第29話 帰国と褒美

 日本に帰国すると、名護屋に滞在していた秀吉に目通りすることとなった。


「此度の遠征、ご苦労であったな」


 秀吉の労いに、吉清と亀井茲矩が平伏した。


「ははっ!」


 褒美に関しては既に決まっていたのか、三成が淡々と読み上げた。


「殿下より、木村殿には引き続き高山国の北部と中部を、亀井殿には南部を任せることとなった。ルソンについては臣従させた木村殿に任せるとのこと」


「ははっ、拝領仕ります」


「ありがたき幸せ」


 平伏する吉清に、亀井茲矩がおずおずと頭を上げた。


「恐れながら、殿下よりさらなる褒美を賜りたく……」


「領地に飽き足らず、まだもらう気か……」


 呆れる三成の言葉を制し、秀吉が扇子を向けた。


「よい。申してみよ」


「ははっ、それがしは呂宋守の官位を賜りたく存じます」


 当然、そんな官位は存在しない。


 日本の官位は古代の律令制の国名を元にしているため、そんな官位があるはずがない。


 しかし、見方を変えればルソンを日ノ本に加えると提言しているようで、秀吉の支配心をくすぐった。


 元来、奇抜なものや人とは違うものを好む秀吉の琴線に触れたのか、にっこりと笑った。


「よいぞ」


「ありがたき幸せ」


 感極まった様子で平伏する亀井茲矩に、吉清は少し冷めた目を向けていた。


 本当に欲しいのか、これ?


 首をかしげる吉清に、ゴキゲンな秀吉が扇子を向けた。


「吉清、そなたは…………樺太? なる島を持っていたな。高山守と樺太守の官位を授けよう。好きな方を名乗るがよい」


 自分に飛び火するとは思わず、吉清は固まった。


 存在しない役職名を名乗るなんて、架空の役職を名刺に書くようなものだ。


 田舎では官位を自称することも多いが、それが可愛く見えてくるほど痛々しい。


 できるのなら断りたい。


 しかし、秀吉がわざわざ授けると言ってるものを、無下にもできない。


 吉清は少し考えて、


「はっ……それでは、樺太守を……」


 諦めて受け入れることにしたのだった。


「うむ。木村樺太守吉清、亀井呂宋守茲矩。今後も豊臣のために尽してくれ」


「ははっ!」


「……はっ!」


 こうして、吉清の官位は伊勢守から樺太守と変わったのだった。






 領地に戻るのための船に乗ると、清久が出迎えた。


「父上、樺太守の叙任、おめでとうございまする」


 笑いを堪えた様子の清久に、吉清はムッとした。


 吉清とて、名乗りたくて名乗ってるわけではないのだ。


 何が楽しくて厨二病官位を名乗らなくてはならないのか。


 イライラした吉清は反撃に出ることにした。


「………そういえば、清久にも官位を貰ってきたぞ」


「まことにございますか!? して、私の官位は!?」


「高山守じゃ」


「……………………高山守?」


 清久が固まった。先ほどまで笑っていた厨二病官位を、今度は自分が名乗る番になってしまった。


「うむ。今日より、そなたは木村高山守清久じゃ」


「…………はっ」


 照れと羞恥の混ざった顔で、清久は受け入れるのだった。

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