蒲生騒動編

第58話 氏郷の最期

 蒲生氏郷が危篤と聞き、急ぎ吉清は蒲生屋敷にやってきていた。


「蒲生様!」


 見舞いには何度も訪れていたが、今日の氏郷はひどくやつれていた。


 素人目にも、氏郷の余命は長くはないのだとわかる。


「木村殿。最後に一つ、頼みがある……」


 氏郷の気配にただならぬものを感じ、吉清は姿勢を正した。


「なんなりと……」


「私の亡き後は、息子の秀行が継ぐことになるだろう。しかし、まだ齢13歳……。若輩ゆえ、家中をまとめるのも難しいだろう。……筆頭家老の郷安にも託してはあるが、郷安は他の家臣と仲が良くない……」


 氏郷はすっと目を細めた。


 蒲生家、筆頭家老である蒲生郷安は、氏郷の右腕として辣腕を振るっている。ただ、それを快く思わない者がいるのも事実であった。


 氏郷が生きてる間は目立った対立はないが、氏郷の死後、家臣たちの諍いがお家騒動に発展する危険性があった。


「私が死んだ後の蒲生家を、どうか守ってやってはくれないだろうか……?」


 史実を知る身としては、蒲生家の辿る未来を知っている。

 後に起こる蒲生騒動により、蒲生家は大幅な減封となるのだ。


 氏郷は、それを自分に防げと言っているのだろうか。


 正史では葛西大崎一揆の鎮圧を行い、改易された吉清を迎え入れたのも氏郷であった。

 行き場をなくした吉清に客将として5万石の知行を与え、再び大名に返り咲くまで面倒を見てくれたのだ。


 その氏郷の、最後の頼みである。


 吉清の答えは決まっていた。


「蒲生様より受けたご恩は、山より高く、海より深うございます。

 不肖、木村樺太守吉清、この命に代えましてもお守り致します……!」


 吉清は深く、深く頭を下げた。


 大名として立身する前から、氏郷には数えきれないほど世話になった。


 今こそ、その恩を返すときなのだと思った。


 蒲生騒動を起こさず、蒲生家を会津に置いたままでは、歴史は大きく変わってしまうだろう。


 しかし、既に葛西大崎一揆を未然に防ぎ、樺太、高山国、ルソンを領有しているのだ。これ以上どう変わろうと、今さらである。


 葛西大崎一揆を防いだように、蒲生騒動を防いでみせる。


 吉清の中で、静かな闘志が湧き上がった。


 その様子を見て、氏郷は安堵した様子で微笑んだ。


 それから数日後。文禄4年(1595年)3月、蒲生氏郷はこの世を去った。


 享年39歳。豊臣家中のみならず、多くの者が氏郷の死を悼む中、氏郷の死は蒲生家に暗い影を落とすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る