第28話 祝賀と戦果報告

 明の漁村に上陸した吉清は、木村軍と倭寇を率い高々と槍を掲げた。


「明国侵攻、一番乗りなりぃ!」


 掛け声に合わせ、家臣たちも思い思いのポーズをとった。


 その様子を描かんと、京の絵師、狩野内膳が筆をとる。


 彼は吉清に依頼され、活躍を記した屏風を描くべく、はるばる明にまでやってきたのだった。


 朝鮮に出兵していた豊臣軍が撤退を命じられているとの報が入り、吉清も急ぎ武功を報告するべく、手を回していた。


 普通であれば、狩りとった首級や武功の自己申告、派遣された軍監からの報告で恩賞が決まるのだが、吉清の考えは違った。


 他人と同じことをしても、他の者の中に埋もれるだけである。


 そのため、報告一つにも工夫をすることにしたのだ。


 それが今、狩野内膳に描かせている屏風だ。


 他の者が長々と自分の武功を羅列した文や、首級の目録を提出する中、一人、絵を描かせ屏風として提出すれば、目立つことうけあいである。


 そうなれば、恩賞にも期待ができるというものだ。


 吉清や家臣を描き、吉清たちのいる漁村を描こうとしたところで、吉清が口を挟んだ。


「待て待て。侵攻したのが漁村では格好がつかん。明の町……いや、明の都を思わせるような、立派な町にしてくれ」


「されど、私は明の都を見たことがありませぬ」


「高山国に築いた台北、台中は明のような建物が多くある。それをもとにそれっぽく描け」


「はっ!」


 こうして、吉清の屏風は着々と完成に近づいていったのだった。






 この日、高山国遠征軍の帰国を間近に控え、倭寇を含めた家臣たちと宴会を開いていた。


 普段は節約気味な食事も、今日に限っては乱費を許しており、溜め込んだ食料をふんだんに使っていた。


 旬の魚に、樺太の昆布。領地で栽培を進めているシイタケなど、領地から保存の効く物も多数取り寄せていた。


 吉清が勧めるより先に、倭寇たちが我先にと食事にありついた。


「酒池肉林! 暴飲暴食!」


「極上的食事! 日本式満漢全席!」


「犯罪的……! 美味過……!」


 倭寇たちに負けじと、家臣たちも食事や酒に手をつける。


 そんな彼らを眺め、吉清は声を張り上げた。


「みなの衆、儂の武功を記した屏風を作らせているのだが、何かが足りんのだ。みなの意見を聞かせてくれ」


 酒を片手に、御宿勘兵衛が手を挙げた。


「明には虎がおると聞きます。ゆえに、屏風に虎を描いて、殿が虎狩りなどしてるところを描いてみてはいかがでしょう」


「儂は虎狩りなんぞしておらんぞ」


「されど、京の奉行様も殿が虎狩りをしたのかわかりませぬ。そして、確かめることもまたできませぬ……」


 ニヤリと笑う御宿勘兵衛に、吉清も釣られて笑った。


「そうだな。勘兵衛の言うとおりよ! 内膳、虎も描いてくれ!」


「はっ!」


 描きかけの絵を控えた狩野内膳が、食事もそこそこに筆をとった。


 その様子を見ていた倭寇が、ぽつりとつぶやいた。


「悪魔的発想……!」


 吉清が原田喜右衛門に尋ねる。


「あれは何と申しているのだ?」


「悪魔……切支丹における鬼ですな」


 そこまで言われて気がついた。


 なるほど、屏風に鬼を描くことで、鬼退治も武功に加えようということか。


「内膳! 鬼退治も追加じゃ!」


「はっ!」


 こうして、悪酔いした家臣たちの意見を加えていった結果、吉清の屏風は魔改造されていくのだった。






 目が覚めると、すでに日は昇り切り、正午となっていた。


 無理もなかった。昨夜は朝まで酒宴を開いていたのだ。


 未だに酒の抜けきっていない身体で、とぼとぼと歩く。


「ああ、頭が痛い……。昨日何かをしたことは覚えているのだが、何をしたかな……」


 浴びるように酒を飲んだせいか、記憶がはっきりしない。


 宴会の傍ら、絵を描かせたことは覚えているのだが。


 思い出そうと記憶の海に潜ろうとしたところで、誰かが部屋に入ってきた。


「木村様! ついに描き上がりましたぞ!」


「内膳か」


 嬉しい報告ではあるが、声が酒の滲みた頭に響く。


 吉清は頭を押さえた。


「描き上がった屏風はご覧になりますか?」


「いや、気分が悪いからよい。……それより、一刻も早く石田殿に届けてくれ」


「はっ!」


 こうして、魔改造された屏風は吉清のチェックをすり抜けて三成のところへ届けられたのだった。






 奉行を務める三成の元には、毎日のように自分の武功を誇示する文が届けられた。


 朝から晩まで生首や削ぎ落とした耳鼻と共に、いかに自分が苦労して戦ったかが長々と記された文。


 それらを眺め、三成は内心辟易していた。


「…………またか」


 新たに届けられた文や耳鼻の山に頭が痛くなった。


 その中に混じって、普段とは違うものが目についた。


 板のように見えるが、見た目より軽い……。


「これは、屏風……か?」


 小姓に申しつけて広げさせると、日本の武将が明の町を占領しているところのように見える。


 届け人の名前を見るに、どうやら木村吉清から送られたものらしい。


 自分の武功を誇示するために、わざわざ金をかけて屏風にするとは……。


 この辺りの抜け目なさが、実に吉清らしい。


 贅の限りを尽くした屏風を眺め、ふと気がついた。


 金がかかっているわりに、吉清に帯同する軍が、あまりにも汚くみすぼらしい。


「木村殿は賊を率いているのか……?」


 気になるところだが、反対側にはさらに気になるものが描かれていた。


 木村軍の相対する方には、人食い虎や棍棒を担いだ鬼が描かれていた。


 挙句の果てには、空には龍が舞い、雲の隙間から菩薩が手を差し伸べている。


「…………あいつは何と戦っていたんだ?」


 さっぱり要領を得ない戦果報告に、三成は派遣していた軍監を呼ぶことにした。


 その軍監が、吉清から大量の賄賂を受け取っていたとも知らずに。

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