚えを良くしなくては……)


 蠣崎行広は松前慶広の三男として生まれた。


 次期松前家当主が兄に決まった以上、弟である行広は家臣になる他道がないのだが、行広には有り余る野心があった。


 現在は人質として木村家に厄介になりながら、分家を興す際に木村家の後ろ盾が得られるよう吉清に媚を売っていた。


 そうして、宗明の支援をするという名目で、南蛮征伐軍についてきたのだった。






 南蛮征伐軍がルソンに到着すると、さっそく侵攻計画が練られた。


 現地の商人を水先案内人として捕まえると、ルソン近海の島々に侵攻を開始した。


 土着の部族や華僑の都市国家、イスパニアの傀儡都市を次々と服従させると、人質を取り、食料や水の補給を行い、あるいは次の侵攻軍の尖兵とした。


 侵攻し、征服するのが目的とはいえ、木村家が治める日本人町が襲撃された報復という仕事もある。


 そのため、一応現地の者に聞き取り調査を進めていた。


 報告を聞くと、宗明は声を荒らげた。


「なに!? 当家の町は荒らしていないだと!?」


「人違い……ならぬ、国違いでしたな……」


 曽根昌世が表情を曇らせると、御宿勘兵衛が尋ねた。


「では、いかがしましょうか」


「…………義父上から、征服した後は臣従させ、当家に逆らわないようにさせると聞いている。このままこの地を支配するぞ」


 現地の勢力を臣従させ、王族や有力者の人質をとると、宗明軍はさらに南方へ進軍を開始した。






 二月も征服と支配を続け、とうとう宗明軍はルソン近海で最も大きい島、ミンダナオ島に侵攻を開始した。


 木村家の十八番とも言える強襲上陸と拠点となる港を築くと、陸と海から侵攻を開始する。


 ルソンからの兵站を整え、陸からは訓練された鉄砲隊による一斉射撃を。海からは艦砲射撃で船や町を破壊する。


 蹂躙を続けるうちにミンダナオ島南部に勢力を構えるマギンダナオ王国を降伏させると、再び聞き取り調査を行なった。


「今度はどうであった」


「またしても、当家の町を荒らした覚えはないと……」


「なんということだ……」


 とりあえず、王族や貴族の子息を人質とし、マギンダナオ王国を臣従させた。


 当初のルソンに課した間接支配の条項を突きつけ、生かさず殺さずの姿勢で金を貪る。


 そうして、ゆくゆくは木村家の直轄地である日本人町を増やし、ルソンのように直接支配へと切り替えていくのだ。


 数々の勢力を滅ぼし、順調に拡大を続けてはいるが、あといくつの国を攻め、滅ぼせばいいのだろうか。


 商人の話によれば、南方にはさらに島国やら都市国家があるというではないか。


「このままではらちが明かん……。一度、義父上に使いを送ろう」


「されど、ここから文を送るとなると、片道一月以上はかかりましょう……」


「かまわん。どの道、この辺りの国も臣従させたばかりだ。これ以上の深追いは禁物よ」


「はっ」






 宗明からの便りを持って、ルソン奉行の補佐兼商人をしている原田喜右衛門がやってきた。


 挨拶もそこそこに宗明からの知らせを聞くと、吉清は耳を疑った。


「なに!? 当家の町を荒らした海賊が見つからないじゃと!?」


 見つかり次第、報復としてサメの餌にしてやるつもりだっただけに、興の削がれる報告であった。


「…………仕方ない、海賊の居そうな土地を片っ端から征服するか」


 元より、倭寇や海賊たちを征伐し、ルソン近海に秀吉の威光を轟かせるという大義名分で秀吉から南蛮征服の許可を貰っていたのだ。


 その海賊が見つからないとあらば、遠征先を広げるしかあるまい。


 報告によると、兵站や軍の規模からいって、宗明はこれ以上の進軍は危険だと訴えていた。


 本当ならルソンより先に広がるボルネオ島やジャワ島、果てはオーストラリアまで進出したかったが、遠征軍の総大将が無茶だと判断したのならそうなのだろう。


「さて、どうしたものかのう……」


 商人から取り寄せた地図を広げ、今後の方策を練る。


 兵站に不安があるというのなら、今のルソン周辺の島々が今の木村家が遠征できる限界だということがわかる。


「お、ここは……」


 吉清が地図に描かれたある島を指すと、原田喜右衛門が答えた。


「ほう、海南島ですか。明からほど近いにも関わらず化外の島として明の力の及ばぬ地……当家が進出するには、たしかに良いところかもしれませぬな」


 地図上から見た距離としては、木村家が遠征できる距離の限界ギリギリに見える。ただ、道中に邪魔をしてきそうな勢力がない分、こちらの方が容易そうに見える。


 次の方針が決まった。


「では、次はそこに行くか!」


 意気揚々と席を立とうとする吉清を原田喜右衛門が止めた。


「お待ちくだされ。未だにどこの国も手を出しておらぬということは、それなりの理由があるはず……。これは知り合いの商人の受け売りですが、かの地には凶悪な倭寇の拠点があり、内地には蛮族が住んでいるのだとか……」


「なんじゃ、そんなことか……。どちらの制圧も当家の得意分野ではないか」


 高山国を征服する際、木村軍は散々倭寇や現地の部族の相手をしてきた。これまで水軍の増強に力を注いできただけに、対倭寇に関しては、今や木村家の右に出る者はいない。


 さっそく吉清は新たな遠征の準備を進めた。


 今回の南蛮征伐には高山国やルソンの将兵を動員させた。


 さらに軍を動員するとなれば、石巻や樺太の武将も招集しなくてはならない。


 ……仕方がない。


 吉清は在京している武将である、真田信尹を呼びつけた。


「信尹、石巻や樺太からも将兵を集めるゆえ、抜けた穴を塞ぐよう人員の手配をしておけ」


「はっ……………………えっ!?」


 吉清から申し付けられた無理難題に、真田信尹の顔が引きつるのだった。

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