第103話 海賊
津軽家から送られてきた人質である津軽信枚は、ルソンにて政務の手伝いをしながら、実地で木村家の統治を学んでいた。
ふと、はるか水平線から、何かが向かってきているのが見えた。
「なんだ、あれは……」
距離が近づくにつれ、その正体がわかった。
どれも木村家の商船だ。
帆は破け、船体はボロボロになっている。
どれも損傷が酷いように見えた。
だが、その向こう。木村家の船団を追うように、正体不明の船が迫っていた。
すぐさま報告するべく、津軽信枚は奉行の元へ急ぐのだった。
ルソンからの報告に、吉清が目を剥いた。
「何!? ルソンの日本人町が襲撃されたじゃと!?」
文禄の役でルソンのイスパニア勢力を一掃したのち、木村家はルソンを間接支配しつつ、東南アジア各地に日本人町の建設と支配を進めてきた。
そうして、日本人町から上がる上納金(みかじめ料)と引き換えに安全を保証してきたが、その木村家に真っ向から敵対するとは。
「相手はわかっておるのか!?」
「それが、どうやら南方の異民族らの仕業にございます」
吉清は歯噛みした。
これまでは、人的資源や兵の少なさ、水軍の脆弱さから、周辺諸国とは穏健に済ませてきた。
だが、向こうがその気というのなら、こちらも手段は選ばないというものだ。
こうして、木村家では討伐軍を編成しつつ、秀吉から南蛮征服の許可を貰いに行った。
長束正家、浅野長政ら他の奉行に根回しをし、秀吉に謁見する。
状況を説明し、吉清が頭を下げた。
「南蛮を征服したいじゃと?」
「はっ、かの地に根を張る蛮族らが日ノ本の海を脅かす限り、明征伐は困難となりましょう……。
海の果てまで太閤殿下の威光を知らしめる役目、どうかそれがしに……」
「よかろう」
秀吉が頷くと、吉清は頭を伏した。
「ははっ、必ずや殿下のご期待に応えてみせましょうぞ」
吉清の背中を見送ると、秀吉の脇に控えていた三成が口を開いた。
「……殿下、いささか木村殿に便宜を図りすぎではないかと……」
秀次事件では木村吉清の謹慎をあっさりと解いたばかりか、最上の娘の助命嘆願まで聞き入れたという。
その上さらに、南の島の征服まで許すといは……。
ここまで甘い顔を見せては、他の大名への示しがつかないのではないか。
三成は暗にそう言っていた。
「吉清の言っていることは、筋が通っていよう。今は明と講和を進めているが、機が熟せば再び戦となろう。そのための露払いよ。
……それとも、最上の娘との婚姻を認めたことを言ってるのか?」
秀次事件以降、大名同士の婚姻は厳しく取り締まられるようになった。
もちろん、木村家も例外ではないのだが、この決まりが制定される直前に祝儀を挙げたとして、不問となったのだ。
「あやつが鷹狩りのことを教えてくれたおかげで、秀次に腹を切らせられた。これくらい、安いものよ」
「……………………」
吉清と秀次は親しい関係にあった。
秀次の切腹を見届けたのち、涙を流していたと報告を受けている。
だが、これを知ったら吉清はどう思うだろうか。
三成は複雑な顔で、吉清に思いを馳せるのだった。
屋敷に戻ると、吉清はすぐさま南蛮征伐軍の編成にとりかかった。
軍団長として、船奉行で木村水軍の要である梶原景宗。
家老で建築や築城のエキスパートである大道寺直英。
ルソン奉行で同地のことに詳しい垪和康忠。
康忠の補佐としてルソンで寺社を取り仕切る松倉重政。
旧北条家臣で統率や武勇に優れた御宿勘兵衛を任命した。
そして、征伐軍の大将には、養子にして間もない木村宗明を命じた。
「えっ、それがしが大将ですか!?」
吉清からの命令を聞き、宗明が困惑した。
「無茶です! それがしは戦の経験も浅く、ましてや軍の采配など……」
「心配するな。お主のために助っ人を用意した」
吉清が合図を出すと、眼光の鋭い、壮年の武将が現れた。
「お呼びにございますかな……」
ただならぬ覇気に、宗明が気圧された。
「そ、曽根昌世殿……」
「おお、昌世。お主には宗明の補佐を任せたい」
「おまかせあれ……」
曽根昌世が頭を下げると、宗明は顔を引きつらせるのだった。
梶原景宗、大道寺直英、垪和康忠、松倉重政、御宿勘兵衛、それぞれに兵1000を。
大将である宗明には兵1500を預け、総勢6500の軍を用意すると、南蛮征伐軍は高山国を出発した。
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