第101話 次の天下人は誰か

 重臣たちと酒を酌み交わしながら、吉清たちは談笑にふけっていた。


 こういう機会でもなければ、顔を合わせる機会が少ない者も多いのだ。


 そうした者とも、この機に言葉を交えて親交を深めようと思っていた。


 そこでふと、吉清は気になっていたことを尋ねてみた。


「太閤殿下の死後、天下人になるとすれば誰じゃと思う?」


 真っ先に答えたのは、台中奉行に任命された藤堂高虎だった。


「やはり徳川様でしょう。小牧長久手の役では太閤殿下も打ち破り、殿下もとうとう搦手によって臣従させざるを得なかったほどの実力者ですから」


 藤堂高虎の意見に、荒川政光が首を振った。


「いやいや、やはり前田様でしょう。豊臣政権の重鎮にして、諸大名からの信頼も厚い。古くから信長公に仕えた実力者でもあります」


「何を言っておるのだ。次の天下人は、我らが殿に決まっておろう。高山国、ルソンを集中に収め、南蛮貿易で100万貫(250万石)、石高も90万石はある大大名じゃ。これらを合わせれば、日ノ本で殿に敵う者などおるまいて」


 小幡信貞が吉清を推すと、同じことを考えていたのか、四釜隆秀が頷く。


「して、殿はいかがお考えなのですか?」


「次なる天下人は、徳川様じゃろうな」


 吉清の言葉に、家臣たちからは納得の声があがった。


 家康は野戦において秀吉を打ち負かしたほどの戦上手だ。


 関東一円に250万石もの所領を持つ家康は、他の大名に抜きん出た存在である。


 その家康に敵う大名がいるとすれば、前田や毛利、上杉、あるいは吉清のような100万石クラスの大名となるが、その吉清が家康が天下を取ると言っているのだ。


 であれば、家康の天下は揺るがないだろう。


 もっともだと頷く家臣たちに、吉清の眼光がギラリと鋭くなった。


「…………もちろん、儂が何もしなければの話じゃが」


「おお……!」


「では、まさか……!」


 吉清の言葉で、家臣たちの中に熱いものがこみ上げてきた。


 これまで、幾度となく吉清の無理難題に応えてきた。

 自分たちの頑張りと共に成長を続けた木村家が、とうとう天下に手をかけるのか。


 そう思うと、より一層酒が進むのだった。






 色めき立つ家臣たちを尻目に、吉清の脳裏には秀次の遺言が蘇っていた。


「豊臣家を……拾様を、頼む」


 きっと、心のどこかで秀次はわかっていたのかもしれない。


 秀吉亡き後の豊臣家は、長くは持たないだろうということを。


 だからこそ、未来から転生してきた吉清に託したのだ。


 この先、豊臣家にどんな苦難が降りかかろうと、吉清ならば破滅の未来を変えられるだろう、と。


(蒲生騒動と来て、次は豊臣家を守れ、か……。皆、よほど儂に無理難題を押しつけたいらしいな……)


 氏郷や秀次から頼られるのは悪い気はしない。


 それどころか、むしろ誇らしい。


 吉清が彼らのことを信頼していたように、彼らもまた、吉清のことを信頼してくれたのだと。


 ならば、吉清としてもその想いに応えたかった。

 彼らの繋いだ想いを、今度は吉清が繋ぐのだ。


 相手となる家康は強い。秀吉さえ打ち破り、後の天下分け目の大戦(おおいくさ)、関ヶ原の戦いでも勝利を収めた実力者である。


 武力、金、天運。すべてを兼ね備えた相手に、どう戦えばよいのだろうか。


 答えのない問に自問自答しながら、吉清は思った。


 無いものねだりをしても、話は始まらない。自分の持てるもの、使える物で戦うしかないのだ。


(そうでなくては、関白殿下に託された拾様の天下を守れぬからな……)


 独りごちると、静かに酒をあおるのだった。

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