第61話 娘さんを儂にください

 徳川家康を退け蒲生秀行との婚姻権を獲得したが、現状では結婚させる駒がない。


 この問題を解消するべく、吉清は木村重茲の元を訪れていた。


 木村重茲は吉清のいとこであり、吉清の策略によって秀次の家老職を罷免され甲斐に転封となっていた。


 当然、吉清に対していい感情を持っているはずもなく、吉清を見るなり怒鳴りつけた。


「吉清ぉ! よくもおめおめと儂の前に顔が出せたな!

 貴様のせいで、儂は関白殿下の家老を罷免されたのだぞ!」


「まあ、そうかっかするな。今日はお主に良い話を持ってきたのだ」


「…………良い話だと?」


 重茲が顔をしかめた。


「石田殿や大谷殿に話を通してな、お主のために奉行の席を用意した」


「儂が奉行か……」


 秀次の家老職を追われた今となっては、重茲は豊臣家の出世レースに完全に遅れてしまった。


 石田三成や大谷吉継の口添えで奉行に就けるというなら、再び出世争いに返り咲くことができる


 秀次の家老職を罷免された埋め合わせとしては十分とは言えないが、気の利いた手土産であった。


 しかし、気の利きすぎた手土産に、逆に警戒心が強くなってしまう。


「…………なんじゃ、急に。いったい何が狙いじゃ」


「お主の娘を、儂に欲しい」


「側室にする気か? そういうことなら御免だな。貴様に娘はやらん」


「そうではない。儂の養女に欲しいのだ」


 養女の使いみちといえば限られている。

 重茲は吉清の意図に気がついた。


「…………婚姻か」


「察しがいいな」


 重茲と吉清の出世により豊臣家中における木村家の力は増している。


 そこへ、さらに有力大名と縁続きになれば、豊臣家中における影響力が増すかもしれない。


 そうなれば、豊臣家の奉行としても大名としても力を増すことになり、一層出世への道が開けるといえた。


 しかし、それも相手の大名次第と言える。


 前田や徳川ならまだしも、豊臣家への影響力が無に等しい田舎の外様大名に嫁がされるのではたまらない。


「それで、どこへ嫁がせるのだ」


「蒲生家の当主、蒲生秀行様じゃ」


「たしか、氏郷様が急死して新たに当主に就いたのだったな」


「うむ。しかし、秀行様は齢13歳……。会津70万石を預かるのは、荷が重かろう……」


「難癖つけて改易、良くて減封されるのが目に見えておるな」


 この時代、一代で築き上げた領地が二代目で減封となる例が多々あった。


 かつて越前120万石を治めた丹羽長秀も、代替わりして二代目の長重となってからは若狭15万石へ減封された。


 また、甲斐を治めていた加藤光泰が文禄の役で病死したことで、14歳の貞泰に家督が相続されるも、若年を理由に美濃黒野4万石へ減封となった。


 今のままでは、蒲生家も同じような末路を辿るのが目に見えていた。


「そこでじゃ、娘を嫁がせ外戚となり蒲生家を守ろうと思っておる」


 吉清は豊臣政権、特に奥州では絶大な力を持つと聞いている。


 その吉清と、伊達、徳川に睨みを効かせる蒲生が縁続きになるのは、豊臣政権から見て理に適っている。


 また、吉清は氏郷と懇意にしていたこともあり、蒲生家中からのウケもいい。


「儂が後見につけば、蒲生家の内部にも口が出しやすくなるしな」


「ううむ……」


「儂と秀行殿が縁続きとなれば、お主も会津70万石の太守と縁続きとなるのだぞ? お主にも得な話ではないか」


 先のこともあり、重茲は吉清に対しては良い感情を持っていない。


 だが、吉清の持ってきた奉行への話も、蒲生家への婚姻も、どれも重茲の利益に直結している。


 感情的には拒否したいが、断ってしまってはあまりに利益が少ない。


 長考の末、重茲は頷いた。


「……………………わかった。秀行様によろしく伝えてくれ」


「おお、では……」


「娘を持ってけ。娘には儂から話をつけてやる」


「かたじけない」


「……こんなことで関白殿下の家老を罷免したことを帳消しにできると思わんことじゃな」


 重茲が吐き捨てるも、それはそれとして奉行への復帰に内心心を踊らせるのだった。

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