第59話 家康VS吉清

 蒲生氏郷亡き後、徳川家康は秀吉に謁見していた。


 三成を始めとする奉行衆が見守る中、秀吉に頭を下げる。


「蒲生秀行に娘を嫁がせたいとな?」


 徳川家康が頷いた。


「はっ、秀行殿はまだ若く、右も左もわからないでしょう……。そこで、それがしが義父となり指南することで、力になれるのではないかと……。

 不肖、この徳川家康。秀行殿のために労を惜しまぬつもりにございます」


「……………………」


 あくまで蒲生秀行のためにと覚悟を見せる家康に、秀吉は苦い顔をした。


 そもそも蒲生氏郷を会津に配したのは、北の伊達と関東の徳川に睨みを効かせるためであり、それが豊臣家における公然の事実であった。


 その徳川と縁続きとなってしまっては、蒲生家は徳川への備えにはならない。


 しかし、それを家康本人がいるこの場で口にできる者がいるはずもなく、普段は歯に衣着せぬ慇懃な態度の目立つ三成はおろか、天下人である秀吉でさえ口を閉してしまった。


 秀吉が三成に目配せをした。


 言外に「なんとかしろ」と言っている。


 秀吉の無茶振りに、三成は内心でため息をついた。


「……されど、徳川殿は関東への移封も間もなく、大老の筆頭という多忙な身の上……。この上、蒲生家まで預かるのでは……」


 三成の言葉を遮り、家康が声を張り上げた。


「何を申されるか! 奥州は平定して間もなく、野心を顕にした伊達がいつ攻めてきてもおかしくはないのだ。そうでなくとも、伊達が一揆を煽り、奥州全土まで波及する恐れもある。

 儂は殿下の天下を乱さぬよう、一刻も早く奥州に生じた“揺らぎ”を鎮めようとしておるのだ」


 一応、家康の言葉も筋が通っていた。


 蒲生家の屋台骨が揺らいでしまっては、伊達につけ入る隙を与えてしまうのも事実であった。


 それだけに、家康の申し出もあながち的外れではなく、むしろ奥州の太守が亡くなった最中に、奥州を安定させるべくいち早く動いたとも言える。


 反論する言葉を失い、三成を始めとする奉行衆が、苦々しげにしていた。


 もはや手が尽きたか。


 諦めムードの漂う中、秀吉が口を開いた。


「では、蒲生秀行に徳川殿の娘を嫁がせることを認め……」


「あいや、お待ちください!」


 秀吉の言葉を遮り、吉清が割り込んだ。


「どうした、吉清」


 天下人の決定を遮られたにも関わらず、秀吉はむしろ機嫌良さげに尋ねた。


 奉行衆が期待を込めた目で吉清に訴えかけた。


 頼む、家康を止めてくれ、と。


「蒲生氏郷様が亡くなる前に見舞いに上がりまして、その折りに遺言をことづかりました」


「氏郷が……して、何と申しておったのじゃ?」


「蒲生家を……秀行を頼む、と。そう申しつけられました」


 吉清の言葉に、秀吉が、三成が、奉行衆がかすかに落胆した。


 その程度の遺言では、家康を止めるには至らない。


 吉清の言葉を飲み込み、秀吉が苦い顔で頷いた。


「…………わかった。それでは、蒲生秀行には徳川殿の姫を嫁がせ、吉清には後見を任せよう」


 吉清、家康、双方の顔を立てており、着地点としては妥当と言えた。


 家康としては、後見職は失うが縁戚関係となれるだけで十分な戦果である。


 秀吉の裁定に、家康が頭を下げた。


「はっ……」


「お言葉ですが、承服いたしかねます」


 思いもよらない言葉に、奉行衆に動揺が走った。


 秀吉の決定に異を唱えるというのか。


「秀行殿には、当家の姫を嫁がせとうございます」


 吉清のあまりに身勝手な発言に、浅野長政が小さくつぶやいた。


「……徳川殿の面目を潰すつもりか」


「さにあらず。それがしは氏郷様より秀行殿を託されました。ここで徳川様の姫を嫁がせ、徳川様が蒲生を支えては、それがしは氏郷様より申しつかった遺言を反故にしてしまいます。

 これでは、それがしのみならず氏郷様の面目も潰されてしまいしょう」


 正確には、氏郷の遺言は蒲生家を守って欲しいというものであった。


 だが、それ以前に訪れた際に「娘がいたら秀行の嫁に欲しい」と言われたことがあった。


 氏郷の遺言を曲解すれば、吉清の娘を嫁がせることが氏郷の真意とも言えた。


 さらに曲解すれば、「吉清に蒲生家を支えさせないのは遺言に反する」とも捉えられた。


 氏郷の遺言を盾に徳川を蒲生家から遠ざけようとする吉清に、家康が渋々折衷案を提示した。


「……徳川で姫を嫁がせるが、当家は蒲生家のことに金輪際口は出さぬ。……これではダメなのか?」


「縁戚となれば、その言葉は無視できなくなりましょう。たとえそれが、徳川様の望むと望まざるとに限らず……」


 無茶苦茶な理屈ではあるが、家康の主張も奥州の安定を盾にした力押しであった。


 そうなれば、北奥州において同地を安定させた実績があり、氏郷の遺言という御旗を掲げる吉清に歩があった。


 何より、吉清が蒲生家を陰から支えるのであれば、蒲生家はこれまで通り徳川への備えとして機能させることができる。


 熟考の末、秀吉が裁定を下した。


「……………………わかった。それでは、蒲生家には木村家から姫を嫁がせる。

 ……徳川殿には、あとで改めて婚姻先を斡旋しよう」


「はっ、ありがたき幸せ」


「…………はっ」


 家康が不承不承といった様子で受け入れた。


 こうして、蒲生秀行の嫁には、吉清の目論見通り木村家から嫁を出すことになった。


 問題は、吉清には娘がいないということだが。

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