慶長の役編
第102話 利長と和解しよう
宗明との婚儀では祝儀にと金沢に港を建設し、豊臣家中の主導権争いでは率先して前田家の味方についている。
献身的なまでの前田贔屓により、吉清は自他ともに認める前田派閥の一員となっていた。
そのおかげもあってか、前田利家の覚えもよくなっており、木村家に対して好意的な者も増え始めているという。
それでも、前田家の中に吉清をよく思わない勢力も存在していた。
前田家の嫡男である、前田利長。彼を筆頭に、木村家をよく思わない者たちが派閥を作っていた。
今は利家の力が強いため押さえ込めているが、利家が亡くなるのも時間の問題である。
それまでに、どうしても利長と和解をしたいのだが、その方法がわからないでいた。
「どうしたものかのぅ……」
独りごちる吉清に、京を訪れていた曽根昌世が顔を出した。
「いかがなさいましたかな……」
吉清が事情を説明すると、曽根昌世は「なるほど……」と頷いた。
「相手の心に入り込むには、まずは相手の欲するものを知る必要があります……。
殿は前田様の好みはご存知ですかな……?」
「……わからぬな。これまで、あまり話す機会もなかったのじゃ。……強いて挙げるとすれば、衆道が好きなことくらいかの」
「であれば、話は簡単です……。和解のため、殿が身体を張ればよろしいかと……」
「儂に衆道の趣味はないと言っておろうに!」
貞操の危機を伴う提案に、吉清が声を荒らげた。
しかし、曽根昌世の言うことも一理ある。
(衆道に、贈り物か……)
作戦を思いついた吉清は、後日、土産物を持参して前田屋敷を訪れた。
利長の元を通されると、吉清が頭を下げた。
「…………何かと思えば、いったい何の用だ」
不機嫌な様子の利長に顔を曇らせつつ、吉清は本題に入った。
「関白殿下が亡くなられた際、当家では家臣の多くを庇護いたしました。その中の一人に、是非とも前田家に出仕したいと申す者がおりましたゆえ、連れてきた次第にございます」
利長が「ふん」と鼻を鳴らした。
「そんなもの、儂ではなく他の者に通せばよかろう、に……」
出仕したいとやってきた男の顔を見て、利長が言葉を失った。
端正な顔立ちに、きりりと引き締まった口元。誰もが思わず振り向くその顔には、見覚えがあった。
不破万作。名古屋山三郎、浅香庄次郎と並ぶ、絶世の美男子ではないか。秀次が腹を切った際に消息不明となっていたが、まさか生きていたとは……。
万作を配下に召し抱えれば、夜伽が今まで以上に楽しくなるのは間違いない。
利長の口元がわずかに緩んだ。
「…………いいのか?」
「本人たっての希望にございます」
吉清が恭しく頭を下げる。
ニヤけそうになるのをぐっと堪え、利長は吉清への評価を改めた。
(木村吉清……鼻持ちならないやつかと思ったが、なかなか話のわかる男ではないか)
「木村殿のお気持ち、ようわかり申した。されど、これで儂の心を動かせるとは思いますな」
頑なな態度に面食らいつつ、吉清はなおも食らいついた。
「当家が前田家の面目を潰したことに非があるのはわかり申しますが、なぜそうまで敵愾心を燃やされるのですか。親戚筋となった今、当家と利長殿が敵対する益などありませぬ」
理をもって諭そうとする吉清に、利長が顔をしかめた。
「…………儂とて、本当はわかっておるのだ。木村殿は氏郷殿の遺言で蒲生家を守り、己に利がないにも関わらず最上の娘を助けた義将だということくらいな……。
だが、それでは家臣たちが収まらぬのだ。誰かが旗頭となりまとめ上げねば、収拾がつかなくなってしまう」
「そのために、自ら反木村派の旗頭となられたのですか……」
利長が静かに頷いた。
「儂とて、このまま木村殿と敵対しても利はないことくらいわかっておる。……だが、もう儂一人の感情では、どうにもならぬのだ」
無念そうに利長が呟いた。
これで話は済んだとばかりに立ち去ろうとする利長に、吉清が静止をかけた。
「お待ちくだされ。此度のこと、利長殿の言い分がもっともにて、当家はただただ頭を下げる立場。
贈り物一つで懐柔されたとあっては、利長殿の名前に傷がつきましょう」
「…………何が言いたいのだ?」
吉清の提案を聞き、利長は納得した様子で頷いた。
後日、前田家の親戚筋にあたる、宇喜多秀家、細川忠興、蒲生秀行の仲介により、利長と吉清は和解をした。
表向きは彼らの顔を立てるべく和解した形となるため、利長としても家中の反木村派を抑えやすくなった。
また、木村家としても形式上は彼らに借りを作る形となったが、細川と蒲生に関しては元々貸しがあり、宇喜多に対しても来たる慶長の役で便宜を図ることで貸し借りを相殺したのだという。
他の大名たちから嫌われつつある中で、これだけの影響力を持ち、これだけの策略を巡らせるとは……。
(なるほど、父上が欲しがるはずじゃ)
メンツを潰してでも利家が吉清を手放そうとしなかった理由が今ならよくわかる、と思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます