第60話 埋め合わせ
徳川と蒲生が縁戚関係となれば、蒲生家は徳川への備えには機能しなくなってしまう。
そうなれば、何かしら理由をつけて改易や減転封される可能性が高まってしまう。
それを防ぐべく、徳川家康から敵視されるのも承知の上で蒲生家と縁戚関係を結ぶことにした。
だが、それはそれとして徳川家との関係は悪化させたくはない。
そうした思惑もあり、吉清は徳川屋敷を訪れていた。
「……木村殿か。いかがした」
「先日は徳川様の面目を潰してしまい、申し訳なく思いましてな……」
頭を下げる吉清に、家康が固まった。
木村吉清は反徳川派の人間である。
そう認識していた矢先の謝罪に、家康は拳を振り下ろす先を見失ってしまった。
「お詫びと言ってはなんですが、徳川様は鷹狩りがお好きと聞きましてな。樺太より良い鷹を持って参りました」
鳥籠に入れられた鷹を見て、家康が思わず立ち上がった。
「おお、立派な鷹じゃ……! 木村殿の気づかい、痛み入る」
そうして、しばしの間家康と歓談すると、吉清は徳川屋敷を去っていった。
吉清を見送ると、腹心である本多正信を呼びつけた。
「正信、どう思う」
「油断のならない男……そう、まるでマムシのような男にございますな。徳川を差し置いて蒲生家と婚儀を結んでおきながら、自ら面子を潰した徳川との繋がりも残しておきたいのでしょう」
「……抜け目のない、それでいて欲深い男よ……」
関東を塞ぐ蒲生家の取り込みを邪魔されはしたが、元々力押しの交渉であった。失敗も織り込み済である。
それよりも、家康は木村吉清への興味が湧いていた。
「……そういえば、木村殿のご嫡男には、奥方がおらなかったな……」
秀行との婚姻が失敗した今、蒲生家へ及ぼせる影響力は少なくなった。
だが、代わりに木村家へ影響力を持てるのなら、悪くはない気がした。
家康の独り言に、本多正信が頷いた。
「よきお考えかと……」
徳川家康に鷹を献上すると、吉清は奉行である三成と吉継の元に訪れていた。
やってきて早々、三成から頭を下げられた。
「礼を言う。あのままでは、秀行殿に徳川殿の娘が嫁いでしまうところだった」
「儂からも礼を言わせてくれ。木村殿が止めなくては、誰も徳川殿を止められなかった」
「礼には及びませぬ。それがしは、氏郷様より託された蒲生家を守りたかっただけのこと……」
突然のお礼に面食らいつつ、吉清は二人の顔を上げさせた。
「私は木村殿のことを誤解していたようだ……。ただ欲の皮の突っ張った男かと思っていたが、存外義理堅いのだな」
「存外?」
「治部の言うとおりよ。ただの保身に長けた小物かと思っていたが、徳川殿に啖呵を切れるだけの胆力も持ち合わせていたとは……」
「小物?」
散々な言われように抗議すると、吉継が冗談だと笑った。
そのまましばし雑談にふけると、三成がふと気になっていたことを口にした。
「そういえば、蒲生秀行殿と婚姻する話は決まったが、木村殿に娘がいたのか?」
「そうじゃ。儂もそこが気になっておったのよ」
二人の視線を一身に集め、吉清が頷いた。
「石田殿のおっしゃるとおり、儂に娘はおらぬ」
「…………木村殿は娘もいないのに、あの場で徳川殿に啖呵を切ったのか? とうとう頭がおかしくなってしまったのか?」
吉継が「治部!」とたしなめるも、三成と同じ気持ちのようで、信じられないものを見るような目で吉清を見つめた。
「ではどうする気だ? よもや、ここまで来てあてがないわけではあるまい」
「木村重茲殿に娘がいると聞いておる。重茲殿の娘を養女にもらい、秀行殿に嫁がせようと思っておる」
三成と吉継が納得した様子で頷いた。
木村重茲は吉清といとこであり、血縁関係がある以上、娘を養女にもらうことも筋が通っていると言えた。
「しかし、重茲殿からは嫌われておってな……」
「いったい何をしたのだ?」
三成に尋ねられ、吉清は自分の悪事を白状する生徒のような面持ちで告げた。
「……関白殿下の家老職だったのを、勝手に罷免したのじゃ」
「なっ……!」
「なに!?」
三成と吉継が動揺した。
二人とも吉清から頼まれて罷免の手伝いをしただけに、この問題に無関係ではない。
むしろ重茲から恨まれている可能性さえあった。
「私は木村殿から、『重茲殿が辞退したい』という話を聞いたから罷免の手伝いをしたのだぞ!?」
「なにゆえ木村殿はそんなことをしたのじゃ!」
二人に詰め寄られ吉清は狼狽した。
とはいえ、本当の理由など話せるはずがない。
秀次の末路を知り、連座するのを避けるためと説明しても、現時点では秀次に謀反の疑いはかけられておらず、吉清が妄想に取り憑かれたか頭がおかしくなったとしか思われないだろう。
吉清は少し考え、
「…………甲斐は関東を見張る要地……。それゆえ重茲殿には、甲斐の統治に専念してもらいたかったのじゃ」
「治部も人から嫌われることが多いが、木村殿も治部のことを笑えんな……」
唐突に罵倒された三成が吉継を睨んだ。
「重茲殿からはさぞ恨まれているであろう……。そこで手土産に奉行の席を用意したいと思っておってな……」
すべては吉清が撒いた種であり、三成たちはその尻拭いに協力を頼まれている。
勝手な話ではあるが、吉清がいなくては蒲生秀行のところに徳川の娘が嫁いでいたのも事実であった。
「……わかった。此度の話が流れては、また徳川殿の娘を嫁がせる話になりかねん」
「そういうことなら、儂からも力を貸そう」
三成と吉継の協力が得られたことで、奉行に重茲のポストを用意することができた。
こうして、奉行への推薦を手に木村重茲の元へ向かうのだった。
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